第5話 じゃあ自分達の冒険はここからってことで(現地解散)




 王都までの護衛任務はつつがなく完了した。


 そも王都近郊の街道で堂々と悪さをする奴は基本的に魔物であり、世間的には自然災害の延長となる。

 安全が確保された拠点なしに野盗が生きていけるほど世界は優しくできていない。

 王侯貴族が公布し施行した国内法を、魔物が遵守する道理など無い。だから無法を為す魔物の多くは棲み分けなどによる相互不干渉か排除の対象となり、場合によっては多くの犠牲を払いつつも討伐される。

 そこには正義も悪もなく、罪も罰もまたない。


「物事の正しさを誰が担保してくれるのか、という話っすよ。人間がいて、ヒトに分類される多種族がいて、ヒト以外の知性体がいて、神様みたいな超越者だっている。

 多数決で決めるならゴブリンが基準になるっす。

 単純な強さなら神様かと思いきや、この世界で覇を唱えた奴は神様でも例外なくボコられてる。だから神様もばんばん降臨してるし神殿も建ててるけど、驚くほど行儀よく暮らしてるっすよ。

 


 王都、といっても人口十万くらいの街。

 城塞に囲まれた貴族街と、王都の発展に伴い無理矢理拡張された市民街。

 ザ・階層社会、と反政府主義者なら嬉々として叫びそうだけど、実際はちと違う。王都の中心部、城塞に囲まれた王城にはダンジョンがある。


「この世界はの連中にとっては御馳走みたいで、ときどき馬鹿なことを企てる連中バカが来るっすよ。んで元居た場所に逃げ帰ればいいものを強引に居座ろうとする。そういうのが捕まると、ダンジョンの奥底に封印されて無害化するまで養分吸いまくられる訳っす」

『ひいいいい』


 侵略してきた神々より吸い取った養分からマジックアイテムや宝物を生産し、試練を乗り越えた証として宝箱に収納される。ダンジョンに現れるモンスターや罠などは文字通り神々の試練であり、可能性という名の混沌の坩堝だ。侵略者の無力化過程でモンスターが過剰発生してダンジョンの外に溢れ出す危険性もあるし、熱心な信奉者がダンジョン奥深くに封印されたを救い出そうと無茶な攻略を試みたりもする。


 ダンジョン攻略主体の冒険者達は強さを渇望したり野望を秘めたり謎の使命に燃え上がっているなど、極めて意識高い系と言えよう。

 冒険者組合や併設の酒場で定期的に乱闘起こしているし。

 実力あるはずなのに余裕がない奴が多い。

 腕自慢の武芸者も護衛任務に満足できなくなるとダンジョンに潜るのが定番だと聞く。護衛任務も場所によっては危険なんだけどね。


『ニュー主殿、彼奴等の着てる鎧。凄く、スゴいな』

「言葉を選んでくれてありがとう。そういう心遣いができるなんて賢いなあ」

『褒めるがよい、撫でるがよい。あとで梨と林檎の食べ比べを所望する』


 護衛任務を終えて数日間の休養に入った自分達は、鷲馬娘ヒッポグリフの社会見学もとい騎乗を託せる勇士を見繕うために王城の冒険者組合を訪ねていた。

 で。

 鷲馬娘は色彩の暴力に呆気にとられている。

 防具は装飾過多かつ極彩色で、長期移動を前提としないから金属鎧も多い。やぶ蚊やダニもいないので肌の露出も凄い。斥候職なのか盗賊なのかわからないけど、娼館のおねえさん達だってもう少し慎み深いよって叫びたくなるようなモノを平然と着こなしている。


『ああああ。主殿、アレは駄目じゃあ。うっかり乗せたら我が羽根が太ももとか尻とか具とか肉とかデリケートな部分を風営法違反してしまうのじゃあ』

「露出度と羞恥心がそのまま防御力に変換される魔法の鎧って、ダンジョンの定番っすよ」

『い、いやじゃああ! あ、なんかオシャレだけど露出度控え目の小娘たちが居るので、ちょっと声かけてくる』


 と、目をグルグルさせていた鷲馬娘は、冒険者組合の片隅で談笑しているとある少女達に目を向けた。

 ヘソは出しているしスカートは短めだが首や胸元はしっかり隠しているしフトモモもブーツと膝上レギンスで保護してある。防具は皮と布主体なので騎乗させてもそれほど負担にはならないだろう。

 がんばれ、鷲馬娘。

 なんか先方も感触悪くなさそうだし。

 弓とか使う?

