第四話① 5日目④


 部屋に通されたおれは促されて、木製の椅子に腰かけていた。LEDライトに照らされた明るいログハウスの中は、ほとんどが木造りだった。テーブルも椅子も本棚も、全てが木製。

 アリサさんから差し出されたのは、木のコップに入ったミルクだった。白い水面からは湯気が立っている。熱いのかと気を付けて手に取ったが、木のコップは全く熱くなかった。


「美味しいわよ、飲んでみて」

「ど、どうも」


 反クジラ派の人と聞いて身構えていたが、同じティーポットから注がれたミルクをアリサさんが先に口をつけている。何か入れられるとか、そういうことはなさそうであった。

 実際に口に含んでみれば、ミルク特有の濃厚な甘みが舌の上に広がっていく。思わず、喉を鳴らしながら飲んだ。


「う、美味い」

「でしょ? 無添加無農薬のミルクよ。街で流通してる飼いならされたミルクとは、一味違うわ」


 得意げなアリサさんが、これも食べてみなよ、とトマトを差し出してきた。切ってない、ヘタもそのままのトマト。ガブリと噛みついている彼女を見て、おれも習ってやってみた。

 張りのある外皮を歯で破ってみれば、中にある柔らかい実と汁が口の中に溢れてくる。少しの酸味が程よい甘みを引き立てていて、思わずこぼれそうになった汁まで啜った。


「どう、ウチのトマトは」

「こっちも美味い。トマトって、こんなに美味かったっけ?」

「ありのままのものは美味しいのよ。ま、手間暇かかるのが難点だけどね」

「こっちに運ぶの任せておいて、自分達は呑気にトマトタイムとは。薄情な奴らだにゃー」


 ヘタ以外の部分まで食べ終わった時、クジラコを隣の部屋へと運び終えたシンリューさんがやってきた。

 このログハウスは中央に入口と廊下があって、正面には洗面所とトイレ及びシャワールームが。左右には一部屋ずつ用意されている造りになっている。今おれ達がいるのは、入口から向かって左側の部屋。


 動かなくなったクジラコを運ぼうとしたおれだったが、隣の部屋は安易に入っちゃダメだと言われたので。仕方なくシンリューさんにお願いした。


「さっき運んだのはワタシだし、次はあなたの番よ。男女平等」

「適材適所って言葉、知らんのかにゃー?」

「男女差別の親戚かしら?」

「親戚の集まりには、絶対呼ばないにゃー」

「あの、その。クジラコは、大丈夫なんですか?」


 軽いやり取りをしている彼らに、おれは割って入る。


「心配ないにゃー。今は多分OSが無理やり両立された結果、機能不全に陥ってるだけだと思うからにゃー。ただセカイノクジラに共有シェアされたらたまったもんじゃないから、君は向こうの部屋に入るのは禁止だにゃー」

「それなら良いんですけど。あのクソジジイに共有シェアをぶっ壊された所為で、どの道セカイノクジラには連絡できないし」

「あらそうなの。どれどれ」


 おれの言葉に反応したアリサさんが、おれの手を握ってきた。視界内に違う人の名前が映る。


「アンナ?」

「あら本当ね。共有シェアしようとしたらエラーになったわ。こっちとしては好都合かしら。密告されずに済むもの」

「み、密告なんて。助けてくれた方に対して、おれはそんなこと」

「それは嬉しいにゃー。ま、こっちはテロリスト扱いされてるし、敏感になってるアリサのことも許してやって欲しいにゃー」

「こっちとしては、これくらい自衛して当然なんだけどね。気に障ったんなら謝るわ。あっ、アンナはワタシの共有シェア上の偽名よ。ま、アリサも偽名だけど」

「いえ、別に。あと、その。聞けるなら聞きたいんですけど。クジラコを書き換えたOSって、どういうものなんですか?」


 シンリューさんが正面の席についた時、おずおずとおれは話を切り出した。いち共有シェア管理者として、純粋に興味があった。反クジラ派の人間が考案した、OSの内容について。


「あー、アレね。気になる? もしかしてレイヤ君、プログラム関係の仕事でもしてるのかにゃー?」

「プログラムっていうよりは、ネットワークの管理とかですけど、一応」

「そうなんだにゃー。なら、話は早いかもしれないにゃー」

「ちょっと。そんなこと街の人間に漏らして良いの?」


 普通に返してくれたシンリューさんに対して、アリサさんが語気を強めている。


「別に良いじゃないかにゃー。どーせセカイノクジラにバレたら共有シェアされて、同じ手は二度と使えなくなるし。使い捨てくらいの認識で丁度いいんだにゃー」

「それは、そうだけど」

「んで、あのティンクのクジラコちゃん、だっけ? 彼女に入れられたのは、セカイノクジラに不正アクセスする為の、下地のOSだにゃー」


 話は分かるが何処か納得していないアリサさんに構わず、シンリューさんは口を開いた。


「セカイノクジラ主催のゲームで、セカイノクジラ純製の機械人形オートマタなら。基本プログラム以外に、有事の際にも連絡が取れるような特別な機器を搭載しているに違いないと、そう踏んだ同僚がいたっぽいにゃー。それさえ解析できれば、俺らみたいな反クジラ派でも、セカイノクジラにアクセスできると」

