第五話② 6日目②


「生きて、たのか……おっ、お前、その顔ッ!?」

「勝手に殺さないで欲しいにゃー。ケリュケイオンの杖を撃ちこまれたのは二度目だけどにゃー……ま、お陰で顔の半分は焼けちまったけど」


 おれの言葉に軽い調子で答えつつも、最後には低い声でそう唸ったシンリュー。顔の半分を覆っている包帯の合間から、何か分からない機械の部品が垣間見える。

 そんなおれに構わず。シンリューは肩に担いでいたレーザー銃を、こちらへと真っすぐ向けた。


「アジトを潰されて、仲間を殺されて、はいさようなら……じゃ割に合わないんだにゃー。そこのティンクだけは、貰っていかないとにゃァッ!」

「っ! 群体型無線制御兵器ホエールコロニーっ!」

「ぐあッ!?」


 彼が吠えると同時に、一斉射撃が行われた。数多のレーザー光線がこちらに襲い掛かり、クジラコは自身のワンピースを分解して破片で壁を作る。

 惜しくも、その全てを受け止め切ることはできなかった。一部のレーザー光線が隙間からこちらに襲い掛かり、おれの脇腹をかすめる。一気に焼けるような痛みが走り、顔が歪んだ。


「レイヤ様、こちらですっ!」


 クジラコがおれを抱えると、窓へと跳んだ。破片の一つでガラスをぶち破り、ガラスとスカートの破片が舞う中へと飛び出す。

 見ると、そこは建物五階だった。普通に飛び降りたら、タダでは済まないであろう高さ。クジラコがいなければ、落下ダメージでお陀仏だ。


「あぐっ!?」

「く、クジラコッ!?」


 突然、空中でクジラコが悲鳴を上げた。彼女の背中で爆発が起こり、のけ反った彼女のお腹がおれに押し付けられる。態勢を崩したそのまま落下していき、おれの顔が青ざめる。先ほど思った落下でのお陀仏が、現実味を帯びてきたからだ。


「レイヤ、だけはっ!」


 落下し、地面が近づいてきた時。クジラコが身をよじった。衝突の直前、おれと地面の間に彼女の身体が入ってくる。

 おれ達は間もなく激突した。顔が彼女の胸にめり込むような形になり、抱きしめてくれた彼女の柔らかい感触に包まれる。お陰で衝撃こそあったが、あまりダメージがなかった。


 他の身体の部位も無事だ。落下の余韻こそあったものの、程なくして起き上がる。


「お怪我はありませんか?」

「お、お前、さっき」


 おれはすぐに彼女に尋ねたかった。先ほどの落下の際に一度、おれ名を呼んでくれたことについて。削除された筈の彼女が、呼んでくれたような気がして。


群体型無線制御兵器ホエールコロニーっ!」

「うわッ!?」


 のんびりとやり取りしている余裕はなかった。クジラコが破片を呼ぶと、すぐにおれ達の頭上を覆い隠してくれる。すぐにその破片の向こうから、レーザー光線の爆発音が聞こえてきた。


「レイヤ様をシェルターへ。失礼します」


 すぐに立ち上がったクジラコ。落ちた麦わら帽子を拾い上げると、おれを横抱きで抱えて迷いなく走り出した。上からの攻撃で道路の各所に穴が空き、めくれあがっていく。一部では、地下に広がるネットワーク配線がむき出しになっていた。

 今は問題なく動いている彼女だが、大丈夫なのか。落下中、背中にレーザー光線を受けたかのように見えたが。


「くっ……内部エラー、内部エラー。未知のプログラムが作動中です」

「クジラコッ!?」


 おれの懸念は、すぐに当たることになる。走っているクジラコの口が、定型のエラーを吐き出し始めたからだ。

 未知のプログラム、まさかさっき空中で撃たれたのはただのレーザー光線じゃなくて、ウイルスプログラム入りの電脳光線だったってのか?


 破片が上部からのレーザー光線を防いでくれる中、彼女は最寄りの避難シェルターの入り口を目指して走り続ける。


「無理するなクジラコッ! おれなら走れるから」

「承知できません。エラーエラー。レイヤ様が走るよりも、わたしが運んだ方が早い深刻なエラーが発生しました。人格プログラムに異常発生……もう少し、だからっ!」

「ッ!?」

「着いた。認証開始、遊戯進行及び生活補助型機械人形ティンカー・ベル試作機タイプゼロ、クジラコ。緊急事態により、最上級特権にて避難シェルターを開放」

「お、おいッ!?」


 おれ達がたどり着いたのは、ビルの一角にあった避難シェルターだった。建築の際に備え付けが義務付けられている、街の避難場所の一つ。認証を終えて開き始めた金属製の扉の隙間へと、クジラコはおれを投げ入れた。


