🔹第一章『幼少期』 第10話『ジャックの帝国学園入試』
「8007年10月1日」
ジャック兄の祝福の儀から1ヵ月半が経ち、今日はターヒティア帝国学校入学試験日である。
この1ヵ月もの間、俺はエドガー兄と一緒に母マリーナとの魔術の稽古に専念し、それに対してジャック兄は書斎にこもり父フィリップから試験勉強と人心掌握の心得を受けていたらしい。
その為食事の時以外では顔を合わす事は殆ど無く、父やジャック兄と殆ど接する事なく2週間ほど前に父フィリップと共にジャックはターヒティア大帝国へ出発していた。
父フィリップは将来の為の見学がてら弟達も大帝国に連れて行く予定だったが、母マリーナまで「付いて行くわっ」と言い出してしまい領主が居ないスタンベルクはマズいので、弟達は母マリーナとお留守番になった。
本来であれば領主が数日居なくても大して問題無いのだが、10月は『カルトッポ』という前世でいう「ジャガイモ」や『キャロット』のような「人参」が旬の季節で収穫で町中が忙しい。
領主は領土全体の今年の野菜の採れ高を確認し、その数量や質によって他国に売る値段が決まめるのも領主の仕事だ。
普段はフィリップ本人が対応するのだが今年はジャックの入試を理由にマリーナに押し付け留守番させた形となる。
――聞く限りだと繁忙期という10月から逃げだしたとしか感じなかったけどね… 母マリーナも何度も大帝国に行ってるんだし母に行かせて自分の仕事しろよ。 まぁ見たくない顔見なくて済むからいいか…。
そういう事で俺は母とエドガー兄で町中から集まった『カルトッポ』と『キャロット』の確認及び収穫作業をしながら「仲良く」お留守番していた。
「ケッ、父様め俺たちに仕事押し付けやがって! 来月の『パームプリズ』の収穫は手伝わないからなぁ?」
エドガー兄は連れて行ってもらえなかった事を根に持っているみたいだ。てか意地でも付いて行けよ…、母マリーナと2人で過ごせられないじゃん!仕事量多くても俺はマリーナと2人で居たい!(笑)
「意地でも付いて行けば良かったじゃないですか? それともかあさまと一緒に居たかったんですか?」
俺はいつも通り弄ってみる。
「あぁん? ボコボコにしてやるからアランもういっぺん言ってみろ?」
ヒエッ、図星を突かれて即キレしたよ…(笑)
因みにエドガー兄が言っていた『パームプリズ』は11月が旬の白い茸で、自身を包み込むように傘が丸く大きい為、一見「白い玉」のように見える茸であり寒冷な山の岩場に自生するスタンベルクの名産品の1つであり、他国では採れない為高額で売ることが出来る。
俺はエドガー兄を弄りつつエドガー兄も文句を言いながらも『カルトッポ』と『キャロット』の自国及び他国に売るための確認作業をしているが、それにしても例年より量が多い為俺とエドガー兄は汗をかき軽く息を乱しながら選別及び確認作業をしていた。
「かあさま、今年も凄い量ですね! 去年よりも多いんじゃないでしょうか?」
「あらあら、本当ね! スタンベルクも良い町になったものね~! 今後の発展が楽しみだわ♪」
母マリーナは凄いスピードで確認しながらも涼しい顔をしていた。
そんな中、野菜を持ってきた農家のお婆さんが話しかけてきた。
「アラン様、エドガー様。まだ小さいのに偉いねえ~。自家製の『フェベリージュース』持ってきたからマリーナ様と一緒に飲んでくださいな。」
「あらあら、まあまあ! わざわざ有難う御座います! アランとエドガーこっちにいらっしゃい!」
「おばあさん、有難う御座います。」
「おっ?『フェベリージュース』じゃねえか!ばあさん気が利くなぁ!」
エドガー兄はいち早くジュースの瓶を受け取り(奪い取り)ラッパ飲みをし始めており行儀悪い事この上ない…。
