決死の陰キャ 6/6

 僕とケンイチは神社で待っていた。

 双子は後から遅れてくるらしい。


 予定としては、ちょっと無理やりになるけど、蕩坂さんを泣かして、説得する。そして、蕩坂さんから、例の不良外国人の溜まり場で黒い証拠を教えてもらって、警察に言う。なんて、流れだ。


 上手くいくかは分からない。


 何なら、怖くて、僕らはガタガタ震えてるくらいだ。


「お、おっせぇな」

「18時に来るように言っておいたんだけどね」

「今、何時だ?」

「20時」


 まさかの2時間遅刻。

 そりゃ、「もう二度と近寄るな」と言われたが、リョウマに対してOK出したんなら、来てくれたっていいのに。


「このリュック。もぉ、捨てたいのにぃ」


 今、背負ってるリュック。

 威圧感というか、寒気が半端ない。

 蕩坂さんを追い詰めるなら、これしかないんだ。


 誰も傷つかず、大事にはならないし、跡も残らない。

 陰キャらしい、気持ち悪い方法。


 社の前で棒立ちして、さらに10分近くが経過。


 ケンイチが顔を上げ、前方を指した。


「あれじゃね?」


 石段を誰かが上ってきた。

 暗い道の中で、人影がゆらゆら揺れて、こっちに近づいてくる。


「おっせぇよ」

「でも、何か歩き方変じゃない? ヤンキーっぽいていうか」


 カンナさんか。

 遅れてくると言っていたし、きっとそうだろう。

 一度、リョウマに連絡を取って、何か聞いてないか確認しよう。


 そう思い、スマホを開くと、一件のメッセージがあった。


『商店街で待ってるよん♪』


 僕をブロックしたはずの蕩坂さんだった。

 メッセージがきたのは、ついさっき。

 つまり、2時間放置した後で、この扱いだ。


「も、モリオ」

「蕩坂さん。地獄通りで待ってるって」

「ちげえよ。あれ。あれ!」


 ケンイチが怯えて、前方を指す。

 言われて、僕も見る。


 スマホのライトで照らされ、薄暗い中、こっちに向かって歩いてきたのは、双子の姉妹ではなかった。


 柄の悪い男たちである。


 黒光りする頭のマッチョな黒人。

 タトゥーまみれの白人デブ。

 髭むくじゃらの男。


 5人はいるか。


 多いよ。

 一人頭の戦闘力高すぎるよ。


「さ、催涙スプレー、どこだっけ」

「ケツのポケットだろ」


 僕らは震えた。

 尻のポケットを弄り、小さな容器に入った護身用の道具を取り出す。


 男たちはニヤついていた。


「お、お前らなんか、日本から出てけ!」

「それ、某団体みたいだから! 意味違ってくるよ! 出てってほしいけど!」


 こっちが催涙スプレーを向けたって、奴らは怪物のように歩いてくる。

 話には聞いていたが、想像以上に柄が悪くて、体の芯が冷え切っていた。


 何をどうしたら、こんなろくでもないのが、海外から流れ着くんだろう。

 本気で僕はそう思っているし、本気で迷惑だった。

 四の五の言ったって、追い詰められた状況は変わらない。


「カモン」


 と、黒人のおっさんが言って、ケンイチは「ホワッツ?」と怯え半分で答える。


「アーユー・ファッキン?」


 そして、僕が余計な事を言って、ケンイチに頭を思いっきり叩かれた。


「わあああ! 来た! きた!」


 男たちは一斉に掛かってきた。

 後ろを見ると、茂みでその先は見えず、逃げようにも足が動かない。


「仕方ねえ。やるぞ!」

「うおおおおおおおお!」


 僕は前進して、スプレーを噴射した。


「――ッ!」


 ジワリ、と目が何かに沁みる。


 男たちの間にいる僕らは、闇雲にスプレーを噴射し、鬼退治を実行。

 阿鼻叫喚の地獄絵図だった。

 全員が顔や喉を押さえてうずくまり、僕らはその場に立って、叫んだ。


「イデデデデッッ!」

「ぎゃああああっ! いっで! やばいやばい! 目が痛い! なんで! これ相手にしか効かないアイテムじゃなかったのかよ!」

「霧が……、霧が目に入ったんだ!」


 僕は逞しい背中の上で蹲り、「いっでええええ!」と腹の底から叫んだ。


 しかも、最悪な事に、指には力が入りっぱなしで、ぶんぶん振り回している始末。

 だから、後ろでジタバタと暴れる音はするし、下になった男は「OHHHHッ!」と、砂利を拳で叩いていた。


「ケンイチ! 今の内に逃げるぞ! いっで!」

「ぐああああっ、くそ。どっちだ!」

「分からん! とりあえず、あれだ! 北だ! 北を目指すんだ!」

「だから、どっちだよ!」


 リュックを潰されないよう、僕は苦しむ男たちの間から、手探りで逃げていく。

 ようは離れることができればいいので、声を上げながら前進し続けた。


 僕らが必死に叫ぶ中、声に混じって『バチン』と、どこかで聞いた炸裂音が何度か響いた。


 目を開ける事ができないので、何が起きたか分からない。


「あ、あああ、もうダメだ! 無理だったんだ! 僕らは一生陰キャなんだ!」

「バカヤロウ! 諦めんじゃねえ! 逃げるんだよォ! 戦うんじゃねえ! 逃げるんだ!」


 全力で後ろ向きな僕らは、這いつくばった状態で、前進を続けた。


 だが、進む先で、壁に当たる。

 手で触ってみると、それは足だった。


「あ、ぁ、そんな……」


 まだ、いたのか。

 この太い足。

 間違いない。

 まだ、他にも不良外国人がいたんだ。


 僕は許しを請うために、手探りで脛から太ももを弄り、腰にしがみ付くべく、体をよじ登っていく。


「ご、ごめんなさい! 僕らはぁ! 友達を助けたかっただけなんですぅ!」


 相手の尻にしがみ付き、頭を垂れる。


「――ん、ちょっ」


 甘い声が聞こえた。

 目が見えない分、僕は感触で相手を確かめるしかない。


 鼻先を少し前に出すと、ふにっと柔らかい感触があった。


「……まさか」


 手で触ってみる。

 まるで、盲目の人が点字の本を指の感触で読むが如く、僕は指に触れた生地と細いラインに気が付いた。


「カンナさん!」

「……触んな。今は、……やることあるだろ」


 デレモードのカンナさんだった。

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