「いったッ」

「ここなら大丈夫。レイヤは隠れてて」

「く、クジラコッ! お前、記憶が?」


 ぶつけた尻が痛かったが、おれはそんなことどうでも良かった。何故なら目の前にいる彼女が、あの時と同じだったから。


「まだ、わたしが残ってた。ウイルスプログラムが他の機能を抑えててくれて、出てこられた。この麦わら帽子を、見られて良かった」

「クジラコッ! クジラコッ! お、おれ」


 同じだ。おれの知っているクジラコと、全く同じだ。あの彼女が、おれの元に帰ってきてくれた。嬉しさのあまりにどもってしまい、上手く言葉が紡げない。そんなおれに対して、彼女は続ける。


「わたしはレイヤが好き」

「ッ!?」


 次に放たれた言葉に、おれは息を呑むことしかできなかった。


「例えこの感情が偶然だったとしても、わたしは何も変わらない。彼らの狙いはわたし。わたしが彼らを引き付ければ、レイヤは危ない目にあわない。あなたのティンクとして、果たすべき仕事を果たす。大丈夫、安心して」


 言いながら、彼女は避難シェルターの扉を閉め始める。クジラコの無表情の顔が、どんどんと隠れていってしまう。


「もう何処まで保っていられるか分からないけど……最後にあなたに会えて、本当に良かった」

「ま、待て、待ってくれッ!」


 時間もなかった。最後に見えたのは、彼女にあげた麦わら帽子の、端っこだけ。


「――大好き、レイヤ」

「クジラコォォォッ!!!」


 彼女はしっかりと、扉を閉めていった。おれは慌てて彼女の顔を見ようと扉に駆け寄ったが、電子ロックがかかったそれはビクとも動かない。

 共有シェアもできず、この扉を開ける権限も持っていないおれ。有事に備えてあらゆる衝撃を防ごうとするその扉は、あまりにも分厚い。


「おれは、おれはまだ、お前に何も言えてないんだッ! 行かないでくれッ! 話を聞いてくれッ!」


 何度も何度も扉を叩く。金属製の扉はビクともしない。ケリュケイオンの杖レベルの兵器が近くに落とされでもしない限り、衝撃すら通さない堅牢なシェルター。そんな技術の結晶に対して、おれはあまりにも無力だった。

 更には、向こう側から聞こえる爆発音が、どんどんと遠くなっていっているのが分かった。彼女がおれを危険の晒さないようにと、遠ざかっている。


 おれの声は、届かない。


「クッソ、諦めて溜まるかよッ!」


 歯を食いしばったおれは、その場から踵を返して走り出した。このビルのシェルターは通路を通った先に一部屋だけ避難場所がある造りになっていた。中には非常用の食料や水。あと、もう一つ。


「あった、固定端末ッ!」


 外部との連絡が取れる固定端末だった。壁に画面が固定され、下には腰くらいまでの高さの直方体の操作面が地面から生えている。

 共有シェアが一般化し、個々人が通信できるようになったとはいえ。有事の際にそれが使えなくなる可能性も十分に考えられている。その際に使用できるのが、この固定端末だ。


 つるつるした操作面に手をおくと、すぐ目の前の壁に画面が表示された。


生体認証共有パーソナルライセンスシェア。スキャン完了。このアカウントは、現在凍結されております』

「ああもう、さっさと解除しとけやセカイノクジラァァァッ! 緊急連絡用モードッ!」


 ネバーランドゲーム状態のまま、未だに凍結が解除されていないおれの個人アカウント。クジラタロウの別アカウントももらった筈なのに、そちらも既に使えなくなっていた。

 悪態がいくらでも湧いてくるが、そんなことをしている暇もない。さっさと緊急連絡用の画面を起動させるが。


「繋がら、ねぇッ! あれか、奴らの妨害電波かッ! 有線接続も……駄目だ、どっかで断線してやがるッ!」


 起動した画面でセカイノクジラに連絡しようとしたが、全く繋がらなかった。頭の中に思い起こされるのは、病院で聞いた警報の内容。加えてここに来るまでに目に映った、めくれ上がった道の様子。

 通信エラーが発生しましたの音声ばかりが流れ、思わずおれは画面を殴りつけた。固い感触が指の骨にまで響き、遅れてじんじんとした痛みが起きる。


「やっと……やっと伝えられると思ったのに」


 殴りつけた態勢のまま、おれは俯いた。声と拳が、勝手に震えている。もう一度食いしばった歯は、開いた唇から歯茎ごとむき出しになっていた。

 いくらでも溢れてくるのは、この状況に対する後に悔やむ思い。


「やっとおれはお前と、自分の気持ちと向き合えると思ったのにッ! 何でこうなるんだよ畜生ァァァッ!!!」


 吠えるような声を上げた直後。強烈な爆発音と共に、衝撃が走った。おれの身体が無理やり吹き飛ばされ、壁へと叩きつけられる。


「ガッハッ!?」


 一体何が起きたのか。全く把握できないうちに後頭部を強かに壁に打ち付けたおれは、そのまま気を失った。

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