第一話③ 2日目③


「まだ多いな、人」

「今朝のことが共有シェアされたんでござろうなあ」


 お昼に入りかけたくらいの頃、おれとヨイチは博物館の前まで戻ってきた。できればほとぼりが冷めるまで隠れていたかったが、ルール上そうもいかない。

 おれ達ピーター・パンはゲーム中、定められた範囲内から一定時間を越えて動かない場合。チクタクと音がした後に立体映像で時計ワニが頭上に現れ、全ての海賊パイレーツに場所が通達されてしまう。要は隠れて動かない穴熊戦法が、禁止されているのだ。


 昼食時であれば人が少ない筈、と見越して来たのだが。無料パンフレットで館内の地図と、そこそこいる海賊パイレーツの群れを交互に見て、二人して嫌な汗をかいている。


「明日に出直すでござるか?」

「いや、結局ゲーム期間中ならいつ来ても同じだ。どっかで危ない橋を渡らんと、多分クリアできん。ちなみにお宝ってどんなのなんだ?」

「こういうのでござる」


 ヨイチが右の掌を上にして開くと、その上に立体映像が出て来た。


「これは、金の延べ棒? なんか立体パズルのピースみたいに見えるけど」

「おそらくはそうでござる。拙者の見立てでは、全部集めると鍵になるんじゃないかと思っておるのだ。何せお宝の近くに、これ見よがしにゴールっぽい扉が設置されておったからの」

「ふむふむ、鍵になるのか」

「じー」

「……あとヨイチ、もうちょい離れて。ウチのティンクの視線が痛い」

「し、承知した」


 ただ顔を寄せて話しているだけだというのに、クジラコの視線がキツイ。基本無表情で半目状態の彼女は、ヨイチと話している時だけ何故かそういう雰囲気を出してくる。

 にしても、最近の機械人形オートマタって、本当に人間に近くなったんだな。そりゃ恋愛する奴も出てくるさ。


「…………」

「ど、どうしたでござるか師匠?」

「あっ、いや。何でもない」


 いかんいかん。自分で考えて、自分で嫌な気持ちになってたわ。今はアイツの、コトワリのことは関係ない。ゲームに集中しんとな。


「それで、どうするのでござるか師匠?」

「……ここは手分けして探すか」


 悩んだが、そんな提案しか思いつかなかった。


「お宝が何処にあるのか分からん以上、海賊パイレーツが多いチェックポイントの周辺を長いことウロチョロしていたくない。危険はあるが、二手に分かれてお宝を探して、見つけたら共有シェア。得るもん得てさっさとトンズラするのが、結果的に一番早いと思う」

「なるほど、承知した……どっちが海賊パイレーツか分からんでござるな」

「言うな」


 ヨイチも納得してくれたので、二手に分かれて博物館へ入ることにした。チーム分けはもちろん、おれとクジラコ。ヨイチとクジラオだ。互いのティンクと離れる訳にはいかん以上、こう分ける以外に選択肢はない。


「んー」

「ねえクジラコ。何で腕を組む必要があるの?」

「恋人に見えれば怪しまれない」

「そっか。その作戦は良いと思うけど、身長差的に親子に見えかねないのが悲しいね畜生ァッ!」


 成人男子としては低身長のおれに対して、クジラコの身長は二メートルくらいある。頭一つ分ところか、上半身一つ分くらい離れている所為で、おれがクジラコに連れられているようにしか見えん。悲しみ。

 接続コネクトの握手はあんなに恥ずかしがっていた癖に、腕組みは平気なのか。コイツの恥ずかしがる場所が分からん。


 嘆いていても始まらんので、おれはクジラコに手を引かれる形で博物館内に入ることになった。頭上にピーター・パンの文字もない今のおれは、一般人と同じに見えている筈だ。視界共有アイシェアの上では。

 まあ視界共有アイシェアを切ってる人間なんて、ほとんどいないからな。多分大丈夫だろ。


「んふふ」

「楽しそうね、クジラコ」

「楽しい。レイヤと二人っきりになれたから」

「そ、そう。ところで、ここはもう室内だし、その帽子は取らないの?」

「やだ。これはレイヤにもらった大事な帽子」

「そーゆー意味じゃなくてね」


 そのままクジラコとしばらく館内を回る中、彼女はずっと麦わら帽子をかぶっていた。

 あげたものを大切にしてくれるのは嬉しいが、それはそれとして室内での帽子は脱ぐのがベターだ。マナー違反って程でもないかもしれんが、気にする人は気にするしな。おれも変装用のサングラスは外してる訳だし。


