第4話 インドア派ほど屋外料理に妙な浪漫を抱くけど、抱くだけにしておいてください。
自分が彼女――魔馬だった頃の仔を引き取ったのは、母馬が育児を拒み群れでも迫害されていたのを見捨てられなかったからだ。満足に母乳を与えられず長生きできないだろうとは牧場主の言葉で、反射的に「できらあ!」と叫び返したのが魔物使いとしての自分の
実際彼女は通常個体に比べて脆弱で、従魔契約で結ばれた経路から常に魔力を欲していた。日常生活を送るにも少なくない量の魔力を必要とするのは従魔としては欠陥品だと、冒険者組合の魔物使いたちから幾度も指摘を受けていたのも事実だ。
だからどうした。
馬ってのは元々大飯喰らいの生き物だ。自分が情けない飼い主だから、足りない飯を魔力で補ってるんだと割り切った。覚醒前の前世持ちに共通するらしい漠然とした疎外感――世間に対する認識の乖離という奴だ――で家族と上手くいっていなかった自分は、彼女を裏切る事だけはしたくなかった。
もっとも人の飯まで食おうとするなら鉄拳制裁も辞さなかった訳だが。
共に暮らして数年あまり。
運よくお人好しの冒険者チームに主従ともども拾われて幾度かの修羅場を乗り越えて、魔馬は潜在していた先祖の血に目覚めた。魔物としての格が急激に上昇すると進化じみた変化を迎えることは知識として知っていたが、自分の相棒がそうなるとは正直考えていなかった。進化の余波で自分の前世が覚醒する事も。
魔獣としての格は
駄馬とは言わないが、あのか弱い仔が、と思わずにはいられない。
美しく、激しく、気高い。
彼女ならば勇者に値する
確信したのだが。
『ネオ主殿、うら若き乙女を厩舎に押し込むとか汝は鬼畜か。いや鬼畜であったな。新生して間もない我に斯様な関節技を炸裂させたのだから』
籠一杯の林檎を齧りながら背中をげしげしと蹴ってくる鷲馬娘は待遇の改善を要求している。確かに人化できるなら厩舎に留まる必要もない。その理屈は間違ってはいない。
「そうだね。荷馬の世話と馬車の点検も必要だし、君はこの部屋を使うといい。今夜は自分が厩舎の番を」
背中を蹴る力が強まった。解せぬ。
冒険者っぽい浪漫あふれた食事にしてくれと、物言いが入った。
誰やねん。
「冒険者組合です」
神殿の人とローテーションで文句つけてきた職員さんだ。
「アレックス氏が神殿で振舞われたカラアゲ料理の影響で、市場からワニ肉と川海老と鯉が消えました。灯火用の菜種油や高価なオリーブ油も同様です。乳脂や豚脂も売り切れたようです」
いや知らんがな。
と反応したのは自分だけで、冒険者仲間も、鷲馬娘も、子爵家の皆さんも、神殿関係者もうんうんと頷くばかりである。
「ちなみに我が領産の上等な精白小麦粉も爆発的に売れていると、宿の主人より報告を受けております。猫耳朶麺をお出しできずスイマセンと土下座されましたぞ」
子爵様それ自分の責任っすかね?
視線がいたい。
昨夜それを喰わなかった連中に、子爵家の皆さんや冒険者チームが自慢気に語っている。いや語るのは良いけど君らが作るの? 自分に丸投げとかしないよね?
「アレックス氏は『これぞ冒険者飯』と自慢できる一品を披露する義務があると思います。これは冒険者組合支部の総意でもあります」
わーっと拍手が続く。
いや続けないでください。
期待する分、落胆するときの勢いが凄くなるのに。
冒険者はクッソ固くて水気の無いパンと塩辛い謎の干し肉を焚き火で炙りながら、酸っぱくて苦い安い葡萄酒で無理矢理流し込んで人生に悪態吐く生き物でしょうに。
イメージが古い?
そんなストイックな連中は絶滅危惧種?
そっかー、ならば仕方あるまい。
市場で手に入ったのは
竹の皮に蓮の葉は、包装紙替わりとして定着しているようだ。
肉については冒険者組合からの要請で、初心者冒険者でも安心して討伐できる畑荒らしのアンチクショウこと野兎君である。ときどき魔物サイズも含まれているが、魔石取った後なので実質ただの兎と認定しよう。
味はそれほど変わらないし。
皮を剝ぎ、骨付きのままぶつ切りにした兎の肉に、芋とキノコを加えて魚醤滓と野蒜を少々。蓮の葉と竹皮で二重に包んだら、できるだけ綺麗な泥で包む。
「落とし穴掘ったり石礫作るだけじゃなかったんだね、土属性魔法って」
「わはははははー、でござるよアレックス殿」
今回は仲間に魔法使いがいたので、土属性の初級魔法で綺麗な土を用意してもらった。防御魔法の【大地よ隆起して盾となり我が身を守り給え】のちょっとした応用だ。
戦闘時以外だと街の外壁補修バイトで大活躍している、別名土建魔法である。
さて、一抱えはある、漬物石サイズの泥の塊。
魔法の力でカチカチに固めてある。それを数十個。無心で作る。途中で魔法使いが力尽きたので、神官殿や審問官殿も参加して魔法使いを再起させた。無理矢理に。
「なあアレックス殿、吾輩この数時間で土属性魔法の真髄に到達したかもしれんでござるよ。あと死にそう」
「こういう死に方は嫌っすね、お互い」
こちらも死にそうなのだよ。
さあ、この泥の塊を焼こう。竈で焼いてもいいし焚き火でもいい。冒険者に訳わからんロマンを抱いてる連中を扇動して、キャンプファイヤーを盛大に始めてもらおう。
そして泥の塊を焼くのだ。
目安として二時間くらいな。
焼きあがるまでは塩辛い干し肉とか酸っぱい安物の葡萄酒を片手にロマンを語り合っていればいい。
叫化鶏、富貴鶏、乞食鶏、ドロボー鶏。
呼び方は様々あるが、本質は一緒。兎だけど。
土に埋めた丸鶏が焚き火によって蒸し焼きされた代物だ。肉そのものは柔らかくなるが、旨味は水分になっているので詰め物や煮汁ごと食べ尽くすのが礼儀というもの。携行保存食のかったいパンも、この煮汁を吸えば多少は美味かろうよ。
素焼きとまでは言わんがカチカチに焼けた泥を割って砕いて中の肉を取り出すのは、宝箱の開封にも相通じるものがある。
『ヌーベル主殿、主殿。我のだけなんか違う! でっかい卵みたいにツルツルして固い!』
「塩で包んで魔法で固めてもらったっすよ」
「結合させて一つの結晶にしたでござるよ」
いえーい!と魔法使いとハイタッチ。
塩は此方で提供。結晶を卵の殻状に結晶化させるとか何気に高等技術っぽい。これだけできるなら国の中央で重用されるとは子爵様の評価。
『ンマーイ!』
満足してくれたようなので、それでヨシ。である。
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