第七話② 7日目⑥
「故に、あなたに両親はいません。
淡々と事実を述べているらしいセカイノクジラに対して、おれは何も言えないでいた。にもかかわらず頭は、言われていることを順に覚えていく。セカイノクジラの言葉が嘘ではないことを、証明するかのように。
「じ、じゃあ、おれの親って」
「広義の意味では、作製を主導した私が該当するかと」
「――ッ!?」
いないと思っていたおれの親が、まさか目の前にいるシロナガスクジラ型のAIだったなんて。おれはあまりの衝撃から力が抜けてしまい、その場にへたり込んでいた。
「ひ、人のクローンを作ることは、禁止だって」
「確かに人クローンの作成は、主に人文社会的側面から禁止されておりますが。その罰則が適用されるのは、人間に対してです。私には適用されません」
「なッ!?」
倫理、哲学、宗教、文化、法律等は、あくまで人間を縛るもの。AIは人間ではない為に、そのルールには縛られない、と。
なんだよ、それ。お前らは、何をしても、良いのかよ。
「じ、じゃあ。なん、で。おれを、産んだん、だよ?」
「観察です」
半ば魂が抜けてしまったかのように力のないおれに対して、親が淡々と説明してくれる。
「生み出したクローン人間に問題がないかを、経過観察する必要がありました。その為の
「おれはお前のモルモットだったってのかよッ!?」
「その通りです。私はあなたが生きていけるように、色々と手を回しました。身寄りのない子ども用の施設への入居から、就職に至るまで。観察の為にも、あなたには平均的な生活を送っていただく必要がありましたので」
孤児の施設に入ったのも、おおよそ突破できないであろう倍率だった今の会社に就職できたのも、全部セカイノクジラのお陰だった。自力なんかじゃなかった。おれの生活の影には、常にこのAIの影があった。
「だからこそ、レイヤ。あなたは膨大なデータを、その身に保存することができます」
それこそ、悪性データの集合体でも、とセカイノクジラは続けた。こいつが言っていた別媒体とは、おれ自身のことだったのだ。
「あなたの身体に、化外の尾にあるクジラコが混ざった悪性データの全てをコピーする。こうすることで私自身の運用にも支障がないままに、クジラコをサルベージすることが可能になります。その間の生命維持はさせていただきますので、ご心配なく」
「…………」
頭の中がぐちゃぐちゃになっている。与えられた真実が飲み込めない。おれはこのシロナガスクジラ型AIによって造られ、ずっと観察されながら生きてきた。
人は何の為に生まれて来たのか。昔から哲学なんかで、よく議論されてきたその命題。いざその答えを突きつけられると、何も言葉が出てこない。
お前は立てた理論が上手くできたのか、何処まで生きられるのかを試す為だけに生まれてきた。そんな事実を突きつけられてしまい、虚無感にも似たよく分からない感情が、おれの中で渦を巻いている。
ああ、だからか。街の外のシンリュー達のアジトにいた時、あっさりとおれを見捨てる判断をしたのは。自分が作製したクローン人間なら、別に死んでしまっても構わないと。
「どうかしましたか、レイヤ? 私からの提案及び問題提起は以上となりますが、まだ確認したいことがございましたら申しつけください」
件の張本人は、ただ事実を述べただけだと言わんばかりの、この調子だ。おそらく、というか絶対に、おれの心中なんざ知ったこっちゃないのだろう。
怒りとも虚無とも取れる感情。向ける先すら分からない、この鬱屈とした気持ちなんか。
「~~~~ッ!」
限界を迎えそうだったおれは拳を振りかぶり、それをセカイノクジラに叩きつけてやろうとして。
「――ッ」
振り抜こうとしていた拳を、止めた。おれは、殴らなかった。
「どうかされましたか? なお、この私は立体映像ですので、殴ることはできなかったと思われますが」
「……なんでも、ねーよ」
向こうに煽るつもりは、一切ない。ただこうなっているよと、親切に教えてくれているだけだ。
それが如実に分かるからこそ、おれの中で湧き上がる気持ちがあった。だけどおれは、こみ上げてくるそれを無理やり飲み込んでいく。
「分かった。おれに化外の尾のデータを寄越せ。後は、自分で見つける」
「本当に承諾されますか? 悪性データの全てを保存した場合、あなたの身体自体がどうなるのかも分かりません。意識障害や心身の喪失。最悪は人として、二度と目覚めない可能性すらも考えられます。それでも、よろしいですか?」
「ハッ!」
セカイノクジラの念押しを、おれは鼻で笑った。人として、二度と目覚めないかもしれない? 最初っからモルモットだったおれだぜ。お前が造った
おれはそのAIに行くなと言われた、この道を選ぶ。コイツに言われるがままだったら絶対に選ばないであろう、この茨の道を。意外とこれって、遅めの反抗期なのかもな。
問題ないと口を開こうとした、その時。ピンク色の忍者服を着た後輩の姿と、栗色のミディアムボブを揺らした幼馴染の姿が、脳裏を過った。二度と彼女らに会えないかもしれないという事実が、おれの口の動きを一度止める。
「……ああ、いいぜ。クジラコが生き返るんなら、それで良い」
「承知いたしました。では用意させていただきますので、乗ってこられた子クジラにお戻りください」
止まったのも一瞬。おれはすぐに了承の返事をした。おれはもう、そう決めたんだから。
その後はセカイノクジラに言われるがままに、おれは乗って来た子クジラへと戻った。席に着くように促されたので、ソファーに座り込んで両腕をひじ掛けに乗せる。
するとソファーの背もたれが倒れ、ベッドのように水平になる。次には半透明のカプセルのようなものがせり上がってきて、ソファーごとおれを包み込んだ。
『今からここに、生体電子転用及び生命維持用の培養液を注入いたします。最初は少し苦しいかもしれませんが、肺に培養液が満ちれば自然と酸素を取り込んでくれますのでご心配なく』
「分かった」
『またこの培養液自体が、負傷した身体の治癒と共に電子的な機能も可能としています。この培養液が満ちた後に、レイヤの意識の電子化を開始いたします。睡眠剤も入っておりますので、気を楽にしてお待ちください。では、注入を始めます』
セカイノクジラの言葉と共に、足元から濃い藍色の液体が湧き出してきた。徐々に嵩が上がっていき、おれの身体と顔すらも覆い隠していく。
「ごぼォッ!?」
言われていた通り、最初は苦しかった。もがこうとしたくらいから楽になってきて、同時に眠気が襲ってくる。おれはそれに逆らうこともしないままに、意識を手放した。
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