「あらあら、ちゃんとコップに分けて飲みなさい!」と軽く注意をするがエドガー兄は全く聞かない。
てかこのまま全部飲み干そうとしていやがる…。
「かあさま、エドガーにいさまが口を付けたジュースは僕は要りません、かあさまも要りませんよね?」
「そうね、エドガーはもっと常識を弁えるべきだわ。 今度同じような事したら自分で買った物、貰った物関係なく瓶を割るからそのつもりでね?」とマリーナはニコニコしているが口調が怖すぎる…。
「ご、ごめんなさい、もうしません。 ア…アランも飲むかい?」 エドガー兄はヤバいと思ったのか流石に謝っていた。
「いいえ、先程言った通りエドガーにいさまが口付けたので僕は要りません。勝手に一人で飲んでください。」
今後少しは変わってもらうように俺はエドガー兄を拒絶した。
エドガー兄はバツの悪そうな顔をしながら「ワリィ…」と一言だけ言って瓶丸々一本飲み干した。
――本当は俺も奪ってでも飲みたかったよ? 『フェベリージュース』は『アプフェ』という前世で言う「りんご」とベリーを混ぜて作ったジュースで、同じくスタンベルクの名産品の1つで甘味と酸味のバランスが良く体にも良いし凄く美味しいんだよ? この世界には美味しいものや甘いものが極端に少ないから次の機会には絶対に俺も飲んでやる!
「あらまぁ、1本だけじゃなくもっと持ってくれば良かったねぇ、マリーナ様申し訳ないです。」
一部始終を見ていた農家のお婆さんは申し訳なさそうな顔をして謝っていた。
「あらあら、息子にも良い勉強になったから別にいいのよ。アランには後で『フェベリージュース』買ってあげるわ!」
――母様ナイッスゥーーーーエドガー兄がなんか悔しそうな顔してるけど自業自得だぜ?
「かあさま、いいのですか? 有難う御座います。 仕事が片付いたらコップ用意しますのでかあさまも一緒に飲みましょう。」
「お、俺にも…」
エドガー兄が何か言いかけていたが結局言わなかった。 素直になればいいのに…。
一方長男ジャックは午後の試験の真っ最中だった。
午前中は筆記試験で、内容は「戦闘系」「薬学系」「魔法学系」「雑学系」の大きく分けて4種類で父フィリップの言われた通りの問題ばかりで余裕だった。もしかしたら満点かもしれない。
午後は剣術、格闘術、魔法の3点の実践式の試験だった。
剣術の試験は魔法剣の使用が認められているため、固有魔法を駆使して試験官すらも圧倒して見せ、続く格闘術も父の教えにより難なく試験官の攻撃を防ぎ切った。 多数いる受験者の中でダントツだったジャックはこの時点で筆記試験を含めて入試の合格は確実だと感じていた。
問題は最後に行う魔法の試験だった。
ジャックはまだ2種属性の魔法しか使用できない為、魔法単体だと魔法専門の受験者と比べてどうしても見劣りしてしまう、既に試験を受けている他の受験者の中でジャックよりも明らかに魔法が上手い人が存在していた。
そしてとうとうジャックの番になった。
試験内容は至って簡単で、「設置された『的』に向かって自分の中で一番得意な魔法を使用し的に当てる事」であった。
要するに自宅でする稽古と全く同じだ、それなのにジャックは異常な程緊張していた。
普段から冷静なジャックは父から命じられた「最優秀者として合格」のプレッシャーから、唯一『魔法』が弟アランより「優れていない」という思考がジャックの自信を無くさせていた。
「アランは規格外だから比べても仕方ないんだよっ!」って母マリーナに何度も言われたがそれでも長男として弟達より優れていないのは嫌だった。
試験で使用出来る魔法の回数は5回、ジャックは雑念を振り払い精神を集中させる。
ジャックは剣を掲げながら詠唱する。 「スウゥー… ファイアーボール!!」
火球が一直線に飛んでいき的に当たった。
