横顔、QOL、告白

 相田が免許合宿から帰ってきた日。

私は相田に乗せられて缶ビールを開けていた。相田は要領だけはいいので、きっちり最短の十四日間で免許を取得して帰ってきた。普段の大学生活も持ち前の要領の良さを発揮すれば二留なんてしなかったのではないか、と私はよく訝しんでいる。一度それを伝えると、当の相田は大学は気乗りしないだとかなんとか言って、屁理屈をこねていた。相田は疲れた素振りも見せず、空に近い状態の冷蔵庫からおつまみを二品も作ってしまった。本当に手際の良い男だ。同時にきっと相田のこういうところに人は惚れるのだろうな、と確信めいたことを思った。

「相田が帰ってきてくれてよかった」

「なんで?」

「私のQOLが上がる」

 馬鹿真面目に言うと、相田は少し嬉しそうにしていた。

 私と相田は缶ビールを片手に適当なことを話した。この男と話す恋愛話は遠慮が要らないのでとても楽で、とても楽しい。酒に酔うと何でもべらべらと話してしまう私は、己の記憶のないうちにアキハや美奈のことを洗い浚い話していたらしい。いつの間にか二人の会話の中で、人物の説明が省けていることに気が付いた時の己を褒めてやりたい。

 相田は本当に酒が強い。これまで一度たりとも酔っているのを見たことがない。今日も缶ビールを三缶開けているのに、顔色ひとつ変わっていなかった。私もそこそこに飲める類ではあったが、相田には敵わない。

「土屋は男と寝ないの?」

「男に触られるの好きじゃないんだよ」

「それはどうして?」

「骨が痛い」

「じゃあお相撲さんは?」

「ごめん嘘言った。男を性的な目で見れないだけ」

 ふーん、と相田は明後日の方を向いた。円を描くように揺らしていた缶ビールを一気に煽って握り潰すと、相田は煙草に火を付けた。今の彼が吸っているのはラッキーストライクという銘柄の煙草だった。出会ってすぐの頃に、好きな煙草を訊かれて馬鹿正直に答えたら、翌週には彼の服にラッキーストライクの匂いが染み付いていた。こうやって相田は気に入った相手を沼に引き摺り込んでいるのだろう。相田は本当に美味しそうに煙草を吸う。吐き出された煙が私の身体を掠める。

「まだアキハって奴と付き合ってんの?」

横顔しか見えなかったけれど、その表情の意味を私は読み取れなかった。相田はソファに寝そべり窓の外を見ていた。

「付き合ってる、って言葉が適切か分からない」

「デートとか行かないの?」

「行かないね。ずっと家に入り浸ってる」

「ははっ、俺と一緒じゃん」

 言われてみればそうかもしれない。気が向いたときだけ家へやって来て、好きなように過ごして帰って行く。一緒の布団で寝て、話したいことを話して、お互いを抱き締め合って眠りにつく。私と相田がしていることは精々そんなものだった。

「俺さ、好きな子出来たかも」

 驚いた弾みで私は缶ビールを床に落とす。

「免許合宿で会った子なんだけど、告白されちゃってさ」

 相田が寝そべったまま腕を伸ばして、床を転がった缶ビールを拾う。開けていなくて良かったと一瞬安堵し、そのすぐ後で相田の発言に狼狽えた。

「告白されるのなんか中学ぶりでビックリしたわ」

「……それ、どうするの」

 相田は身体を起こして、私の方を見据えた。

「多分付き合うんじゃね? だってほら面白そうじゃん」

 女の子と付き合う? あの相田が?

相田の口から飛び出した純粋な言葉が頭の中でループする。あの相田が他人の為に己の自由を制限される関係に身を堕とすなんてことが有り得るのか。そればかりを考えて、私の知らない相田に震えた。

 相田は返事のしない私のことなど気にも留めず、先ほどの缶ビールを開けた。当然泡が零れ出して、床にビールの染みが出来た。相田はただ笑っていた。


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