第三話③ 5日目②


「商品を守れ、バーダックッ!」

「…………」


 迫りくるクジラコを遮ったのはあの寡黙な男、バーダックだった。何も言わないままにおれの前に立ち、突進してきた彼女を受け止める。金属同士がぶつかり合う、甲高い音が鳴り響いた。


「ハッ! 残念だったねえッ! ウチのバーダックは純製でこそないが、戦闘特化にカスタマイズされてるんだッ!」

「…………」

「くっ!?」


 得意げなクソジジイに呼応するかのように、肩の後ろとかかと付近からブースターを燃え上がらせたバーダック。鷲を想起させるいかつい顔を崩さないままに、クジラコを徐々に押し返していく。彼女の口元が、苦し気に歪んだ。

 大きさ的にはクジラコの方が上だが、馬力が違うのか。バーダックはクジラコを押し返したかと思うと、そのまま飛んで彼女を壁に叩きつけた。


「がっはっ!」

「クジラコッ!?」

「はははっ、戦闘特化には勝てないよねえ。そうら、もう過電圧なんてチャチなもんじゃなくて良いぞ」


 苦しそうに声を漏らしたクジラコ。機械人形オートマタの彼女は血を吐かないが、すぐには立てないみたいだった。

 一度距離を取ったバーダックが、両腕を真っすぐに彼女へと向ける。その腕が変形し、翼のような形になる。その先に現れたのは太い銃身。


「や、やめ」

「やれ、バーダックッ!」


 おれの静止の声は届かないまま、クソジジイに命じられたバーダックはその両腕から短いレーザー光線を乱射した。翼のように広がった部分は、全てがエネルギーマガジンだった。

 青い光線が幾重にも撃ちこまれていき、爆発と粉塵によってクジラコの姿が見えなくなる。彼女の悲鳴は、聞こえなかった。


「ふー、終わったかな。じゃ、さっさと商品を運べ、バーダック。オークションはやり直しだ。セカイノクジラに気が付かれる前に、さっさとやり直すぞ」

「…………」

「う、嘘だろ。クジラコ……い、嫌だ」


 こうこうと上がっている煙の中に、彼女の影は見えない。おれの呟きも、虚空へと消えていく。

 あれだけのレーザー光線を受けて、無事な機械人形オートマタなんている訳がない。煙の向こう側に、無残にも破壊された彼女の姿が思い描かれる。おれは震えが止まらなかった。


「嫌だ、嫌だッ! 返事をしてくれクジラコッ! お前はおれを守るんじゃなかったのかッ!? なあおい、何か言ってくれよォォォッ!!!」

「あーらら。もしかしてレイヤ君、機械人形オートマタに本気になっちゃったクチ? ごめんねー。ウチのバーダックさー、手加減とかできないからさー。それとも君へのお小遣い、慰安用の機械人形オートマタにする?」