基本1発目は皆外していたがジャックは1発目で当てたからか「おぉっ!?」と周りからどよめきの声が聞こえる。
自信を取り戻したジャックは更に高度な魔法に挑戦する。
「フレイムアロー!」 今度はファイアーボールではなく炎の矢を発生させた。
ファイアーボールより細く小さく高速に撃つ事が出来る貫通力のある魔法だ。
だがしかし速度が速いせいか上手くコントロール出来ず的にかすっただけだった。
結局残りの3回とも「フレイムアロー」を撃ったが一度として的に当たる事無く魔法の試験は終了した。
全ての試験が終わりジャックは校門の前に佇む父に駆け寄った。
「おお!? ジャック戻ったか! 試験はどうだったか?」
「はい父様、筆記及び剣術、体術試験は全て完璧にこなせました。 ですが魔法の試験で最初の1発だけしか的に当てる事が出来ませんでした。 もしかしたら最優秀合格者では無いかもしれません、本当に申し訳ありません。」
「そうか、それは残念だが人間だれしも万能ではない! 精一杯自分の力を出したのなら私は何も言わん、ご苦労だった。合格発表の3日後までボイド辺境伯邸で滞在させてもらう事になっているから行こうか。」
「はい…。」 よほど悔しかったのだろう…ジャックは俯きながら父に付いて行くその頬には涙が流れていた。
ボイド辺境伯邸に到着すると40代位の優しそうなおじさんが出てきた。
「やあスタンベルク伯爵殿~、7年ぶりじゃな~。『大連盟魔対立議会』以来か、壮健であったかぁ~?」
「お久しぶりです、ボイド辺境伯殿。其方も壮健そうでなによりです。 それと数日間お世話になります。」
「いやいや全然いいんだよ~、なんなら領土あげるからこっちの領主にならないか?」
「いえ、此方の生活で満足しておりますので気づかいは無用です。」
「そうか、気が変わったら何時でも言ってくれよ~。 それにしてもジャック殿も見違えるほど成長しましたな!」
「恐れ入ります、ボイド辺境伯殿もお変わりなき様で安心しました。」
もう泣き顔のジャックは存在せず丁寧な対応をする。
「そういえばご子息のロイ殿を試験会場でもお見掛けしませんが…」父が尋ねる。
「ああ…あれはもう良い、あのバカ息子は今は放っておく事にした。 年下だからっていう理由でかのターヒティア大帝国第一王女とローゼンブラート王国の第一王女に求婚し、手酷くフラれて今は部屋に引きこもっておる。 帝国学校は顔パスで入学する事になってるから数年後嫌でもまた顔を合わせるだろう。その時までに立ち直っていて欲しいが…。」
「ロイ殿は肝が据わっておりますからな、ロイ殿であれば直ぐに立ち直るでしょう。また元気な姿を是非見たいですな。」
ターヒティア大帝国のボイド辺境伯とは父フィリップが冒険者の頃、帝国に存在する『帝国第三迷宮』から発生したスタンピード防衛の際に、当時帝国騎士団長だったアーノルド・ボイドと手を組んだ事がきっかけだという。
「スタンベルク伯爵殿からもロイに何か元気付けてやってくれないか、ふがいないがワシでは聞き入ってくれんのだよ…。」
ボイド辺境伯は少し悲しそうだった。
「分かりました、私が一度お話してみましょう。」
「うむ!」と言うとボイド辺境伯はフィリップ達を屋敷の中を案内した。
屋敷はデュフォール家の古い屋敷よりも大きく綺麗な屋敷だ。
「ワシの客人じゃ、丁重に対応しなさい。」
屋敷の使用人達が丁重におもてなしをする。
「ジャック殿、長旅と試験でお疲れじゃろうから『風呂』にでも入りなされ~。」と言われ、スタンベルク伯爵邸には無い『風呂』を堪能した。 この時からジャックは『父以上に成り上がり国を治めて見せる!』と再度心に誓うのであった。
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