第2話 退廃芸術


 ヒメ曰く、人はより退廃的な美を好むだと言う。ミドリはそうは思わなかった。人は美しいもの尊いものを好むのだと反論すると、退廃こそ美の至るところだと声高に宣言された。

 路地裏、煙草臭い其の場所で二人はただ人を待っていた。待ち構えていた。ヒメ曰く財閥の戦士ウォーリアー、吸血鬼狩りの専門家スペシャリストだという者を。

 曰く、犠牲は問わず、曰く、手段を問わず、曰く、自分の命も省みない。

 そんな冷血生物なのだと語る。そんな相手に戦えというのか。ミドリはひどく怯えていた。片手にはナイフが握られている。

「誰かを殺したかったのでしょう? 絶好のいい機会じゃない。貴女はただこう言えばいい『吸血鬼に脅されたんです!』ってね」

「そんなの誰も信じないし……」

「それでいいのよ、どうせ貴女はもう俗世には帰れないんだから。ようこそ、こちら側へ」

 ひどくひどく嫌な気分だった。これから人殺しをするんだというより、これから殺されるんだという思いだった。人であろうと吸血鬼の眷属であろうと、その鬱屈とした性根は変わらない、ミドリはそういう人間だった。彼女を構成する因子はいつも敵対する何かと自分という構図だった。そんな自分に初めて寄り添った人物が吸血鬼という人外だった事は幸か不幸か。それこそ。

「神のみぞ知る、とか思ってる?」

 つくづくこの人外は人の頭の中を覗いて来る。ミドリは心の中で毒を吐く。届く事が無いと分かっていながら。

「これは運命よ、神なんて曖昧模糊な者じゃなく、連綿と続く歴史が起こした事実なのよ」

「運命なんてそれこそ曖昧模糊な詭弁じゃない、そんなものわたしは信じない」

 とことんすれ違う二人。だがそこが気に入ったかのように笑みを浮かべるとヒメはミドリに抱き着いて頬ずりした。

「好きよ? 貴女の現実主義そういうとこ

「わたしは嫌い!」

 路地裏に悲鳴が届く。断末魔と言って良かった。声の高さからかろうじて相手が若い女性である事が分かった。革靴の足音が響く。黒いコートにビニール傘の男。男だと分かったのはその体格の良さからか。それとも。

「お前か、吸血鬼は、また間違えてしまったではないか」

 地面にズタボロになった人だったものを投げ捨てる男。ビニール傘には返り血がこびりついていた。

「あら、顔に似合わずドジなのね」

「今、俺を罵倒したか」

「ええ、顔もそれほどって感じ」

「上等だ吸血鬼、例え吸血鬼であろうとなかろうと此処でお前は殺す」

 金属と金属が擦れる音がする、変形剣ヴァリアブルブレード、対吸血鬼用の専門兵装だった。こっちの武器は――ナイフ一本。

「さあ出番よミドリ」

「どうやって戦えって!?」

 超大型の十徳ナイフのような見た目の変形剣、その一番まともそうな形をした形態パターンで斬りかかられる。それをただのナイフで受け止める。

 ――ああ、自分は此処で真っ二つにされるんだろうな。

 そう思ったあとだった。ヒメから喝を入れられる。

「さあ受け止めたら反撃!」

「へ?」

 体格さから膂力の差は一目瞭然であるはずだった、しかし拮抗している、いやそれどころか。

 ――撃ち返せる。

 そう思い、ナイフ片手に蹴りを見舞った。宙へ浮く男。三回転半した後で地面に叩きつけられた。呻き声を上げる。

「よ、よわ!?」

「貴女が強いのよ是空ミドリ、さすがの血筋ね、遠路はるばる取りに来てよかったわ」

「血筋ってなに!? これ以上、私を異常者扱いしないでよ!」

「通り魔以上の異常者がいるのかしら」

 ぐうの音も出ない。ミドリは押し黙ると目の前の男と相対した。男はゆっくりと立ち上がり変形剣を持ち直す、一番禍々しい形態にその威容を変形させる。

「油断した」

「それで?」

 ヒメが挑発する。

「二度目はない。吸血鬼は二人いた、それだけの事」

「ふむふむ、状況判断は間違ってないわ、でもそれだけね」

「言ったはずだ、二度目はないと」

 居合の構え、ナイフで防御する間も無く、ミドリは上半身と下半身に分断された。転がる視界の中に棒立ちしながら血を吹き出す自分の足が見える。死んだ。今度こそ死んだ、そう思った。けれど。

「ほら呆けない」

 ミドリの上半身がヒメに拾い上げられる。男は動けないでいた。何かと思ったら、だ。影が彼に纏わりついている。

「威力偵察ご苦労様、ま、斥候としてはこんなものよね、城壁ルーククラスが出るかと思ったけど、歩兵ボーンクラスじゃこの程度か」

 男は影で口を塞がれて喋れないでいる。それどころか顔色がみるみろ青く染まっていく。

「この程度の異能対策もとってないなんて本当にあんた財閥の者? ただの雇われじゃないの?」

 男の身体の内側から不気味な音がする。まるで肉を内側から叩いているかのような音だった。

「あんたから得られそうな情報もないし、

 破裂した。血飛沫と肉片が辺り一面に散らばる。ヒメだけがこうもり傘でそれを防御していた。ただの血だまりと化した男、それを放っておいて、棒立ちのミドリの足にヒメは上半身をくっつけた。

「いったーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?」

 グロいとか怖いとか逃げたいとかより先に痛みが来た。ヒメは耳を塞いでいる。

「五月蠅いわねぇ、痛みの消し方くらい覚えなさいな」

「覚えられるか!」

 人体を真っ二つにされる経験などマジックショーくらいで十分だ。ヒメはただ優雅に振る舞う。

「これでしばらくは財閥も大人しくしてるでしょう、さあせっかくだしデートを楽しみましょう?」

「頭湧いてんのか……この……馬鹿……」

 痛みのあまり遠のく意識の中、その馬鹿のムカつく呆れ顔だけが視界に残った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る