第三話④ 5日目③


 そちらも男性と同じく黒い迷彩服姿でガスマスクをしていたが、体格と声からは女性だと分かった。


「女性差別ね、後で覚えておきなさい」

「そこで訴えるとか言わずに自分で実力行使に出ようってあたりが、マジ怖いにゃー」

「お、おいッ! 何処に、向かってるんだよッ!?」


 軽口を叩きながらも走らされていく。走りながら気が付いたが、ここは街の文化会館の地下だった。階段を上って一階から出るのかと思いきや、非常用階段でひたすらに上を目指している。


「各階には、こわーいお兄さん達がいっぱいだからにゃー。ちょっと違うとこからさよならしないとにゃー」


 もう煙がないからとガスマスクを取った、彼らの顔が目に入った。

 肩まであるブロンドの髪の毛を全てまとめて一本の三つ編みにし、金色の瞳で人当たりの良さそうな笑みを浮かべている男性。首くらいまでの長さしかないショートボブの髪の毛は黒く、細く黒い瞳を持って素っ気ない顔をしている女性。


 彼らに連れられたおれとクジラコは、文化会館の屋上へとやってきた。とっくに日が暮れており、月と星空が広がっている。ネバーランドゲームは終わっている時間帯だ。

 そこに停めてあったのは、一台の航空車だった。空を飛べる車で、定額生活費ライフコストサブスクリプションのランクAじゃないと共有シェアできない代物だ。


「さっさと空からおさらばするにゃー。さあさあ、乗って乗って」

「はー、重かった。アンタ、本当に覚えてなさいよ」


 クジラコを後ろに乗せ、隣におれが乗り込む。助手席に乗った女性を確認すると、運転席に乗った男性がエンジンのスイッチを入れた。甲高い起動音が鳴ってライトが点灯し、航空車が空へと浮かび上がる。


「んじゃ、ばいばいだにゃー」

「ちゃんと前見て運転してっ!」


 叱責を受けた男性がアクセルを踏むと、航空車が前へと発進した。

 窓から外を眺めてみれば、文化会館の下にたくさんの黒塗りの車と、あとからあとから集まってくるパトカーの姿が見える。どえらい騒ぎになったみたいだった。


「ハッ! く、クジラコッ!?」

「…………」


 ふと気が付いたおれは、隣で寝転がっているクジラコの様子を見た。先ほどまでエラーを吐いていた彼女は、遂にはエラー音すら発しなくなってしまっている。

 OSが書き換えられた所為なのか、それともおれが放った外部入力式コマンドの所為なのか。心当たりが多すぎて、逆に絞れない有様だ。


「心配しなくても大丈夫だにゃー」


 するとおれの心を見透かしたかのように、運転席の男性が声をかけて来た。


「そのティンクを書き換えたOSは、良く知ってるにゃー。アジトに戻ったら、ちゃんと元に戻すからにゃー」

「えっ?」


 おれは顔を上げた。クジラコの事を知っているのは、おれの他はセカイノクジラしかいなかった筈。なのに今、この男性は事の真相をあっさりと口にしてみせた。

 セカイノクジラがクジラコのことを、他の誰かの共有シェアする筈がない。となると、この事を知っている彼らの正体というのは。


「ま、まさかアンタら、反クジラ派の?」

「あっ、気が付いたかにゃー。だーい正解ーッ! 俺も相棒の彼女も、反クジラ派。セカイノクジラの管理に反対する、反抗勢力の一員だにゃー」

「ッ!?」


 身体を強張らせざるを得なかった。反クジラ派と言えば、セカイノクジラに反対してテロ行為なんかを行っている反社会集団。あのフォトワーニらと同じ、裏社会の暴力集団というイメージしかない。

 以前はこのイーストシティで、都市区画爆破事件と呼ばれる爆破テロを起こしたこともあるし。少し前にも、衛星兵器であるケリュケイオンの杖が放たれたというニュースもあった。そんな扱いを受けている、危険な奴ら。


「そーんな警戒しないで欲しいにゃー。確かに街で生活してる奴らは、俺達のことをテロリストって一括りにする奴が多いけどにゃー」

「一口に反クジラ派って言っても、過激派と穏健派がいるのよ」


 男性の言葉に、女性が補足する。


「反クジラ派にはテロや強奪スパムメールと何でもあり、兎に角セカイノクジラを引きずりおろしたい過激派と」

「いつまでもAIの力に頼ってないで人間として自立しよう、っていう署名や声明。広告活動なんかで地道に人々の意識を変えようとする、穏健派がいるんだにゃー」


 過激派と穏健派。反クジラ派と一まとめにされていた人々の実態は、初耳だった。


「で、でもそんな情報が共有シェアされたことなんて、一度も……」

「まー、セカイノクジラからしたら、俺達を悪者にしておきたいから。いちいち分けたりしてないんだろうけどにゃー」

「信じる信じないは、貴方が決めなさい。あんなAIの言うことばっかり真に受けてたら、どんどん馬鹿になるわよ?」

「相変わらず、言い方がキツイにゃー」

「事実でしょうが」


 言葉の端々からセカイノクジラへの不満が溢れている女性。男性の方が相変わらずと言っていたが、やはり彼らはセカイノクジラに対して何かしらの反感を持っていることはよく分かった。


「おっと、自己紹介が遅れたにゃー。俺はシンリュー。よろしくだにゃー」

「ワタシはアリサ。覚えたければどうぞ」


 航空車が止まり、降下を始めた。完全の降り切った後で彼ら、シンリューさんとアリサさんが自己紹介した。そう言えば、まだ名前すら知らなかった。


「おれはレイヤ。こっちがティンクのクジラコ、です」

「うんうん。レイヤ君、よろしくだにゃー」


 降りたそこは灯りもない場所だったが、街から外れていることは分かった。木々が生い茂る中にぽっかりと空いた草原。その一角に立っている、ログハウスのような建物。


「ようこそ、反クジラ派のアジトへ。歓迎するにゃー」


 シンリューさんに招かれて、おれは動かなくなったクジラコと一緒に、彼らのアジトへと足を踏み入れることになった。

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