緊急ストップ 6/6

 僕らが来たのは、畦道の中にポツンとある、小さな小屋だった。

 方角からして、地獄通りを東に進み、学校を通り過ぎて、普段は絶対に来ないような人気のない道。


 人気だけでなく、明かりもないので、道中はスマホを手離せない。


 小屋の中に入れられた蕩坂さんは、バケツの上に座らされている。


「うわぁ……」


 ドン引きであった。

 双子がやっている行為は、ヤクザとか柄の悪いヤンキーがやるソレで、僕のような日陰者は二の腕を抱いて、見守るだけだった。


「なあ。モリオ」


 ケンイチは僕と同じで、二の腕を抱いて、双子を見守っている。


「あれ、……ヤバくね?」


 蕩坂さんの膝には、無理やり本人に書かせたが置いてある。

 首には農作業で使う、頑丈なロープ。

 ロープは輪っかを作り、首に括って、背の高いカンナさんが引っかける場所を探していた。


 アノンさんはナイフをぶらつかせ、膝の上に座っている。


「アンタ達、頭おかしいんじゃないの?」


 蕩坂さんの言っている事は、ごもっともである。

 頭おかしい、この双子。


 カンナさんが軽くビンタをしたり、顎を掴んでグイグイ揺さぶったり、ヤクザのようなやり方で大人しくしたと思ったら、無理やり遺書を書かせるんだから、見てる側からすれば引いてしまう。


「えぇ? 蕩坂さぁん。どうして、死んじゃったんですかぁ?」


 猫撫で声で、超物騒な事を口走るアノンさん。


「お、おい。このままじゃ、本当に殺しちまうぞ」

「というか、言わないようにしてたけど。あの二人って、僕らの知らないところで、人を殺し……」

「や、やめろ。それ以上聞きたくない。ヤンデレとかメンヘラ通り越して、シリアルキラーじゃねえか」


 ああ、そうか。

 ヤンデレの上位互換って、シリアルキラーなんだ。


 この期に及んで、僕は悟りを得てしまった。


「天井のはり。隙間空いてるから使えそうだわ」


 カンナさんが殺害ポイントを見つけてしまった。

 さすがに、見過ごすことができないので、リュックをケンイチに持たせる。


 躊躇いがちに、ケンイチはリュックを受け取り、顔をしかめていた。


「カンナさん。もう、それぐらいで」

「ダメでしょ。なに、言ってんの?」


 アノンさんがどす黒い目を向けて、こっちにキレてきた。


「すぐ終わるって。足バタバタさせて、数分経てば……、まあ、終わりでしょ」


 カンナさんが冷たい目で、蕩坂さんを見下ろす。


「ふぅ……ふぅ……っ、こんなの、……おかしい。アンタら、た、タダじゃ済まないからね」

「アッハハハハッ! ば~っかじゃないのぉ?」


 と、アノンさんが笑い、


「テメェの自業自得だろ。手出しておいて、何で生きていられると思えるんだよぉ?」


 どっちのことだろう。

 リョウマのことか。

 それとも……。


 いや、考えるのは後だ。

 バケツに座ってる状態で、ロープがピンと張ってるのだ。

 これで、座ってる物をずらせば、首が絞まって本当に死んでしまう。


「最後に言いたいことは?」

「死ね」


 最後まで強気な蕩坂さん。


「さようなら」


 と、一言吐き捨てると、カンナさんは本当にバケツを蹴り飛ばし、ロープが首に絞まっていく。


 立てばいいじゃないか。

 そう思うだろう。


 ところが、アノンさんが肩に手を置いて、ぐいぐいと下に押し込むのだ。


「ちょ、ちょちょ、ストップ! ストップ!」


 アノンさんを押して、蕩坂さんを急いで持ち上げる。


「げっほっ、けほっ、……おえっ」

「だ、大丈夫?」

「んなわけ、けほっ、……ないじゃん」


 こうやって、邪魔をすると、今度はカンナさんが凍てついた眼差しで、僕の胸倉を掴んでくるのだ。


「どういうつもりだよ。コラ」

「お、落ち付いてくれよ!」

「お前ら持ち掛けたんだろ!」


 誰も「殺そうぜ」なんて言ってねえよ。


「ねえ、ねえ。モリオく~ん。もしかしてぇ」


 今度はアノンさんがナイフの切っ先で、胸を突いてくる。


「こいつの事好きなんじゃね?」

「違う違う! 絶対に違う!」

「ほんとぉ? 信じられないなぁ」

「マジだって! もぉ、二人ともスイッチ切って! もはや、シリアルキラーだから!」


 双子は、ガチ。

 楽しむ余裕のある二次元とは違う、リアルがここにある。


 二人に詰め寄られ、僕は暗闇の中で両手を突き出した。


「いいかい? 傷つけずに、死なせずに、蕩坂さんにをするんだ」

「できな~い」

「できるよ! 忘れたの? アノンさん!」


 双子は顔を見合わせる。

 事前にどうするかを打ち合わせしておいたのだから、二人は知っているはずだ。


「ここだと、逃げられる」

「じゃあ、ま~た逆戻りして、家に行くわけ? ダル……」

「とりあえず、隙間をその辺のもので塞いで、一番扱いの上手いアノンさんがこの子にればいいよ」


 説得の末、二人は渋々といった様子で、ロープを解く。


「い、いやぁ! 誰かぁ!」


 逃げようとした蕩坂さんは、すぐに胸倉を掴まれ、カンナさんにキツいビンタを2、3発もらい、震えながらうずくまった。


「んじゃ、スマホで照らして。手袋は……」

「リュックのポケットに入ってます」

「あ、そ。は~い。じゃあ、ふれあいコーナーの時間だよぉ」


 蕩坂さんを小屋の中に戻し、今度はロープで手を縛る。

 ケンイチの傍に戻った僕は、こんな事を言われた。


「もう十分にお灸は据えたと思うんだけどよ。この後、さらに地獄に落とすのか?」

「絞殺よりはマシだろ」

「でも、鬼畜だぜぇ」


 文字通り、蕩坂さんにとって、地獄の時間が始まる。

 とても短くて、濃厚な時間だ。


 見てるだけでも、どぎついだろう。

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