第一話① 2日目①


 ネバーランドゲーム二日目。自宅で起きたおれは、目の前にあったクジラコの顔にびっくり仰天した後で、朝ご飯を済ませて外へ出る。

 ゲーム開始までは時間があったので、先に家から最寄りのチェックポイントである市立博物館へと向かっていた。


 山を背にして建っているここはゲーム上、ネバーランドにあるものになぞらえてドクロ岩と名付けられている。まあ確かに、化石とかのドクロはいっぱいあるけどさ。

 バスで向かってたどり着いた後に、ゲームの開始時間となった。博物館内に海賊パイレーツが続々と入っていくのを目にしながら、おれは近くに隠れる。


「あの中に飛び込む勇気は、ちょっとないかなあ」

「勇気がないの? 探すの手伝う」

「いやね、別に失くした訳じゃないんだこれが」

「く、来るなでござるゥゥゥッ!!!」


 すると突然、素っ頓狂な叫び声が聞こえてきた。見ると、全身ピンク色の忍者服に身を包み、口元を黒いマスクで隠した小柄な女の子が、黒いポニーテールを振り乱しながら走っている。吊り気味の緑色の瞳からは、涙が出そうな勢いだ。

 おれよりもちんちくりんっぽい彼女の頭上にはピーター・パンの文字。彼女を追って走っている、無数の海賊パイレーツの姿も。


「おっ、ピーター・パンだな。ラッキー、すぐに見つかるとは。よし、助けに行くぞ。話の前に脱落されたら溜まったもんじゃねーし」

「そう」


 その後を追って、おれも走り出した。クジラコもおれの後ろをついてくる。彼女があんまりやる気じゃなさそうなのが若干気になったが、まあ誤差だ。

 見ると、忍者の女の子は博物館を通り過ぎて曲がり、裏手へと回っていった。あれ、あっちって確か。


「行き止まりでござるゥゥゥッ!?」

「クッソ、間に合うかッ!?」


 再び聞こえた素っ頓狂な声を聞き、予想が的中したことを悟った。そこは博物館の塀と隣のマンションに挟まれた袋小路。舗装された山の断崖絶壁を登れれば話は別だが、普通は厳しいだろう。

 おれは悪態をつきながら、博物館の敷地内を走っていた。噴水の縁を走り、置いてある木製のベンチを前転で跳び越えながら、彼女がいるであろう塀の方へと走っていく。


「よっ、とォッ! おい、こっちだッ!」

「へえ?」


 塀へとたどり着いたおれは、昨日と同じ要領で塀を蹴ってその縁を掴んだ。両手で身体を塀の上へとよじ登ると、向こう側にいた忍者の彼女へと手を伸ばす。


「同じピーター・パンだよッ! 早くしないと、捕まっちまうぞッ!」

「て、天の助けじゃあッ!」


 見ると、ちょうど彼女へ向かって走ってくる海賊パイレーツ達は、まだ到着していないところだった。彼女がジャンプしておれの手を取ったので、そのまま彼女を上へと引き上げる。

 良かった。彼女が背が低いお陰で、おれでも引き上げられそうだ。


「うわぁぁぁッ!」

「にょわァァァッ!」


 と思ったら。彼女が勢いよく上がってきた為に、おれはそのまま後ろへと倒れ込んだ。塀の上で。もちろん、すぐ下に地面はない。

 二人して博物館の敷地内へと、もつれ合ったまま落ちて行く。


「レイヤ、大丈夫?」

「く、クジラコ。助かった」

「ふぎゃッ!?」


 クジラコがおれを受け止めてくれた。赤ちゃんを抱っこするみたいな形で。

 忍者の彼女は、誰にも受け止めてもらえなかった。おいあの娘、顔面から行ってなかったか。


「だ、大丈夫かアンタッ!?」

「問題ありません。この高さなら、お怪我はないでしょう」

「うおッ! だ、誰だッ!?」

「お前が言うなでござるクジラオォォォッ!!!」


 いきなり声をかけられて、おれは飛び上がりそうな心地を覚えた。見ると、すぐ近くに青い髪の毛を七三分けにし、眼鏡をかけ、黒い執事服を着て、白い手袋をしているイケメンがいる。


