第3話 はい、いいえ。他人です。うちの従魔はこんなクッソ雑魚ナメクジではありません。




 神殿による前世審問は無事終わった。


 後ろめたいことは何もないので、堂々と帰還する。


「皆、聞いてほしい。我が冒険者旅団の支援チーム、アレックスだが無事に前世審問を終えて問題なしと判定された。休業の必要すらないということなので、引き続き調理番としてその腕を振るってほしい」

「待ってリーダー、ちょっと待って」

「どうしたアレックス」


 自分、魔物使いっす。


「魔物使いとしての去就については王都に到着してから腰を据えて考えるべき問題だ。しかし今は調理番アレックスの力が求められている!」

「神殿と子爵家の皆さんが夕飯を作れと」

「俺たちの飯もお願いシャッス!」


 リーダーもうすこし威厳を。

 作りますんで晩飯。だから捨てられた狼犬みたいな顔で見ないで、誇り高き人狼でしょあんた。

 あと自分も問題なく飯を食えると思い込んでいる鷲馬娘ヒッポグリフさん。新しい契約者を見つけるための支度金として渡した銭をぜんぶ買い食いに突っ込むとか、何考えてるんですか。いや鳥頭でしたね。


『我、考えた。契約は元主殿と継続して、戦闘時だけイケメンを借りてくる』

「そういう商売やってる魔獣使いもいるけど、なかなか腐った発想っすね」

『もしくは元主殿が前世覚醒時になんかすごい超武術に目覚めてるのを期待する』


 むん、と偉そうに胸を張る鷲馬娘。

 いや人化する上位魔獣なのだから実際かなり偉いのだが、つい先日まで臨時で荷馬やったり病人乗せて街を往復したり牧草の味にケチつけていた姿を皆が目撃しているので、多少の横暴な振る舞いなど見逃されているというか。

 一部餌付けを始めてる仲間もいる。

 それら戦利品が焼いた芋とか大ぶりの人参とかそういう形で彼女の手にあるのだろう。翼も収納できるようになったようで、傍目には派手な衣装のお嬢さんだ。


「超武術」


 その発想はなかったと視線を向けてくるリーダー氏。

 まって。

 全盛期の人狼が鼻息荒く頷く案件じゃありませんぜ?


『元主殿には異世界の知識が備わっている。ならば彼の地の武術格闘技の知識が何らかの形で残ってるのは確実』

「おおお」

「その発想はあった」


 あかん。

 冒険者仲間でも向上心が高い、というか血の気の多い連中が反応した。護衛依頼というのは荒事も仕事の内とは言うが、討伐と違って常に受け身姿勢である。そのため長期になるほど神経をすり減らす者が多く、ストレスも溜まりやすい。

 任務途中で酒を飲み美味い飯を振舞ってくれる今回の依頼者は、冒険者としては年に数件もない大当たりの顧客である。願わくば専属で雇ってほしいくらいに。


「考えてみると魔物使いとして登録してるけど、逃亡した魔馬を追いかけて捻じ伏せるくらいの体力あるよなアレックス氏」

「酔っ払った冒険者の仲裁に定評のあるアレックス氏がよわよわ雑魚だと思ってる奴は少ないわな」

「ってゆーか、魔物使いって自己紹介されて冗談だと思ったよ最初は」


 血の気の多くない、主に後方支援組がひそひそと失礼なことを話し合ってる。

 魔馬なんて体力オバケを相棒にしてるんだから、虚弱体質じゃやっていける訳なかろうが。脱輪した馬車を直したり、泥濘に嵌った車輪を持ち上げるとか、後方支援チームは意外と体力仕事多いのに。しかも暇な時は日雇いで力仕事しないと魔馬の食費も稼げないし。

 それと後方師匠面で自慢気に頷くな。誰とは言わんが鷲馬娘とリーダー氏。


『という訳で元主の隠された実力を確かめるために、グリペンぱーんち!』

「教育指導的チキンウィングフェイスロック」


 魔獣形態ならまだしも人間形態のテレフォンパンチとか喰らうわけにもいかないので、紙一重で避けると背後に回ってアームロックとフェイスロックの複合技を鷲馬娘に炸裂させた。魔馬の頃には経験したことのない関節技は面白いように決まってしまい、未知の痛みに悲鳴を上げることなく失神してしまった。

 え、噓でしょ。

 成り立てとはいえ上位魔獣ですやん君。


 うわ。

 みんな絶句してるし。

 視線が刺さる刺さる。

 傍目には嫁入り前の女の子に暴力振るったおっさん構図とか、衛兵さん呼ばれたら弁解のしようもない。


「うっわー、一瞬で」

「ギブアップする間もなく」

「暴徒鎮圧用の関節技に近いですけど、立ち技でああもエグイのを年端もいかない女の子に使うとか」

「アレックス氏、サイテー」


 待って。

 これ自分が悪いの?

 う、唸れ従魔術! 魔物の怪我を回復してくれる便利な魔法!

 なんとかなれー!





 なりませんでした。


「従魔とのトラブルとはいえ人化できる者には市民に準ずる扱いが定められています、過度な暴力は魔物使いの資格停止処分すらあるので気を付けてください」

「本当に、申し訳ありません」


 意識が回復した鷲馬娘はギャン泣きし。

 当然のように衛兵さんは駆け付けて。

 ついでに冒険者組合の職員さんがやってきた。


 職員さんと衛兵さんと宿の女将さんのガチお叱りローテーションの最中も鷲馬娘はぐすぐす泣きながらこちらの背中に割と本気のパンチを連打したり爪で引っかいたり肩に噛みついている。地味に痛い。

 二時間ほどの説教と罰金を支払い、従魔登録の解除をして新しい主人探しをしている旨を職員に告げたら、鷲馬娘が再びギャン泣きして背中にしがみつかれた。


「従魔再登録でお願いします、あと冒険者としての身分申請も」


 手続きそのものは、あっという間に終わった。

 上位魔獣が冒険者活動してくれるのだから、組合としてもホクホクだろう。職員は上位魔獣用の特製腕輪まで用意してきた。魔法合金製の、お高い奴だ。


『……それで新主殿。晩餐を所望する』


 え、この状況からなお飯づくりを強要される冒険者生活があるんですか?

 あるそうです。やれやれ畜生。

 なお味方はいない模様。




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