序章中編 1日目①
「ネバーランドゲームの始まりだッ! ピーター・パンなんかに俺のお宝はやらんッ! お前らッ! このフック船長の部下なら、必ずピーター・パンを捕まえてこいッ!」
「「「オオオオオオオッ!!!」」」
晴天の元、真夏の暑い日差しが降り注ぐ中。この街、イーストシティの中心にある電波塔の上空に現れたセカイノクジラが、フック船長に成り切って高らかに宣言する。
同時に、街中にピーター・パンに選ばれたおれ達の画像が表示され、
おれ達ピーター・パンは少数であり、捕まえる側の
向こうもおれらを捕まえたら
「ま。勝つのはおれだけどな」
やる気なのはおれも同じだ。ロクに他のピーター・パンの顔を確認しないまま、
今のおれは
「さて、と。念のためにルールの再確認すっか」
おれは説明された内容を思い返す。期間は今から一週間で、ゲーム時間は各日ごとに午前十時から午後十七時まで。指定時間外に捕まえることはできない。
フィールドはこのイーストシティより少し広いくらい。ピーター・パンはその中で逃げ回らなければならず、フィールド外に出た場合は一定時間以内に戻らないと失格になる。
ピーター・パンは逃げながら、街に複数設置されたチェックポイントを目指す。中には入場料がかかる場所もあるが、ピーター・パンは後述する相棒を、
五つのチェックポイントを回ってお宝を全て手に入れる前に、
ここまでは良い。が、一つ問題がある。
「で。おれのティンクはまだ来ないのか?」
おれは極力不審に見えないように注意しながら、周囲を見渡した。視界内には
しかもおれはピーター・パンであるが為に、
ピーター・パンにはその代替として、
ゲームが始まったにもかかわらず、未だにその姿がない。ピーター・パンの勝利にはティンカー・ベルが最後の鍵となるともあったのに、これはどういうことか。
「まあ、セカイノクジラが主催なんだし。そのうち来るだろ。それよりもそろそろ逃げねえと時計ワニが……」
「あーッ! ピーター・パンだーッ!」
持ち前の能天気さが顔を覗かせたその時、耳に飛び込んできた幼い声にギョッと身体を震わせた。振り向くと、小さな男の子がフックを持っておれの元に走ってきている。
視線を上げてみれば、おれの頭上にピーター・パンの表示が出た。
ヤベ、バレた。なんで? ちゃんと変装してたのに。幼い子の純粋な瞳には、多少の誤魔化しは通用しねーの?
「えーいッ!」
「おわっとォッ!?」
詮無い事を考えていても事態は好転しない。振り抜かれたフックを、おれはバク転によって間一髪で回避した。
危なかった、開始十分で終わりとかいう間抜けな事態にはならなかった。
「ピーター・パンだ、ピーター・パンがいたぞッ!」
おれの情報はすぐに
「さあて、と。久しぶりに走るとしますかァッ!」
おれはその場から走り出した。とはいえ、顔は笑っていた。何せ、合法的に会社休めて、思いっきり走れるのだ。これで気分爽快じゃなくて、なんだってんだよ。
駆け出したおれは、早速公園の方へと向かった。後ろから、結構な数の人が追いかけてきている。
「よっとッ!」
そうそう簡単に捕まってやるかっての。おれは公園の周囲にあった草むらを、軽々と飛び越えてみせた。地面で一回転して足への衝撃を逃すと、勢いを殺さないままに走り続ける。
設置されたシーソーの中央を足掛かりにして跳んだ。空中で一回転して着地し、そのまま公園内を一直線に走り抜ける。反対側にも茂みがあったので、今度は側転飛びで越えた。両手を地面について衝撃を分散させつつ、走り続ける。
「な、なんだアイツ。忍者かッ!?」
後ろから声がする。忍者じゃねーよ、パルクールだよ。フリーランニングとも言うけどね。れっきとしたスポーツの一種で、おれの趣味だ。何でも役に立つ時が来るもんなんだな、やってて良かった。
次に目に映るのは、ビルの合間の裏路地だった。とそこで、おれの足が止まる。
「ヤッベ」
前から大量の参加者がフックを持ってこちらに走ってきていたからだった。クソ、回り込んで来やがったのかよ。
引き返そうかと思って後ろを見れば、そこにも追っ手の姿がある。左右はビルがあり、逃げることはできない。右側のビルには非常階段があったが、当然鍵は閉まっている。挟まれた。
「そう簡単に諦めて、たまるかよッ!」
かと言って、そこで諦める訳にもいかん。おれは左右を見て、小部屋が飛び出ている右側のビルへと走り、跳んだ。
「ハッ! よっ、っとぉッ!」
壁に足を当て、上へと蹴る。浮き上がりながら全力で右手を伸ばして、小部屋の屋根の縁を掴んだ。危な、ミスったら落ちてた。左手も加えて両手で身体を持ち上げて、小部屋の上に登った。
パルクールは走る、跳ぶ以外にも、登るという動作がある。これくらいの壁面なら、へっちゃらよ。練習は大変で、何度も怪我したけども。
おれは小部屋の屋根から更に跳び、近くのらせん状の非常階段の手すりに掴まった。そのまま手すりの上に立って更にジャンプし、上の階へと昇っていく。駆け上がるよりも、多分こっちの方が早い。
五階建てのビルの屋上にたどり着いたおれは止まらないまま、反対側へと向けて走った。屋上にあるパイプや室外機を足掛かりに跳んで一直線に走り、屋上の縁へとたどり着く。
「よし、行ける」
下を見たおれは背を向けるとしゃがみ込み、縁に両手をついた。足、身体の順番に落として、両手で支えてぶら下がる形になる。一度手を離して空中に身を躍らせると、落下が始まる。
「ほい、っとォッ!」
そのままだと五階から落ちることになるが、おれは下の階の手すりに両手で掴まって勢いを殺した。それを繰り返すこと四回、おれは五階建てのビルから飛び降りて、反対側に着地することに成功していた。
周囲を見てみれば、おれを追いかけていた人達がビルの中へと入っていっている。屋上に行ったと思ってるな、あれは。好都合だ。一定時間見つからなかったことで、頭上のピーター・パンの表示も消えている。
「よっし、このまま逃げッ!?」
口元に笑みを浮かべつつ走り出したおれだったが、曲がり角を曲がった時に何か固いものにぶつかった。
サングラスがズレ、尻もちをついたおれが顔を上げてみる。どうやら誰かだったっぽいが、向こうは全然平気そうだった。クソ、これだからチビは嫌なんだよ。
「あっ。ああ、悪い。よそ見して……ん? んんん? お前、まさか」
「いたた。す、すみませ……えっ? お、お前ッ!?」
「
謝ろうと思ったおれは、目を見開いた。再びおれの頭上に、再びピーター・パンの文字が現れる。
また、バレた。肩まで伸ばした茶髪を真ん中で分け、濃い紺色の半袖シャツを黒いズボンに入れ、大きい銀色のバックルを持つ黒いベルトで留めているコイツの名前は、ユースケ。
おれとは対照的な、イケイケタイプ。知り合いだけど友達って程でもない相手。昨日チャットしてきたコトワリの、彼氏だ。
「ラッキーッ!