「あのな。室内での帽子は……」

「ピーター・パンだァァァッ!!!」

「うをわぁぁぁあああああああああああああああああああああッ!!!」


 おれのお小言タイムが始まろうとしていたが、始まらなかった。突如として響き渡った叫び声に、嫌な予感しかしない。

 つーか。


「師匠ォォォッ! お宝見つけたでござるゥゥゥッ! ついでに拙者も見つかったのでござるゥゥゥッ! たァァァすけてェェェッ!!!」


 前方から涙目のまま、頭上にピーター・パンの文字を携えて、真っすぐおれの元へ走ってきているヨイチ。

 おいやめろ、こっち来んな。そんなこと言ってたら。


「おい、もしかしてあの娘が向かってる先にいる奴……見つけたァッ! もう一人のピーター・パンがいたぞーッ!」

「おれまでバレちまったじゃねーか、このスットコドッコイがァァァッ!!!」

「申し訳ないでござるゥゥゥッ!!!」


 ついでと言わんばかりにヨイチの向かう先にいたおれの正体がバレ、頭上にピーター・パンの文字が表示された。大声で文句を言いつつ、おれもヨイチと共に走り出す。


「で、お宝は何処にあったって?」

「一階のティラノサウルスレックスの化石の所でござる。見つけたテンションのあまり、お宝発見でござるって声を上げたら、周りにいた海賊パイレーツが拙者の方を見て……」

「お前が特上の馬鹿だということはよーく分かった」

「やった、上カルビより美味しそうでござるッ!」

「もし捕まったら肉のタタキにしてやるから覚悟しやがれ」


 走りながらお宝の位置を聞いたおれだったが、流石にこの状況下で取りに行く余裕はない。何せ、ここは博物館内だ。袋のネズミになる前に一度外に出て、体制を立て直さなきゃどうにもならん。


「ってヤッベ、もう出入口が封鎖されてるッ!」


 足を止めざるを得なかった。博物館内の入場口には、お待ちしておりましたと言わんばかりに海賊パイレーツが溢れている。

 おれとヨイチの姿を見た瞬間、待ってましたとフック片手に駆け寄ってきた。


「二階に行くぞッ!」

「もう足がパンパンでござるゥゥゥ」

「オメーの所為だろーが、ナマ言ってんじゃねえェェェッ!」


 大人しく捕まる訳にもいかんので、おれ達は進行方向を変えて階段を駆け上がった。幸いにして、二階には海賊パイレーツがそんなにいなかった。


「ど、どうするのでござる? 二階だと、もう逃げられないんじゃ」

「いや、まだだ。非常用階段がある」


 パンフレットに書いてあった地図を思い出して、おれは指を指した。非常用階段から外にさえ出られれば、まだ逃げられる。少なくとも室内よりはマシだ。

 行き先を決めて再度走り出そうとしたその時。


「行くぞッ!」

「あっ、し、師匠待っ……ふぎゃあッ!?」


 ヨイチが盛大にズッコケた。顔面から両手を上に挙げての、見事な転倒。グキリ、と嫌な音まで聞こえてくる。見ると、右の足首が変な方向に曲がっていた。


「にょわァァァッ! 足首を挫いたでござるゥゥゥッ!!!」

「何してんだお前ェェェッ!?」


 床に転がって、涙目のままに悶絶し始めた彼女。もうホント何なのコイツ。映画で言う、面白黒人枠か何かか?


「痛い痛い痛い痛いッ! せ、拙者のことは良いから、師匠は早く逃げるでござるッ!」


 転げ回っていた彼女が、バッと顔を上げた。目に涙を溜め、眉毛をこれでもかとしかめている。多分だけど、挫いた足が死ぬほど痛いんだと思う、絶対に。


「拙者はここまででござるッ! 我が身可愛さに師匠まで脱落させたとあっては、弟子の名折れッ! ここは拙者に任せて、先に行くのでござるッ!」

「それが言いたかっただけじゃねーだろーな?」

「そうとも言う痛い痛い痛い痛い足首ツンツンしないでくれでござるゥゥゥッ!!!」


 とは言え、マジでこのままという訳にはいかない。彼女を背負って逃げることも考えたが、どの道、彼女は負傷による退場扱いとなる。

 ゲーム中の怪我の補填はセカイノクジラがしてくれるだろうし、ここで彼女諸共終わる訳にもいかん。ならば。


「分かった。短い間だったが、世話になったな」

「こちらこそでござるッ! 師匠、必ず拙者にパルクールを教えてくれでござるよッ!」

「怪我が治ったらな、じゃあな」

「バイバイでござるッ!」


 こうしておれはヨイチをその場に置いて、非常階段へと走り出した。


「オラァァァッ!!!」

「あ痛ッ!?」


 後ろから彼女の声がした。走りながら振り返ってみると、彼女の頭上にあったピーターパンの文字にバツ印が付き、更に上に文字が追記されている。捕縛、と。


「やったァァァッ! 俺の手柄だーッ!」


 誰かの喜ぶ声が響く。それと同時に視界共有アイシェアの画面にヨイチの顔が表示され、白黒に変わったかと思うと、捕縛完了の文字がスタンプのように捺された。

 恐らくこれで、全参加者にヨイチが捕まったことが伝わったな。


「ピーター・パン役のヨイチ様、捕縛判定が出ました。これにより、ネバーランドゲームの終了となります。お怪我をされておりますので、応急処置と合わせて救急車をお呼びいたします」

「痛い痛い痛い痛い優しくしてくれでござるァァァッ!?」

「処置完了です。以降は博物館スタッフに引継ぎますので、私はこれにて。お疲れさまでした」


 合わせて、処置を終えたクジラオがうやうやしく一礼をしたかと思うと、さっさと行ってしまったのだ。そうか。ティンクもゲームが終われば、さよならだよな。

 その光景を頭の片隅に置きつつ、おれは非常階段の扉を開けた。走ってきた勢いのままに、おれは非常階段の手すりに飛び乗って振り返る。


「おらァッ!」


 もう一度足に力を込めて、上へと跳んだ。両手を伸ばして上の階の手すりを引っ掴み、腕の力だけで身体全体を持ち上げる。

 上った先の屋上にたどり着いたおれは、止まらなかった。貯水タンクや張り巡らされたパイプの足掛かりにして走って。反対側までたどり着いたおれは、博物館の屋上から跳んだ。

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