第2話 社畜だろうがピペット土方だろうが本質的には借金奴隷っすよ。
前世持ちは面倒だ。
まず人格が変わる。
能力も変わる。
技術も変わる。
酷い場合には容姿性別に至るまで変化して、元の社会的地位や人間関係が破綻することさえある。
だから前世に目覚めた者の取り扱いは注意が必要だ。
「魔物使いアレックス、貴方の前世名を言えますか」
「無理っすね」
「前世の性別は」
「たぶん男」
「職業は」
「あー。平民の下層階級出身。学者目指したけど国からの借金返すために奴隷みたいな扱い受けて、学者に成れなかったので商家の孫請けに奴隷みたいな扱いで雇われて。色々あったけど犯罪者ではなかったと思うっす」
細かいところは覚えていない。
勉強した内容とかは知識として、それこそ教科書や論文の内容そのまま一語一句脳に焼き付けられてるようなのに。前世の名前や家族関係などはひどく曖昧で無価値なものとしてしか認識できない。
おかげで今の自分がアレックスであると、人格が歪まずにいられると理解できる。
「【嘘発見】には抵抗してないっすよ?」
念のためにそう答える。卓を挟んで向かいに座る神官の後ろに立つ男、いわゆる前世審問官が苦笑いを浮かべる。
この種の前世問答では剣豪だの亡国の王女だのといった英雄の生まれ変わりを自称する者が多く(そしてその多くがその後の問答で自滅するらしい)、庶民どころか下層民でしたとあっけらかんとした顔で答える自分は割と珍しいようだ。
「前世覚醒によって増えた技能や知識はどうですか」
「
「教会発行の秘匿契約書を用意しておきますね」
ですよねー。
審問官の笑顔が怖い。
石炭鉱床が存在する時点で、この世界この惑星はある程度までは地球と同じ生命進化が起こっていると思われる。どの時点で神々などが介入したのかは分からないけれど、単なる聞き取り調査が異端審問に変わるのは好ましくない訳で。
「そういえばアレックス氏は前世覚醒後に不思議な料理を披露されたそうで」
「ああ。
「……カラアゲとかマヨネーズとかは作られないんですか?」
「この辺りで手に入る素材でそんなもの作っても、美味しくないか腹を壊すだけっすよ」
そもそも庶民では食用油が滅多に手に入らない。
手に入りやすい家禽はアヒルと豚。アヒルはまだしも豚は何を食べてるかによる。前世の歴史にあるように汚物を食わせてたらアウト。ラードだって凄い匂いになりそう。ラードで唐揚げとかただでさえ胃もたれ凄いことになりそうだし。
狩猟物も並ぶらしいが、餌と時期で味が乱高下するのが難点。
家畜飼料でひまわりの種が売っていたか。連作障害対策にどっかの転生者が始めたかな。あれを圧搾できれば上等な植物性油脂が手に入るかもしれない。
転生者がそれなりにいるのだから、市場にもっと食用油が出回っても良いのに。
「隣国ではオリーブ油が特産品として作られてるそうですよ」
そっちかあ。
「油と肉を用意したら、作れますか?」
「植物性の油があるなら。それとアヒル肉を使うよりは、もっと肉質のさっぱりしたカエルや爬虫類。新鮮なら大きめの川魚もアリっすよ」
市場覗いてもいいっすかと尋ねたら、神官も審問官もぽかんと口を開けていた。
前世診断の基準として唐揚げを作らせるとかマニュアルを配布した神殿の苦悩とは。
などと
王都に向かう街道の拠点。貴族が泊まる宿がある程度には発展した場所だけに、近隣の農村や王都からの荷物がそこそこ集まり、毎日のように市場も開かれている。野菜に穀物、家禽に魔物肉。どれも新鮮で、桶に入った川海老や鯉に似た中型の淡水魚も泳いでいる。綺麗な水で泥を吐かせているあたり、この辺りでは好まれている食材かもしれない。
「一品目、川海老の唐揚げっす。衣薄めにして、山椒塩で味を調えてみました」
