第一話② 2日目②
「先の貴殿の身のこなし。壁を蹴って上に駆けあがる等、あれは一体どういう訓練の結果だッ!? 動きがまるで忍者そのものであったぞッ! もしやレイヤ殿も、忍者を目指すものの同志なのかッ!?」
「い、いや別に。おれは忍者を目指している訳じゃなくてな」
グイグイ来ているヨイチ。なるほど、パルクールの動きが忍者に見えたっつー訳か。おれがそういうスポーツなんだと説明してやったら、彼女の顔が一層輝いていった。
「なんとッ! そのような競技があったとは、初耳でござるッ! 拙者の通っている高校には、かような部活動はなかったが故に」
「まー、流石に学校の部活ではないかもしれんな。怪我だって多いし。おれだって友達の兄貴がやってたから、そこから習い始めたくらいだしな」
「ならばお頼み申し上げるッ!」
いきなりヨイチは、おれに向かって土下座をしてきた。
「レイヤ殿。いや、師匠ッ! 拙者にそのパルクールを教えていただけぬかッ!? 普通に走ったりジャンプしたりするだけでは、どうにも行き詰っておって。やっと光明が見えたのでござるッ! お頼み申す、お頼み申すッ!」
「いや、ちょ、土下座は止めて」
「いいえッ! 了承いただけるまで、土下座は止めないのでござるッ!」
「…………」
女子高生を土下座させたとか、人聞き悪いってレベルじゃねーんですけど。
あとなんか視線を感じる、ティンクからの。クジラコ、お前修理中なんじゃねーの?
「分かった、分かったから顔上げてくれって」
「本当でござるかッ!? ありがとうなのでござるーッ!!!」
「ちょ、おまッ!?」
オッケーを伝えると、勢いよく顔を上げたヨイチ。嬉しさを隠そうともしない表情のまま、おれに向かって抱き着いてきた。
慌てて抱き留めたおれだったが、心臓の鼓動が一気に加速する。
「拙者のことを馬鹿にせず、あまつさえ教えてくださる御仁なんて初めてなのでござるッ! 嬉しいでござる、嬉しいでござるーッ!」
「分かった、嬉しいのも分かったから、一端離れ」
「あんまりレイヤに近づくな」
「「うおわァァァッ!?!?!?」」
そんなおれ達に対して、絶対零度の視線と言葉を投げかけてくる奴がいた。クジラコだった。クジラオと
おれとヨイチは、互いにその場から後ろへと飛び退いていた。
「お前がレイヤに近づくと、わたしの中に酷く処理できない、不快な感情データが発生する。離れて欲しい」
「なッ!? えっ?」
「い、いやお前、
「申し訳ありませんレイヤ。上手くいきませんでした」
クジラオの口から聞こえてきたのは、セカイノクジラの音声だった。
「どうも彼女自身が未知のプログラミング言語によって、OSから書き換えられているみたいなのです」
「は? おい、それって大丈夫なのかよ?」
続けて放たれた言葉に、仰天しか覚えない。しかもコンピュータウイルスとかじゃなく、彼女そのものが変えられてたとか。
「このままではゲームに支障を来たす恐れもあります。至急、彼女以外のティンカー・ベルを向かわせますので……」
「いやだ。レイヤのティンクはわたしだ」
セカイノクジラの言葉を遮ったのは、当の本人のクジラコだった。そのままおれを抱きしめて、周囲を威嚇するようにキツイ視線を送っている。
「レイヤはわたしが守る。他の誰にも渡さない」
「あっ、その。え、えーっと」
急に嫉妬込みの忠誠心出されると、その、なんだ、困る。あと柔らかい二つの感触が頭にあって、なお困る。動悸も激しくなってきていて、心臓に悪い。
「てぃ、ティンクってここまでしてくれるものなのでござるか? クジラオの対応とは、全然違うのでござる」
「いいえ。本来のティンカー・ベルには簡易な人格プログラムしかインストールされておりませんので、クジラオのような対応が普通です。彼女は何者かによって書き換えられたが為に、こうなっているかと推測されます。レイヤ」
「な、なんだよ?」
戸惑うヨイチと話していたセカイノクジラが、急におれを呼んだ。
「クジラコがその調子であり、下手に触ると何が起きるかは分かりません。つきましてはレイヤ。こちらでの解析が終わるまでの間、クジラコと共にゲームを続けていただけませんでしょうか?」
「い、いや、おい。こんな何がどうなってるのかも分からない
『アカウント凍結一部解除。レイヤ、個人通話の方にて失礼します』
すると耳に聞こえていたセカイノクジラの音声が、頭の中に聞こえてきた。聞かれたくない話か。
『今回のクジラコの件は、おそらく反クジラ過激派の仕業と考えられます。この前に攻撃した奴らの残党が、まだ残っています。彼らをおびき出す為に、クジラコを利用したいのです』
話に出てきたのは、セカイノクジラに反対する勢力についてだった。そう言えばこのゲームの連絡を受けたくらいに、ケリュケイオンの杖が放たれたってニュースもあったな。
『ま、マジで? 言ってることは分からんでもないけど』
『彼らの目的は私でしょう。もちろん、レイヤの身に危険が及ばないようにコバンザメを傍に置き、私自らも監視させていただきます』