 いいね、良いコンビを組めそうじゃないか。あ、ちょっと試運転がてらダンジョン上層を潜ってくる? いってらっさい、いってらっさい。おっちゃん適当に時間潰してるから。





 数時間後。

 護衛を共にしてた連中か依頼主から情報が漏れたのか、どういう訳か併設の酒場で自分はワニ肉片手に無双していた。

 いや騒ぎの中心にリーダー氏がいるじゃねえか。

 作れと?

 手間賃は支払う?

 材料は酒場にあるもので?

 資材調達課からも持ち出してくれる?

 ……

 ……

 唸る包丁。

 とどろくオリーブ油。

 馬鹿め、素直に唐揚げを出すと思ったか。

 値段優先で少しばかり傷んだワニ肉ばかり用意しやがって。臭み消しのために薬草を刻み、焦がしたカラメルに酸っぱ苦くて酒精の消えた赤ワインと糖蜜で甘口の黒酢もどきを拵える。


「ですてぃにー!」


 黒酢豚もどきを食べたチームリーダーのエグザム氏が吹っ飛んでいく。

 ふははははおののおののけ肉体労働者同士諸君。

 ハードボイルドを気取って塩辛い干し肉を焼酎で流し込んでいた連中が、スペースキャッティな顔で黒酢豚を頬張っておるわ。

 ふはははは、美味かろう。

 パイナップルの肉を柔らかくする成分は加熱すると失活するから、酢豚と一緒に炒めても意味ないし、そもそも肉を柔らかくするなら加熱する前に数時間漬けこまなきゃ駄目なんだよ。そんな肉汁まみれの生臭いパイナップルとか食える訳ないだろうがよ!

 疲労した肉体はよお、甘味と酸味には勝てないんだよお。


「よお転生賢者ワイズマン、この料理のレシピを組合で扱ってもいいか?」

「ただの魔物使いフィッターっすよ自分は」


 少し前まで調理手順を見学していた酒場の主人が、包丁片手にニヤリと笑う。

 道具と素材さえ揃っていれば、あとは数さえこなせば難しい料理でもない。肉の種類に衣に使う粉の選別、あとは甘酢の配合と付け合せる具材の有無……応用の幅は大きいね。

 あと転生賢者とか名前負けするんで呼ばないで。

 黒酢豚もどき、というか古老肉クオラオロウを作った時点で前世持ちなのはバレバレだし神殿で審問も受けて無害認定されたから隠す理由もないけれど。家庭料理披露した程度で賢者呼ばわりされても困りますがな。

 ところで客席に冒険者っぽくない豪華そうな服着た方々が増え始めたんですけど?


「そりゃあ王城内にダンジョンの入り口があるんだからよ。偉い人がお忍びで視察に来ることだってあるわな」

「忍んでねえっすよ。なんかロイヤルオーラ振りまきながら『ぷるぷるぷる。ボクは貧乏旗本の三男坊だよ。冒険者ギルドの居候だよ』みたいな顔してるっすよ!」

「がはははははは。なんか知らねえけど王宮から食料抱えて調理助手が来るみたいだぞ魔物使い」


 それって宮廷料理人ですよね?

 待って。

 ねえ、待って。





 黒酢豚を振舞えばそれで許されるような状況では済まされず。

 アヒルの皮に甘酢かけて干して丸焼きにして皮だけ食わせたり、皮付き豚バラ肉をじっくり蒸し煮にしたり。誰ぞの転生者が作ったは良いけど調理法がさっぱり分かっていない乾物系食材を山ほど押し付けられて涙目になったけど、自分は元気です。

 庶民はですねー、調味料が乏しいんですよー。

 醤油と味噌で満足するな転生者。くっそ高いし。

 魚醤と香辛料で誤魔化すにも限度があるんですよ。あとカレーばっかり作るな。ほれほれ蒸した芋潰してカレー粉まぶして薄いパン生地で餃子みたいに包んだ奴をバターで揚げ焼きにした奴を喰ってしまえ。腹膨れたな? 満足したな? カエレ、あとレップウ置いていけ。ゲイザー。

 帰らない?

