第5話

 千里が忠雄の携帯電話に電話を掛けて「二度と帰ってくるな!この浮気者!全部バレているんだよ!」と叫んだ日から二日が経った。

 忠雄は家に帰って来ていない。

 後悔と諦め、それに渦巻く黒い感情が千里の体を重くさせていた。

 ああ、どうしよう。

 全てを吐き出したあの日から忠雄の連絡は無い。

 すぐに電話を返してきて何か言い訳をしてくれるのなら、まだ良かった。

 だけど、言い訳すらしないとなると、もう、捨てようとしてるとしか思えない。

 答えが出ない気持ち悪さを味わいながら、ベットの上で考え込んでいると、着信音が鳴った。

 無理矢理体を起こして携帯電話を取ると、画面に忠雄の母の名前が表示されていた。

 普段電話を掛けてこない相手だったので、忠雄に何かあったのではないかと心配になり、通話ボタンを押した。

 その瞬間、ヒステリックな声が千里に向かって発せられた。

「お前!うちの子が結婚してやったというのに、その恩も忘れてうちの子を追い出すとは何事だ!やっぱりこの結婚は間違いだったんだわ!この卑怯な女狐が!女狐が!女狐が!」

「あの……、お義母様」

「お前にお義母様と呼ばれる筋合いなんてないわよ!この卑怯者が!早く地獄に落ちればいいんだわ!このアバズレめ!お前なんかお前なんか……」

 ここまでの罵倒を受ける理由が判らなかった。

 何故、お義母さんが私にこんなに罵声を……?

 ヒステリックな声が、思考力を奪っていく。

 わけがわからなくなり、一度電話を切ろうとしたその時、声が急に遠くなった。

「千里さんかい……?」

 先程とは打って変わって、静かな声が受話器から流れてきた。

「うちのが無礼な言葉を言って申し訳ない。今、あいつから離れているから、少し待ってくれ……。……よし、もう大丈夫だ。さっきの言葉で気分を害したかもしれないが、もう少しだけ電話を切らずに私の話を聞いてくれないか」

 先ほどの衝撃が体に残っていて、微かに返事をすることしか出来ない。

「さっき、あいつのところに息子から電話が掛かってきたそうだ。そこで、息子が『もう二日も家に帰っていない。というより、帰れない。千里が入れてくれないんだ。僕が悪いことをした訳でもないのに』と、こう言ったそうなのだが……。それで、まあ、うちのが怒ってね……。あいつ、お恥ずかしいながら過保護な所がありましてね、で息子も息子でそれを利用するんですよ。過去にもそんなことがあってね……。で、今回の事もどうにも私はおかしいと思ってね……、一度私が千里さんと話をしようと思っていたんだけど、その前にあいつが突っ走っちゃったみたいなんだ。本当に、申し訳ない」

「いえ……」

「で、もし千里さんが良ければ今から直接会って、君達が今どんな状況なのかを教えて欲しいんだが……、どうだろうか?」

「今日……、今からですか?」

「何か、都合が悪いかね?」

「いいえ……、そちらへ行けばいいですか?」

「いや……、ここは妻がいるからね……。そうだな、取敢えず君達の家へ向かうよ」

 千里はそれを了承すると、電話を切った。


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