とんとんと話を投げてくるセカイノクジラに対して、面を食らうおれ。コバンザメとは、セカイノクジラ直属の武装特殊部隊だ。それが身辺警護をしてくれているのなら、心強い。
セカイノクジラ自身が監視してくれるのなら、身の危険は少ないのかもしれないが。それはそれとしてゲームはどうするのか。
おれとしては、反クジラ派との諍いなんざどうでもいい。ネバーランドゲームに勝って、今後働かなくても生きていける権利を得られるかどうかの方が、よっぽど大事だ。
『そ、それは良いけど。ゲームはどうするんだよ? おれだけ
『
『えっ、マジ? おれだけ一つ免除?』
『はい。解析が終わるまでの間で構いませんので、どうかクジラコとゲームを続けていただけないでしょうか。クジラコに何かあり、レイヤに万が一の危険が迫った際、オフラインでも使用可能な
『お、OSが書き換えられてんのに、
『問題ありません。幸いなことに、非常用の秘密回路は無事でしたので。ただ解析前に起動させますと、どんな影響が出るかも分かりません。つきましては、まだ試していないのが現状です』
セカイノクジラからの提案には、おれにもメリットがあった。身の危険はないように取り計らってくれるし、クジラコに何かあっても止められる手立てもくれる。何よりもチェックポイントが一つ減るんだ。
超高性能な万能量子コンピュータのセカイノクジラなら、すぐに解析も終わるだろうし。ちょっとの間、我慢すりゃ良い話だ。
「……分かった。しばらくはクジラコとゲームを続けるよ」
諸々を鑑みて、おれは提案を受け入れることにした。それはもちろん、危険性もないしゲームの難易度が下がったこともあったが。
「レイヤっ!」
「んぎゅあッ!?」
「レイヤがわたしを選んでくれた。嬉しい」
おれを力いっぱい抱きしめてきたクジラコの姿。真摯におれのことを好いてくれているコイツと、まだ離れたくないという気持ちもあった。
別にそれは、好きだとか恋だとかいう話じゃない。ただ自分を好く思ってくれてるのが、気分が軽いってだけだ。誰だって、自分のことを慕ってくれる奴がいれば、口元だって緩んでくるもんだろ? そういうもんだ。
それ以上の他意はない。昨日も今日も助けてくれて、抱きしめてくれて。好きだと明言してくれて。少しだけその気になり始めているとか、そういうことは一切ない。
ないったらない。
「わ、分かったから苦しいッ! 息ができな」
「ごめん」
言うとあっさりと離してくれた。この辺はコイツらしいよな。
「ありがとうございますレイヤ。こちらも進捗があり次第、すぐにご連絡させていただきます。お手数をおかけしますが、よろしくお願いいたします。それでは、良いゲームを」
セカイノクジラがクジラオの中からいなくなった。程なくして、おれが向かうべきチェックポイントの情報とクジラコへの
加えて、おれの
「つーか別アカウント対応ができるんなら、ティンカー・ベルなんてやり方にしなきゃ良かったのに」
「け、結局どういう話になったのでござるか?」
「あ、悪い」
状況が飲み込めないと言った様子のヨイチ。そう言えばセカイノクジラとのやり取りは個人通話だったな。おれは決まった内容を、簡潔に説明した。
「チェックポイントが減ったのは羨ましいでござるが、ティンクがその調子というのは、ちと怖いのう」
「今のところ何もしてこないし、いざという時の
「師匠って結構、楽観的でござるな」
「あんまり近づくなって言った」
「うおおおッ!? も、申し訳ないでござるッ! 拙者は師匠の一弟子であり、決してそのようなつもりではござらんかったッ!」
ヨイチと話すだけで、クジラコが目くじらを立ててくる。こりゃ彼女にパルクールを教えるのは、ゲームが終わってからになるかな。
「で、師匠。結局どこに向かうのでござるか?」
「えーっと、おれの最初の目的地はドクロ岩……さっきの博物館だな」
自分の視界で与えられたチェックポイントを確認すると、ちょうど近くにある所だった。僥倖だ。ちなみにおれのルートは、ドクロ岩(博物館)、妖精の谷(遊園地)、インディアンキャンプ(自然公園)、最後は首吊り人の木(電波塔)という順番らしい。
「おおっ。ちょうど拙者も一つ目のチェックポイントを終えて、次は博物館を目指しておったのだ。ならば師匠。不肖、このヨイチがお供させていただきたく存じますッ!」
ヨイチが片膝をついて頭を下げてくる。うん、そういう仕草はだいぶ堂に入ってる感じあるな。それ以前に鍛錬すること、もっと他にあった気がするけど。
「まあ、うん。おれは良いんだけど」
「じー」
「……この何か言いたそうなティンクが、余計なことしないくらいの距離感で頼む。パルクールは後で教えるから」
「委細承知ッ!」
少し休憩した後、クジラコやヨイチ達と共に博物館へと戻ることにした。
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