「向こうのティンクは助けてくれたのに、なんで拙者は助けてくれんのだ、この薄情者ォォォッ!!!」

「ヨイチ様がお怪我をしない可能性が高いと判断した為です。必要以上の手助けはしない、という決まりがあります」

「ムキーッ!」


 やんややんやと文句を言っている彼女。とりあえずは、元気そうで良かった。


「つーかそろそろ逃げないと、不味いな。おれ達の情報は、もう共有シェアされてる可能性高いし」

「わかった、このまま逃げる」

「下ろして、クジラコ。自分で走れるから」

「せ、拙者も連れてってくれ、な? 後生、後生でござるからッ!」

「分かった、分かったから縋りついてくんなァァァッ!」


 クジラコの赤ちゃん抱っこから降りて、おれは走り出そうとする。すると、忍者の女の子、ヨイチちゃんがTシャツを掴んできたので、おれは彼女を連れて逃げた。

 ったく、忙しいゲームだな、おい。



「ハー、ハー、こ、ここまで逃げりゃ大丈夫だろ」

「ぜえ、ぜえ、は、肺が痛いでござる」


 博物館の敷地の外に出て、近くにあった三階建てのテナントビルの屋上まで逃げ込んだおれ達は、盛大な汗をかいていた。ヨイチはマスクを外し、パタパタと手で扇いでいる。

 おれ一人ならばさっさと昇っていけるが、彼女はそうもいかない。結果として先におれが壁面ジャンプで上に行き、後で彼女を引き上げるという手間が発生。おれは二倍疲れていた。


「あっ、申し遅れたでござる。拙者はヨイチ、こっちは拙者のティンクのクジラオ。この度はネバーランドゲームにて、ピーター・パン役を任命され申した。お礼を言いたいでござる。この度は拙者を助けていただき、感謝の極みッ!」

「いや別に、お礼なんか良いさ。おれも頼みたいことがあって助けた訳だしな。おれはレイヤ。こっちがティンクのクジラコ。改めてよろしくな、ヨイチちゃん」


 息が整い、汗も引いてきた頃。互いに自己紹介を済ませた。紹介されたクジラオはペコリと丁寧なお辞儀をしていたが、対してウチのクジラコは何もしなかった。おいこら。


「ちなみにその恰好はなんで?」

「拙者、アニメで見たあの時から、くノ一に憧れておるのだッ! いつか本物になる為に、まずは喋り方と服装から整えようと思ってなッ!」

「あー、君。恰好から入るタイプなんだ。あと何でピンク色なの?」

「可愛いでござろうッ!?」

「うんうん、可愛いねえ」


 気になっていた疑問も解決した。どうも伊達や酔狂で、その姿をしているらしい。うん、趣味趣向は人それぞれだし、とやかくは言わんよ。

 ただその、逃げる際にはめっちゃ目立ちそうだからさ。忍者目指してるなら一度、忍ぶっていう単語を辞書で引いた方が良いとは思う。


「で、レイヤ殿は拙者にお願いしたいことがあったと。なんでござろうか?」

「あー、そうそう。実はさ、おれのティンクが壊れててさ、共有シェアできなくて困ってんだよ。セカイノクジラにクレーム入れたいから、ちょっと頼めないかな?」

「なんとッ! それは一大事じゃな。クジラオ、頼めるか?」

「承知いたしました。少々お待ちください。共有シェア開始、セカイノクジラへ。送信元、遊戯進行及び生活補助型機械人形ティンカー・ベル一号機タイプワン、クジラオ」


 ヨイチに依頼されたクジラオが、事務的な返事と共に共有シェアを開始した。

 にしても、こっちのティンクは、なんか一昔前の機械人形オートマタっぽいな。感情の機微がない感じとか、特に。


共有シェア完了。セカイノクジラよりレイヤ様にお話があります。通話をスピーカーに切り替えますので、どうぞ」

「りょーかい」

「ごきげんよう、レイヤ。セカイノクジラです。この度はクジラコの不調ということで、お手数をおかけして申し訳ありません」


 クジラオの声色が、中性的なトーンへと変わった。セカイノクジラだ。


「ホントだよ。連絡もできなくて、色々と面倒だったし」

「誠に申し訳ございませんでした。クジラコについては、今からクジラオを通して修復させていただきたいと思います。クジラコをクジラオとローカルにて接続コネクトさせてください」

「クジラコー、直してくれるってさー」

「……レイヤは、わたしが他の男と接続コネクトしても、良いの?」

「お前は何を言ってるんだ?」


 クジラコがジトーっとした視線をおれに送ってきている。やっとこさ直るってのに、なんなんだよその目は。

 つーか機械人形オートマタにとっての接続コネクトって、もしかしてそういう意味合いあんの? 要らなくない、その価値観? 生活上において、果てしなく邪魔だろ。


 遂にはレイヤのNTR趣味、とかいう人聞きの悪いことを言い出したので、おれはクジラオに頼んで無理やり接続コネクトさせることにした。こんなことでいちいち時間使ってられるか。


接続コネクト開始。接続コネクトエラー。認証を受け付けません。メンテナンスモードへ移行。最上級マザーパスワードにて強制接続パワーコネクトを開始。エラー、エラー。接続を確立できません。機能変更モードチェンジ、クジラオより視覚スキャン開始。試作機タイプゼロ、クジラコの確認が取れました。これより非常用回路の確認を……」

「んっ、んっ!」

「で、レイヤ殿レイヤ殿ッ!」


 クジラオを通してセカイノクジラがスキャンをかけ、クジラコがまた変な声を出している最中。ヨイチがおれに向かって目を輝かせていた。なんだなんだ。

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