第2話

 携帯のアラーム音が響く部屋で、千里は眠い目を擦りながらベットから起き上がった。「寝覚めに最適」と思ってアラームにセットしている曲が、頭に響いて気持ち良さなど微塵も感じない。

 ふと、隣にある夫である忠雄のベッドに視線を移したが、昨日布団を整えたままの状態から少しも動いていなかった。千里は溜息をつき、先程からけたたましく鳴るアラーム音を消す為に、携帯を手に取った。

 アラーム停止のボタンを押すと、いつもの待ち受け画面に戻った。

 画面の下にメール到着のお知らせが出ている。

 多分夫のいつものメールだろう。

 メールを開けて中を読むと、溜息が漏れた。

『今日も会社に泊まる。すまない』

 たった一行しか書かれていないそのメール。

 千里はそのメールの内容が嘘だということには、とうに気付いていた。


 忠雄は、浮気をしている。


 しかし、その事に気付いたのはごく最近のことだ。

 それまでは、仕事の忙しさに疑いを持つことは無かった。夜、自分を求めなくなったのも歳と仕事の忙しさのせいなんだと思っていた。

 だけど、現実は違っていた。

 ある日、背広をハンガーに掛けようと抱え上げた時に、胸ポケットに異物感を感じたので中を探ると、夫が持っているのとは違う携帯電話が出てきた。

 会社から支給された携帯電話なのだろうと思いポケットに戻しかけたが、ふと悪戯心が湧いて壁紙を自分の写真に設定する為に携帯を開いた。

 開いた瞬間に千里の目には見知らぬ女性と微笑む忠雄の姿が写った。

 その写真を見て、忠雄の今までの行動の意味を全て理解した。

 なかなか帰れない。

 抱いてもくれない。

 それは、全て浮気をしているからだった。

 泣き出しそうになるのを堪えながら、携帯を胸ポケットに戻し、スーツをクローゼットの中へとしまった。

 その日、自分が忠雄と何を話したのかは覚えていない。

 覚えているのは、怒りよりも恐怖を感じていたことだった。

 この幸せが逃げていってしまうかもしれない、という恐怖。

 壁紙の女性は、千里よりも若くプロポーションも良かった。

 写真の女に、一つも勝てる要素が無い気がした。

 もし忠雄にあの女性のことを問い詰めたら、どうなるだろうか。

 もし、忠雄とあの写真の女性が双方共『本気』だったら、どうなるのだろうか。

 千里は、自分が捨てられるのではないか、という不安に飲み込まれた。

 その日一晩考えて、浮気していることを知らないふりすることに決めた。

 この状態なら、まだ自分に戻ってきてくれる可能性がある。

 最悪でも、今のままが続けば、自分以外は誰も傷つかない。

 少し我慢すればいいのだ、と言い聞かせた。



 頭の中で考えが巡りすぎて重たくなっていく。

 朝日を入れる為にカーテンを開くと、眩しい光が目に刺さり、頭痛を引き起こしそうになった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る