第六話② 7日目②


 電波塔も他の建物と同様に閉まっていたが、拾ったフックをかざしてみると、シャッターが音を立てて上がり始める。建物内の電気も通って、通路に灯りがついた。

 中に入ったおれは一階にあった総合案内所や事務室で共有シェアをしようと思ったが、単純に鍵がかかっていて入れなかった。


 そりゃそうか。入場ができるからって、おれは単純な一般客の権限しかもっていない。職員専用の部屋に入れる訳がない。


「ああああああ、れ、い……や……」

「しっかりしろクジラコッ! 無理に喋らなくて良いから。ああもう、こうなったらお宝を探すしかねえッ!」


 クジラコの調子も最悪だ。電力が供給されているとはいえ、彼女自身が危う過ぎる。話を聞いた限り、今こうして話せているのが奇跡に近いくらいだ。

 急がなければ、今度こそ彼女が永遠に失われるかもしれない。のんびりしている時間はない。


「良し、エレベーターは無事だな。どうせこういうのは、最上階の展望フロアとかにあるんだろ」


 アタリをつけたおれは、上のボタンを押してエレベーターを呼んだ。チンっという音と共にやって来た中に乗り込み、最上階のボタンを押す。扉が閉まった後に、エレベーターが勢いよく上り始めた。

 外の景色を眺めることができる、ガラス張りのエレベーター。まだ痛む脇腹に顔をしかめつつも、クジラコを抱いたまま窓の外を眺めてみる。廃墟になった区画と無事な区画が、見事に分かれている街の景色があった。


「いつつつ……まさかこんなことになるなんてなぁ。セカイノクジラはあらゆる状況を想定してるって噂もあったけど、結局はただのAIってだけか」


 世界の空を泳ぎ、管理運営をしているセカイノクジラ。常人では理解できないスーパービッグデータとも呼ぶべき情報量でもって、まるで生きている人間であるかのように振る舞っているAI。

 演算能力、検索能力、計算能力、処理能力。どれもこれもが人間の遥か上を行く、ある種の化け物。そんなAIでも、こんなことになる状況は見抜けなかったということか。


「にしても、綺麗に壊れてない部分の境目が見えるな。まさか街の破壊まで計算ずくだった訳じゃ……」


 その時、おれの背中に悪寒が走った。今までの出来事が、今のこの状況が。個別の点を順番に線として結び付けていくことで、一つの事実が描き出されたような気がする。

 まるでこれを事前に予測されていたかのようなタイミングで設置された、街の避難シェルター。捕らえられ、改造されたクジラコ。そんな彼女を直さずに、そのまま一緒に居て欲しいと言われたこと。


 反クジラ派からの接触と、助けに来なかったコバンザメ。放たれたケリュケイオンの杖と、報復に行われた街中へのテロ。鎮圧の為にようやくやってきたコバンザメと、クジラコの暴走。

 再度ケリュケイオンの杖が撃ち込まれた結果、廃墟と無事な建物が綺麗に分けられた街。前に動画を見ていた際に感じた、建物保険広告の多さ。


「……全部、計算通りだったとしたら?」


 おれは急いで首を振った。そんな馬鹿な話があるか。ここまでの出来事の全てがセカイノクジラの計算通りだったなんてことが。いや。おそらくは無数のパターンを想定し、状況に応じて再計算し、道筋を見通していったのだろうが。

 どちらにせよ、あり得ないことだ。釈迦と違って、セカイノクジラには掌なんかない筈だ。全部が全部、AIが想定した掌の中だったなんてことがある筈がない。


「っと、着いたか」


 考え事にふけっていたら、いつの間にか到着の鐘が鳴った。チンっという甲高い音と共に、扉が開いていく。おれは軽く頭を振って湧いた疑念を振り払うと、一歩を踏み出した。何よりもまず、クジラコの方が先だ。

 足を踏み入れたそこは、ドーナツ型の展望台だった。周囲三百六十度がガラス張りであり、何処からでも街を一望できる。ただ一か所、管理用と思われる更に高い場所へ向かうエレベーターの部分を除いて。


「あった、お宝だッ!」


 クジラコを抱いたまま歩き回っていると、おれは宝箱の立体映像を見つけた。視界共有アイシェアは相変わらずブレていたが、おれは迷わずにタッチした。


『ぐああああッ!? な、なんだと、このフック船長のお宝が全て奪われるなんて……クソッ! ピーター・パンめッ! 今回は負けを認めてやるッ! だが覚えておけ、俺はずっと、お前のことを忘れないからなァッ!!!』


 触れると共に宝箱が開いた。フック船長の捨て台詞と悔しがる顔と共に、ゲームクリアの文字が表示される。

 途切れ途切れではあったが華やかなコングラチュレーションの文字を見た時には、終わったと実感できて身体の力が抜けるのを感じた。


『これより、セカイノクジラ内にてクリアの式典が行われます。まずは手に入れられました黄金の鍵を持って、管理エレベーターで上までお越しください』

「よし、行くぞクジラコ。まだ大丈夫か?」

「う、ん」


 再度クジラコを抱き上げたおれは、手のひらに表示されている完成された黄金の鍵で持ってエレベーターのボタンに触れた。すると電源が入り、エレベーターの扉が音を立てて開く。二人して乗り込むと、更なる高みへと連れていかれた。

 着いた先は展望台の上、屋外だった。奇しくもそこは、一番最初にクジラコに連れてこられたあの場所だった。少し前のことなのに、酷く懐かしい感じがする。


 そんな場所に今、小さいクジラ型の機体が停まっていた。多分、セカイノクジラと同じ、反重力装置付きの乗り物。やがてその乗り物から、音声が発せられる。


『こちらの子クジラに乗って、セカイノクジラへとお連れいたします。ネバーランドゲーム、お疲れ様でした。最終確認の為に、お手数おかけしますが……』


 次に言われた言葉を、おれは理解したくなかった。


『お送りしました一時キーティンカー・ベルの認証をさせていただきます。つきましては、一時キーティンカー・ベルを子クジラにお入れください』

「へ?」


 間抜けな声を上げると同時に、子クジラと呼ばれた機体の口が開いた。中には空洞があり、そこにクジラコを入れろと促されていることが良く理解できる。

 その瞬間。おれはピーター・パンのゲームクリアにはティンカー・ベルが最後の鍵となるという、説明文を思い出していた。ネバーランドゲームに当選した、あの日の夜のことも。


 セカイノクジラからメッセージが届き、一時キーを使って共有シェアした時。あの後、一時キーはどうなったのか。


「ま、待ってくれッ!」

『はい、ご質問をどうぞ』

「クジラコを一時キーに使うってことは、その後クジラコはどうなるんだよッ!?」

『システム運用上、一時キーは使用後に削除いたします』

「ッ!?」


 削除、される。それはつまり、このクジラコが失われるということ。


「ふ、ふざ……」

「わたしをつかって、レイヤ」


 声を上げようと息を吸い込んだ時。おれより先に口を開いた奴がいた。クジラコだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る