「反クジラ派の人達は、セカイノクジラを壊すのが目的じゃないんですか?」

「そーゆー過激派もいれば、利用したいって過激派もいるってことにゃー。反クジラ派って一口に言っても、一枚岩じゃないからにゃー」


 追加でミルクを持ってきてくれたアリサさんに感謝を伝えつつ、シンリューさんは続ける。


「んで、そいつらは仲間を率いて、ゲーム開始までに参加者の所へ向かっていたティンクの一体を捕獲した。何名か犠牲者は出たけど、先に動力である電気系統を狙ったが為に共有シェアされず、セカイノクジラにも勘付かれなかったんだにゃー」

「そのまま持って帰った彼らはティンクを解体して、発見したのよ。セカイノクジラと共有シェアする為の、特別な受信器を」


 アリサさんが補足する。


「受信器を解体し、中の構造とプログラムを見た。その中に、ウイルスプログラムを仕込んだのよ。ティンクを通して、セカイノクジラにアクセスできるように。それをフルで活用する為に、OSを丸々書き換えてね。これを起動させれば、こちらからセカイノクジラに干渉できる筈だった」

「ところが、話はそれで終わらなかったのにゃー」


 クジラコの共有シェアが壊れていた理由がこれだった。反クジラ派に弄られた結果、使い物にならなくなってしまっていたのだ。

 空になったコップを机に置いた、シンリューさんが話を引き継ぐ。


「一通り作業を終えてティンクを再び起動させた時、彼女が暴走したんだにゃー。動かないように、他のプログラムは全て遮断していた筈なのににゃー。お陰でティンクには逃げられるわ。挙げ句の果てには、セカイノクジラに場所を捕捉されてケリュケイオンの杖まで撃ちこまれるわで、散々だったんだにゃー」

「ず、随分詳しいんですね」


 まるで自分達のことであるかのように話す彼らに、おれは冷たい汗を感じている。彼らのこの口ぶりに、おれは疑惑が芽生えた心地があった。まさか、彼らこそが。


「そりゃ詳しいに決まってるにゃー。反クジラ派は反クジラ派で、独自の共有シェアを持ってるからにゃー」

「しばらくはその話題で持ち切りだったのよ? セカイノクジラ用の特別な受信器の情報は、みんな喉から手が出るくらい欲しいからね」


 おれの疑惑の芽は、あっさりと摘み取られた。彼らの言い分が最もだったからだ。反クジラ派が団結していないとはいえ、情報のやり取りを行わないなんてことはあり得ない。


「んで、反クジラ派の組織は、ネバーランドゲームにおけるティンクを探し出すことにしたんだにゃー。ティンクを捕まえられれば、セカイノクジラへの足掛かりになる、ってにゃー……でも俺達は、違うんだにゃー」


 そこでシンリューさんが身を乗り出してきた。


「ウイルスプログラムを入れられてOSごと書き換えられたティンク。そんなのが来た参加者の人は、困ってるんじゃないかってにゃー。で、俺らは探してたんだにゃー。あのティンク、クジラコちゃんを」

「そ、それって」

「ワタシ達はセカイノクジラが気に入らないだけで、街の人まで恨んでる訳じゃないのよ。迷惑かけた分、直しにいかなきゃってね」


 アリサさんが援護射撃と言わんばかりに、言葉を並べていた。


「ワタシ達とセカイノクジラの戦いに、関係ない人を巻き込んじゃ迷惑でしょ?」

「そういうことだにゃー。戦争なんて、やりたい奴らが勝手にやってりゃ良いからにゃー。だから反クジラ派の一人として、謝らせて欲しいにゃー」


 二人は揃って、おれに頭を下げた。


「俺らの同類が迷惑かけて、本当にごめんなさいだにゃー」

「手間取らせたわね。謝るわ」

「い、いや別に。頭を上げてください」


 いきなり謝罪されるとは思っていなかったおれには、驚きしかなかった。


「クジラコだって直してくれるんですし。それにたまたまそうなっちまっただけだし。何なら二人は、捕まったおれ達のこと助けてくれたし。なら別に、どうこう言うつもりはないので」


 疑問も氷解したし、助けてさえくれた。おれには彼らに文句を言う理由を探す方が、大変だった。


「ありがとだにゃー……にしてもあの機械人形オートマタのこと、大事にしてるのにゃー」

「えっ?」


 頭を上げたシンリューさんから、予想していない言葉が飛んできた。

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