第3話

「千里!」

 分娩室のドアを開いた忠雄は、早足で千里の前へと行くと、その手を取った。

 目には涙が浮かんでいたが顔は笑っていた。

「ごめん!途中で渋滞に捕まっちゃって……。ごめんな……」

 謝る忠雄の顔を触り、頬をつねった。

「ごめんよ……」

「今つねったので許してあげるわよ。別に渋滞はアナタのせいじゃないからね。……そういえば、お義父様とお義母様は?」

「うん、さっき連絡したからもうすぐこっちに来ると思う……。君のご両親は?」

「新幹線でこっちに向かってるみたい」

「そっか。頑張ったね、千里。そして、ありがとう千里。今、俺は凄く嬉しいよ!」

 再び笑った忠雄の顔を、ぼうっとした目で見つめていた。

「まだ実感ない?顔が笑ってないよ?」

「かもしれないわ。何ていうか、ここから大変だと思うと……」

 話をしている二人の間に遠慮がちに、助産師が割り込んできた。

「奥様の手当てをしたいので、旦那様はあちらでお待ちいただけますか?奥様とは後でまた会えますので……」

 忠雄は別れ際に再度千里の手を握った後、頭を撫でて分娩室から去って行った。

「旦那さん、嬉しそうでしたね」

「そうですね」

「でも千里さん、意外と淡白に受け答えてたんでそのギャップが面白かったですよ」

「……多分、私はこの後に喜ぶんだと思います」

「そうですか……、今は体力を使い切った後ですもんね。ゆっくり休んでから喜んで下さいね」

 その言葉に頷くと、分娩室の天井を眺めて、これから先のことを描いた。

 けれど、描いていく未来は徐々に白くぼやけていき、全てが真っ白になって……、千里は眠りの世界へと落下した。


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