泥棒猫への制裁 6/3

「湯加減どう?」

「あ、ちょうど、いいです」

「あ、そ」


 湯船に浸かり、小窓から外を見る。

 夜になると、後藤家の周辺は社会の喧騒から遮断され、静寂の暗闇に包まれる。


 とても静かで、瞑想するには丁度いい。

 田舎は不便だけど、こういう所だけは、都会にはない魅力だと実感できる。


 一息吐いて、横を見ないよう、僕は言った。


「アノンさん」

「……なに?」

「風呂はありがたいんですけど。なんで、一緒に……」


 すぐ横には、裸のアノンさんがいた。

 隠そうとしないあたり、見られ慣れてるというか、抵抗がないのだろう。


「ウチ、金ないから。何度も出入りすると、追い炊きでガス代掛かるんだよね」

「へえ」

「もうちょい、端に寄って」

「あ、はい」


 端に、というが、風呂は正方形の狭い浴槽だった。

 浴槽の端に張りつくと、僕の目の前には、白い小ぶりなお尻が降ってきた。


「う……」


 そのまま、膝の上に座り、僕を背もたれ代わりにしてくる。


「やっべ、メスの匂い半端ない」

「キショいから息しないでね」

「……死にますよ」


 ちなみにカンナさんは、夕飯の買い出しで家にいない。


「姉ちゃんのこと、ちゃんと愛してくれてるじゃん」

「恐縮です」

「前にも言ったけど。姉ちゃんのものは私のもの。私のものは姉ちゃんのものだから。姉妹共有ってことで」


 古代の姉妹婚を現代版に直すと、そうなるのか。


「ウチ、クソオヤジがろくでもなくてさ。母さんのこと孕ませたくせに、日本嫌いなんよ」


 アノンさんは、首筋に張り付いた髪を集め、高い位置でまとめる。

 細い体は白くて、カンナさんに比べると、肉が全然ついていない。


 肩や背筋、腰回りは本当に細くて、乗られても苦しくなかった。


「昔から暴力酷くて、まあ、姉ちゃんと一緒に殺そうとしたこと、何度もあるんだよね」

「そう、なんですか」

「そうよ。トリカブト育ててるの、そのためだもん」


 怖いんだけど、この人。

 マジのやつじゃん。


「小学校の頃は行く場所なかったから、食い物だけ持って、山の中に逃げてたし。中学なってからは、セックス覚えて、男の悦ばせ方知ったし。私だけ彼氏の家に泊ったら、姉ちゃんがヤバいじゃん? だから、付き合う人みんなにお願いしたんだよね。私をもらうなら、姉ちゃんも、って」


 姉妹婚の理由は、家庭内暴力が始まりだったわけだ。


「子供できないように、生理とか、コンドームとか、あと金が入ってくるようになったら、ピルは常用してる。ずっとは無理だから、いい加減私たちの居場所欲しかったわけよ」

「なるほど」


 重い話だけど、ここで聞かないふりをするのは違う気がした。

 僕が直接関わっている人間で、置かれている状況だ。

 黙って、話に耳を傾け、たまに脇の下から見える、小さな胸についた何かを見逃さなかった。


「リョウマくん家、金持ちで良かったんだけどなぁ。あいつ、裏切るから信用できないし、別れて正解だね」


 姉妹は、『ヤンデレ』と『メンヘラ』に分かれている。

 しかし、その二つを結び、根底にあるのは、『居場所』だった。


 ケンイチがよく言う新手のヤンデレ、というが分かった気がする。


「モリオくんは、裏切らないよね」


 首だけで振り返ったアノンさんは、寂しげな目をしていた。

 こんな目をされて、別れましょうと言えるなら、僕は感情を失ったロボットか何かだ。


 僕はカッコつけて、こんな事を言った。


「どんと来い」

「やったぁ! 嬉しい~っ」

「男なら当然ですよ」

「じゃあ、今度からモリオくんの家に長期滞在するけどぉ。よろしくね」


 う、おぉ……。

 そうくるか。


「え、どうしたの?」

「い、いや、……長期滞在か」


 出張じゃないんだから。

 僕が返答に迷っていると、股間に違和感があった。


「まさか、裏切るの?」


 金玉を重点的に撫でられ、嫌な予感がした。

 この人がどういう子か知ってるので、今与えられる快楽を鵜呑みにしたりしない。


「ほら、……親が、さ」

「親? なにそれ?」

「や、わ、分かるでしょ? 家に泊りに来るのは、……いいけど。あんま長居し過ぎると、ほら、説明が……」

「結婚を前提に付き合ってるって言えばいいじゃん。ダメなの?」


 グイグイ来るじゃん。

 入る隙間をピッチリ閉じてくるスタイル。


「理由が欲しいなら、……このままぁ……入れちゃう? くすっ」


 思わず、目を閉じて、息を止めた。

 サラッと、男の欲望を強烈に刺激してくる小悪魔が、目の前にいた。


 目を閉じていても分かる。

 今、アノンさんは座る位置を変えて、向き合う体勢になってる。

 局部には柔肉が当たっていて、僕は頭がどうにかなりそうだった。


「い、入れ……」


 欲望に負ける。

 その時だった。


「……コラァ」


 ドスの効いた低い声で我に返る。

 目を開けると、ドアの隙間から顔を覗かせ、貧乏揺すりをするカンナさんがいた。


「あ、姉ちゃん」

「何してんの?」

「セックスするところだったけど、まだしてないよ」


 ズカズカと入ってくると、カンナさんはアノンさんを引きずり出し、濡れた状態で浴室から出て行く。


「あんっ! ごめんってば!」


 ビンタをしたのだろうか。

 それにしては、肌を打つ音が何度も聞こえる。


 怖くなって、そっと浴室から覗くと、台所の前で尻を叩かれているアノンさんがいた。


「分かったよ! 姉ちゃんが先でいいから! ごめん! イタっ! いったい!」


 白い尻が、段々と赤らんでいく。

 腕力勝負では、姉には勝てない妹だった。

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