油の質にも左右されるが、揚げ物は出来立てが一番うまいと思うので。
神官や審問官が見ている前で調理する。テナガエビみたいに細長い川海老は、殻ごと食べても問題ない。山椒の痺れるような風味と酸味が川海老に残った僅かな泥臭さを消してくれる。
これ、酒も呑まずに食べるとか神への冒涜としか思えない。どんっ。
「魔物使いアレックス、このジョッキに並々と注がれたものは」
「泡がすごいジンジャーエールです。キンキンに冷やしてるので一気にどうぞ」
神官は困惑し、審問官は無言で川海老とジョッキを交互に口に運ぶ。
神殿まかない方の料理長が怖い顔で川海老の唐揚げを齧っているが気にしない。
「二品目、ワニ尾肉の唐揚げ。鶏に近い食感で選んだけど、食用カエルでも代用は効くっすよ。食べ応えの良さでワニ肉に軍配が上がるかなあ」
丁寧に叩いて柔らかくしたワニ肉に、魚醤と酒それに香味野菜で下味をつけ、そこそこ厚めに衣をつけて揚げた。レモンが手に入ったのは運がいい。果汁を絞った後の皮は度数の高い蒸留酒に漬けこもう。
「アレックス! 俺はお前がどんな前世だろうと、仲間だと信じているぞ! んぐんぐぐっ! ぷはあっ! 俺たちは、幾つもの困難を乗り越えてきたじゃないか!」
あ。
冒険者仲間で護衛チームのリーダーやってるエグザム氏がビールジョッキ片手に乱入してきた。唐揚げが物凄い勢いで減っていくなあ。追加は後で用意しておこう。
「三品目、鯉の丸ごと唐揚げ甘酢あんかけっす。唐揚げに甘酸っぱいソースを合わせるのは割と定番で、魚介の他にも豚や鶏肉でも似たような料理があります」
「馬鹿な。唐揚げとはショウユー味と塩味の二つだけだったのでは」
ナイフとフォークで鯉の丸揚げを解体しながら叫ぶのは審問官。
分配量に差はないか周りの視線が厳しい。あと護衛対象の子爵家の皆様もいつの間にか参加しているんだけど。
しゃーない。
揚げ物ばかりだと胃が持たれるので、茶ぁしばきましょう。御貴族様の紅茶には使われない茎の部分、ええ産地じゃ捨てられることも多い部分ですけどね。こいつを干してから鉄鍋で乾煎りしてやると案外美味いんですよ。生水対策にもなりますし。
『デザートがなければ片手落ちぞ、元主?』
「前世持ちだからカラアゲ作れるかいと訊かれて料理しただけっすよ。頼まれてもいないデザートを作ったら失礼に当たるでしょ多分」
最後に乱入してきた
あれ、神官殿達が落胆してら。
なにその批難がましい視線は。
「転生者定番の甘味といえば、プリン! それを課題に加えておけばこのような失態は!」
失態言うな審問官殿。
「前世持ちの七割が挑戦しては失敗する定番甘味ですからなプリンという料理は」
うんうんと頷くのは子爵様。
「調味料が無い、調理器具が使い慣れない、卵の質が違う。火加減も難しい。そもそもレシピを知らない」
「幾度となく前世持ちの尊厳と審問官の胃袋が破壊されたものです」
だったらプリンなんて諦めてくれませんかね。
仕方ないので、柔らかめに作って冷やしておいた豆腐を適当な器に盛りつけて、糖蜜を注ぎベリーを散らす。レモン汁も絞っておこう。
『ももももも元主殿、これは!』
「豆腐花という、豆のしぼり汁を固めて甘いシロップをかけて喰うデザートっすよ」
本当は冷奴にして今夜一杯ひっかけようと思ったのだが、仕方ない。
ところで鷲馬娘よ、君も含めて材料費はきっちり徴収するからね?
「経費で落とします、落して見せますので今晩の食事もぜひ!」
「我が子爵家も全面協力しましょう!」
おいおい宗教勢力と貴族家が結託するとか本気ですか。
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