 涙が出てきそうなおれに向かって、腹が立つことばかりを並べ立ててくるクソジジイ。この拘束さえなかったら、絶対にぶっ飛ばしていた。

 その間にも、バーダックは両腕を元に戻して、柱ごとおれを抱えた。品物として、何処かに移されるのだろう。


 おれは何もできない。あまりの自分の無力さに、奥歯を噛み締めることしかできなかった。


「……大丈夫だよ、レイヤ」

「はァッ!?」

「ッ!?」


 声が聞こえた。聞きたかった、彼女の声が。素っ頓狂な声を上げたクソジジイの横で、視線を向けたおれの先には。


「あなたはわたしが守る」

「なんだとォォォッ!?」


 拳くらいの大きさの白く四角い破片のようなものを無数に宙に従えている、クジラコの姿があった。身体は特に破損している様子はない。

 よく見ると、彼女は白のロングワンピースから黒のノースリーブインナーにスパッツ姿になっていた。


群体型無線制御兵器ホエールコロニー。わたしのワンピースは、攻防一体。レイヤは返してもらう」

「な、なんだあの装備はッ!? あんなもん、見たことも聞いたこともないぞッ!?」


 狼狽えるクソジジイの声が聞こえないかのように、数多の衣服の破片を宙に従えたクジラコが、再びこちらへと迫ってきた。


「ば、バーダックッ!」

「…………」


 慌てたクソジジイが声を上げる。おれを下ろしたバーダックは再び両腕を変形させ、クジラコに対してレーザー光線を放った。


「効かない」


 青い光が彼女を襲ったが、その全ては白い破片によって防がれる。それどころか、逆に破片から白い光線を撃ち出して、バーダックを襲った。

 レーザー光線の一つが、バーダックの右腕に直撃する。軽い爆発を起こした彼の右腕は溶解して丸い穴が空き、力なく垂れ下がった。


「…………」


 チラリとそれを確認したバーダックは、残った左腕を更に変形させた。指先まで伸ばした彼の左腕の輪郭をなぞるように、青い光が走る。

 その左腕を振るって、垂れ下がった自分の右腕を切り落とした。使えなくなった右腕が床に落ち、切断面が熱を持ったかのように赤く光っている。左腕のあれは、熱エネルギーを循環させた熱線剣レーザーセイバーか。


「何をしているバーダックッ! 早く仕留めろッ!」

「…………」


 持ち主の催促を受けたバーダックが左腕を振るえば、宙に舞っていた四角い破片が次々と溶かし斬られていく。


群体型無線制御兵器ホエールコロニー


 あの左腕は不味いと思ったのか、クジラコは突進を止めて距離を取り、破片からレーザー光線を撃ちこんでいく。

 バーダックは残った左腕を振るって、迫りくる光線を切り払った。逆に今度は、彼が接近戦を仕掛けに行く。


「く、クジラコッ!」

「安心して、レイヤ」


 おれは声を上げた。宙に舞う破片では、熱線剣レーザーセイバーの相手はできない。このままじゃクジラコが、真っ二つにされるのではないか。

 心配が止まらないおれに対して、クジラコから発せられたのは力強い言葉だった。


「わたしも持ってる」

「り、両手両足だとォッ!?」


 彼女の両腕と両足の輪郭に白い光が宿った。バーダックと色こそは違えども、同じ光だ。そんな馬鹿なと言わんばかりのクソジジイの声の中。向かってくるバーダックに対してクジラコも再度、駆けだした。

 二人が接近し、バーダックの左腕とクジラコの左腕が激突し。


「これで終わり」


 空いていた右腕でもって、クジラコがバーダックの腹を横一閃に薙ぎった。上半身と下半身に分けられて体制を崩した彼に対して、彼女は右足で回し蹴りを見舞う。バーダックの首が飛んだ。

 三つに分けられた彼に対して、クジラコは両腕を構えた。


「さよなら」


 両腕に宿った熱線剣レーザーセイバーで、バーダックをみじん切りにした。バラバラになった彼は最早立ち上がってくることはなく、断面が溶けかけたパーツごとに床に落ちていくばかりだった。


「ば、ばばば馬鹿な。か、金をかけた私のバーダックが、こんなあっさり」

「レイヤ。いま助ける」


 腰を抜かしたクソジジイに見向きもしないままに、クジラコがおれの元に近寄ってくる。熱線剣レーザーセイバーで紐を溶かし斬ってくれると、おれは身体の自由を取り戻した。

 群体型無線制御兵器ホエールコロニーと呼ばれていた破片も、徐々に彼女のワンピースに戻っていった。ただバーダックにやられた分は戻ってこなかったので、ノースリーブでミニスカートのワンピースになっていた。


「さってとぉ。ようやく自由になれた訳だし……」


 身体を伸ばしたおれは、指をポキポキと鳴らしながらクソジジイの元へと歩み寄った。


「よくもまあ人を競りなんかにかけてくれたなぁ」

「ひ、ひいッ! や、やめろッ! 私が誰だか分かっているのかッ!? 応援だって呼んでるし、私の一声でお前なんか簡単に……」

「うるせぇんだよ、このクソジジイがッ!」

「ギャフンッ!?」


 小物全開の命乞いをしていたクソジジイを、おれは思いっきり殴りつけた。顎の下から斜め上へと殴り抜いて、気分爽快。やっぱ復讐ってスッキリするから、大事だよな。意味じゃなくて気分の問題よ。