 そんなー。

 うろおぼえの前世知識を総動員して調味料を作らされる。漁船のそこに貼りついた牡蠣とか剥がして身を剥いて香味野菜と一緒に潰しながら煮込むだけだけど。魚醤作るよりは手間かからないはずなのに、どっかの転生者がレシピを秘匿してる可能性は高いか。

 野菜も食え。

 ほれほれスクランブルエッグに乱切りトマトをぶち込んでくれるわ。キ■ガイナスビじゃないから安心して食え。そして逝け。


「むっはあああああー!」

「またエグザム氏が吹き飛んだぞー!」「神殿のマリオン様を呼んで来い―!」


 グルタミン酸強化食は人狼の舌には強烈に作用したかもしれん。

 乾物として提供された魚竜の浮袋は水の属性魔法で茹でこぼして灰汁を抜いた後、こってりと煮込んでゼラチン質の凄さに驚いた。ナマコというかモツというか。これ腸詰肉とか豚足をブッ挿したら卑猥すぎてモザイクかかる奴だ。

 魚とはいえ竜種あつかいされてるもんなー。

 即興仕立てのオイスターソースに宮廷料理長自慢のスープストックで頑張ったけど、無味のはずの浮袋に味付けが完全に負けてる。

 え、それでも喰う?

 ロイヤルオーラをキラキラさせた旗本の三男坊様、謎のメダルをまき散らしながら吹き飛んでいったけど。あれ通常営業? 問題なし? お咎めとかない?


「一口までは人類でも耐えられると、神託が下りました」


 審問官殿がなにか受信したらしい。

 残りは全部神饌しんせんにせよと。産廃扱いされないだけマシかー。





 冒険者組合併設の酒場が全滅し、宮廷料理人が新しい調味料をホクホク顔で回収した頃。

 お試しにとダンジョンに潜っていた鷲馬娘が帰ってきた。

 表情が死んでいる。


『……主殿。我の背中に、生温かいと竿の感触が。押し付けられて前後して、切なげな甘い吐息と一緒に振動が振動が振動が。それから一瞬の痙攣と共に』

賄い料理魚竜の浮袋でもお食べ」

『うまみーっ!?』


 とりあえず上位魔獣は三口くらいは耐えられるようだ。気絶したけど。

 微妙に潮の香りを漂わせ砂まみれの鷲馬娘を担ぎ、片付けを酒場の店長に託して宿に戻る事にした。厩舎で五回くらい身体を丸洗いにして上等な香油をつけたら鷲馬娘の機嫌はなんとか回復してくれた。


『我、護衛仕事が肌に合ってるかもしれん』


 ぽつりとそう呟いた鷲馬娘。

 以後、微妙な露出度の美少女に対して必要以上に警戒心を抱く悪癖が生じたが、その分だけ此方へ信頼を寄せてくれるようになったのは怪我の功名というべきか。





 その後。


「転生賢者で酒場の虐殺者パブスローターと名高いアレックス氏に出張料理人の指名依頼が来ております」

「自分は魔物使いの支援職なので人違いっすね」


 今までと変わらず冒険者チームの一員として、そこそこ頑張っている。

 鷲馬娘の扱いは魔馬時代と変わらないが『そこは今後に期待する』だそうで。期待されても晩飯が一品増えるくらいなんだがね。


炒麺チャーメンを希望する」「バラ肉のぶっかけルーロー飯!」「葱油餅ツォンヨウビン食べたい」「そろそろうずらの脂が乗る時期なんですよねえ」


 いや、あの。一品増やすのはうちの鷲馬娘だけっすよ。

 そんな目で見られても。




<第一部完>

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