屈服 6/6
誰もいない田んぼのど真ん中で、蕩坂さんの悲鳴がこだまする。
「やぁ……ッ! や、やだやだ! なにそれ!」
「えー……、マムシでございます」
「馬鹿じゃないの!? 死ぬでしょ!」
リュックにはケースが入っており、その中に体長40cmくらいのマムシが入っていた。
まあ、結構デカい。
ただし、牙は抜いているし、毒は搾り出してアノンさんが保管済みとのことなので、命の危険はない。
だが、見た目や感触がとてつもない破壊力を持っているので、僕はもちろん、女子ならば最悪と言っていい体験になるだろう。
ニヤニヤと笑ったアノンさんが、手に巻き付けてマムシのピエンちゃんと遊んでいる。
「なあ、モリオ。鬼畜過ぎるよ」
「でもさ。ここで、目的達成しなかったら、マジでこの人デッド・エンドだぜ?」
「くそぉ。やるべくして、やる拷問って事かぁ」
拷問にやらざるを得ない状況なんて、あってたまるかって感じだが、この場合は生憎当てはまってしまう。
カンナさんは、蕩坂さんの服を脱がせていた。
なぜかというと、蛇が一度服の中に入り込むと、取り出すのに苦労するから、ということらしい。
だが、パンツだけは残さねばならず、これは大事な穴に入らないためだという。
「やだぁ! やめてよぉ! どうして、こんな酷いことするの!?」
「蕩坂さん。僕の要求は二つ。リョウマには近寄らないでくれ。それと、君が通ってる不良外国人の溜まり場。ブラックな事をたくさんやってるよね。その証言を君が警察にきちんと言って、悪霊退散してくれ」
「な、何様のつもり?」
「お願いだ。僕だってこんな事したくないんだよ」
カンナさんがスマホを弄り、フラッシュを焚く。
「おぉ、もう、なんか、拉致られた女の子というか。被害者Aというか。悲惨な犯罪現場みたいになってる」
みたい、というか、モロである。
「さあ、ピエンちゃん。お姉ちゃんが遊んでくれるって」
「……やだ」
「あったかいねぇ。よかったねぇ」
「……ッッ!」
お腹に乗せられると、蕩坂さんは一言も発さなくなる。
動いたら、噛まれると思っているのだろう。
歯がカチカチと震え、口は一の字に噤み、目からは大粒の涙がボロボロと溢れていた。
「裸の女の子に。黒い蛇」
ケンイチが二の腕を抱いて、少しだけ興奮していた。
まあ、噛まれても死なない、ってネタばらししてるから、素直に見たままの画に感慨深さを覚えているに違いない。
アノンさんは、無理やり蕩坂さんの手の平を開けさせ、ダブルピースをさせる。
怯えた顔で、ダブルピースってかなり新鮮だった。
「う、……んぐ……ん……っ」
腹を這い、顎元に移るピエンちゃん。
普通のマムシと違って、人に慣れているみたいだ。
本当は凶暴で、見付けたら絶対に近づいてはいけないのだが、鼻の穴を舌先でチロチロしている様は、人に懐く子犬のようである。
「これ、プリントして校内中に貼ってやるよ。あと、町の掲示板とか、民家にもばら撒いてやるからな」
カンナさん、キレるとヤクザだよ。
「とりあえず、要求さえ呑んでくれたら、はい。そんなことしないので」
「モリオぉ。やってること残酷すぎるよぉ」
「仕方ないだろ! やりたくねえよ、こんなことよぉ!」
予定では蛇を「うり~っ」ってやって、泣かせてから、「わかったね」と、分からせをするつもりだった。
ここまでひどくはなかった。
何分、双子がガチなので、蕩坂さんはヤクザに拉致された女子高生のように、ブルブル震えて、さっきまでの威勢がなくなっていた。
「分かったか、って」
股間を踵で踏みつけ、グリグリと体重を移していく。
「ん……っ」
「なに、こいつ。もしかしてぇ。感じてのぉ? キャッハハハ、きっしょ!」
髪を掴んで揺らすと、ピエンちゃんは顎の下に這いまわり、ジッとする。
「アンタさぁ。言いたい事があんなら、私に直接言いに来なよ。ねえ」
言えねえだろ。
こんな事する奴らに、どう面と向かって話に行けっていうんだよ。
言いたいことが山ほど出てくる。
「無視?」
涙目でアノンさんに視線を送るが、本人からすれば身動きできないので、喋れないのだ。
そこにやり過ぎってくらいに、追い討ちを掛けるスタイルが、この双子。
耳元でこんな事を言うのだ。
「アンタの汚いアソコに、可愛いピエンちゃん入れてあげよっか?」
「……ひっ」
「ぜ~ったい、気持ちいいよぉ? キャッハッハッハ!」
悪魔だよ。
もう、非道だよ。
正気の沙汰じゃねえよ。
僕とケンイチは、下の方は見ないようにして、顔だけを注視した。
「へえ。結構、綺麗にしてんだ」
パシャ、パシャ、と写真を撮り始める。
「ほ~ら、ピエンちゃん。新しいお家だよぉ」
と、アノンさんがピエンちゃんの首を押さえ、持ち上げる。
そこを見計らって、やっと蕩坂さんは口を開いた。
「わか、ったから」
「はい?」
「リョウマには、手出さない。別れる」
「それだけぇ?」
「警察に、ちゃんと言う。パパ活も、やめる」
さっきの生意気な態度とは一変して、とても素直になっていた。
ていうか、蛇だけで良かったんだよ。
誰が、マインドブレイクをしろって打ち合わせしたんだよ。
涙を流し、声を必死に搾り出す。
「あ」
せっかく話したのに、アノンさんが一声だけ発する。
僕は嫌な予感がして、思わず股間の方を見た。
「げっ」
僕まで、声を上げてしまった。
「……え?」
ピエンちゃんは、股の間にスルスルと入っていく。
狭くて、程よい温度の空間を見つけたのだろう。
股の間に消えていく尻尾。
「ちょ、ダメダメ! なにやってんのぉ!」
咄嗟に尻尾を掴んだ。
独特のぶにっとした感触。
湿っていて、嫌な柔らかさが指に伝わってきた。
「キンモ!」
「は? ウチのピエンちゃんに、何言っちゃってんの?」
「あ、ごめ……」
すると、股下から出てきたピエンちゃんが、【ウ˝ゥ˝】とうなり始める。
「ほら、怒ったぁ」
「キメェ! 蛇って唸るの? ウッソでしょ!?」
しかも、アノンさんではなく、ピンポイントで僕の方に頭を向けているではないか。
尻尾をベチベチと小刻みに降り始め、尚も唸る。
「あぁ、……なんて、醜いんだ」
「やっちゃえ」
一つ、重要な事を話そう。
マムシは、跳ぶぞ。
「うわあああ! きめぇぇぇぇ!」
「いやああああっ!」
こうして、蕩坂さんは陥落し、僕は腕を甘噛みされまくった。
……きっしょ。
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