「あっ」

「く、クジラコッ!?」


 これでひと段落かと思ったその時、クジラコがその場に崩れ落ちた。慌てて駆け寄ってみるが、彼女は立ち上がる気配を見せない。


「思考回路に深刻なエラーが出ていま、れ、レイヤ。頭の中でわたしとわたしが、思考回路に深刻なエラーが出ています」

「クジラコッ? クジラコッ!? クソッ、コンソール画面はッ!」


 彼女の手を握って接続コネクトし、視界内にターミナル画面を表示させる。外部入力式コマンドを叩いても反応せず、予測不能なエラーが発生しましたのエラー文ばかりが出てきた。

 再起動をかけようにも電源スイッチはなく、強制シャットダウンも受け付けない。


「無事かフォトワーニのオジキッ!?」

「なッ!?」


 このタイミングで会場の扉が開かれ、黒服の男達が大量に押し寄せてきた。おそらくはクソジジイの言っていた応援か。


「オジキは……気を失っているだけ、無事か。おおっと、殴られた跡があるのう。なあ、そこの兄さん」


 黒いスーツを着て坊主頭のおじさんが、おれ達に敵意の視線を向けている。ヤバい。このおじさん達、本物だ。雰囲気が、一般人のそれじゃない。


「ワシらはオジキをこんなにした輩に用があるんじゃがなぁ。兄さん、何か知らんか?」


 他の黒服らがおれ達の周囲を囲み、一斉にレーザーガンを向けてくる。逃げ場はない。坊主頭のおじさんが、こちらに歩み寄ってくる。強く足音が響き、ビクッと、身体が震えた。


「そんな怖がらんでもええやないか。こっちは話聞きたいだけやからなぁ。それとも何か? 兄さん、心当たりでもあるんか? あああ?」

「えっ、あ、その」


 しどろもどろになるおれ。クジラコがこの調子の今、できることが、思いつかない。セカイノクジラに貰った別アカウントも封鎖されており、外部に通報することすら不可能だ。


「なあ、何かゆーたらどうなんや? えええッ!?」

「ぐあッ!?」


 おじさんが怒鳴り声を上げながらおれの胸倉を掴み上げたその時、スプレーを放出するかのような音が耳に飛び込んできた。顔を上げてみれば、会場の天井や壁に設置された空調設備から、白い煙が吐き出されている。


「んなッ!? テメー、一体何しやがったァァァッ!?」

「い、いや。おれは何も」


 更に勢いを増して吠えたおじさんに対して、おれは何も言えなかった。こっちだって何がなんだか、さっぱり分からないからだ。

 やがて白い煙を吸い込み始めた黒服達が、激しい勢いで咳き込み出す。


「ゲホッ! ゲホッ! な、なんやこれ、催涙ガスかッ!? ギャファッ!?」

「……こっちだにゃー」


 視界のほとんどが白く染まり始め、思わず息を止めたその時。煙の向こうから人影が現れ、声と共に胸倉を掴んでいたおじさんを突き飛ばした。自由になったその途端に手を引かれ、無理やり走り出される。


「あ、アンタはッ!?」

「説明は後だにゃー。とにかく今は、あのおっかない連中から逃げるのが先だにゃー」


 煙が充満した会場から出ると、その姿が見えた。ガスマスクをした、黒い迷彩服姿の人。声の調子とガタイからして多分男性だ。

 握られている手が冷たいことから、この方が機械人形オートマタなんだということが分かった。


機械人形オートマタでも、変なガスを内部回路に入れてぶっ壊れる訳にはいかんからにゃー。あー、面倒だにゃー」

「く、クジラコはッ!?」

「大丈夫だにゃー。倒れてるティンクさんも、俺の相棒が連れてきてくれてるからにゃー」

「なんでワタシが重たい方なのよ」


 足を止めないままに振り返ってみれば、クジラコを背負った誰かが現れた。

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