悪い奴じゃ、決してない。でもおれは、コイツのこのノリが苦手だった。
おれはこいつの頭上にある表示に、目を見開く。こちらに突きつけられたフックと合わせて、血の気が引くのを感じた。
まさか、コイツは。
「ありがとよ、レイヤ。これでコトワリに、賞品をプレゼントしてやれるぜッ!」
ユースケは
マジかよ、もうゲームオーバーとか。逃げ切って、遊んで暮らすのはおれだった筈なのに。こんなあっさり、捕まるのかよ。
しかも、コイツに。コトワリだけじゃ飽き足らず、おれはまたこの
「あっ、あっ」
「んじゃ、ゲームクリアーッ!」
おれは目を閉じた。強く閉じた。終わりの時なんて、見たくなかったから。覚悟も何もないままに身体を強張らせるだけだったが。
「ンゲフッ!?」
次の瞬間、ユースケの変な声が聞こえてきた。一体何か起きたのかと目を開ける。そんなおれの目の前にいたのは。
「わたしはクジラコ。あなただけの
身長が二メートルはあろうかという、長身の女の子だった。着地の際に舞い上がった白いメッシュが入りの青灰色の髪の毛がふわりと降りて、腰までの長さがあることが分かる。
白い肌を持ち、長い前髪の合間からは半分しか開いていない黒い瞳。白いワンピースを着ていて、藍色の靴を履いている。胸は大きく、腰にはくびれがあった。
「――ッ!」
危機的状況下だったから、かもしれないが。目の前に降り立った彼女が、あまりに強烈で、鮮烈で。
出で立ちと言葉も相まって、おれは息をすることすら忘れてしまったかのように感じられた。あまりにも衝撃的だった。
「き、き……君がおれの、ティンカー・ベル?」
「うん、そう」
「た、助かった、けど。いくらなんでも遅すぎない?」
「ごめん」
半目で無表情のまま、めっちゃ素直に謝られた。佇まいからクールな雰囲気の持ち主かと思ったら、意外とそうでもなさそう。
「ひ、人の上で呑気に自己紹介してんじゃねーよッ!」
視界から消えていたユースケの声が、下から聞こえてくる。見ると、潰れたカエルのようなポーズで倒れている彼の姿があった。
クジラコが退き、二人して距離を取る。乗っかかっていた者がいなくなり、ユースケはヨロヨロと立ち上がっていた。
「痛かった? でも
「そーゆー問題じゃねーんだよッ! せっかくもうちょいでレイヤを捕まえられたってのにッ!」
「ごめん」
「ごめんで済むかァァァッ!」
若干天然入ってそうな、このティンク。
苛立ったっぽいユースケが、声を上げながらフックを持ってこちらに襲い掛かってこようとしたが。
「だめ」
クジラコがおれとユースケの間に立ちはだかった。両手を広げて仁王立ちすることで、長身の彼女が一層大きく見える。
「なッ!? て、ティンクが手助けして良いのかよッ!?」
「? 駄目なの?」
こてん、っと首を傾げているクジラコ。いや、こっちが聞きたいんだけど。
「畜生ァッ! こうなりゃ乱戦だッ!
痺れを切らせたユースケが、
ピーター・パンを見つけたということで、全員が嬉々としてフックを掲げ、容赦なく向かってきた。
「ま、不味。こっから走ろうにも、壁も何も……」
「口閉じて、舌噛んじゃう」
「えっ?」
「なんだとォォォッ!?」
数多の
ユースケの素っ頓狂な声が響く中、彼女の身体はおれごと垂直に浮き上がり、三十階はあろうかという近くのビルの屋上の高さまで上がる。嘘やん。
屋上に着地すると再び床を蹴り、隣のビルへと飛び移っていく。おれのパルクールなんか目じゃないくらいの、圧倒的な身体能力。ユースケと同じ
「大丈夫、レイヤ」
二人して空を駆ける中、クジラコはおれの顔を見る。
「あなたはわたしが守るから」
「やだ何このティンク素敵ッ!」
半眼のまま、淡々としたその口調がクール系イケメンのように感じられてしまう。
少女漫画のヒロインみたいに胸を高鳴らせながら、おれはクジラコと共にビルとビルの間を飛び回るのだった。
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