修羅場 5/25
3階に辿り着いた僕は、呆然とした。
「なんだ、……これ」
そこには、たくさんの人が倒れていた。
しかも、妙なのは格好だった。
どいつもこいつも、半裸だったり、裸だったり、なぜか脱いでいた。
服を着ていないから、ライトを照らしただけで、負傷が目立った。
脛が前に折れていたり、顔の横に歯が落ちていたり、マグロみたいにビチビチと痙攣してる男までいた。
倒れた男たちを跨いで、教室のある廊下まで歩いていく。
「う、わ。けほっ。粉?」
「ケッホっ、目に入ったらやべえぞ」
廊下には白い粉が撒かれていた。
空気中に漂っているので、僕らは下を向いて、半目になって歩く。
吸い込まないよう、鼻と口を塞ぎ、粉の漂う場所を抜ける。
カタン。
すぐ近くから、音が聞こえた。
「誰かいるね」
「蕩坂さんか?」
僕らが向かったのは、ある教室。
僕らの隣のクラスだった。
「蕩坂さん? いるの?」
扉を開けて、僕が先に入る。続いて、ケンイチが入ってきて、さっそく疑問を口にした。
「外の奴ら、誰だよ。タトゥーとか入れてるし、怖いぞ」
暗闇の中に人影が見えた。
僕はそこをライトで照らし、もう一度名前を呼ぶ。
すると、人影はゆっくりとこちらを向き、ダラリと腕を垂らし、顔を傾けて、鋭い目つきを僕らに向けた。
「……あぁ、モリオく~ん……」
「……アノン……さん。ど、どうして?」
様子が変だった。
目が血走っていて、声のトーンがかなり低い。
僕はこのアノンさんを知っている。
キレた時の顔つきと同じだった。
慌てて、ケンイチを盾にして、僕はアノンさんから距離を取り、ヘイタの腕にしがみ付いた。
「酷いじゃん? 家の中の写真をさ。勝手に撮っておいて。しかも、リョウマとグルなんでしょぉ? へえ。ふ~ん。そっかぁ。モリオくんって、そういう人なんだぁ」
はじめは「落ち着いてくださいよ」と手を突きだしていたケンイチ。
だが、アノンさんの手にナイフが握られているのを見て、あからさまに全身が強張っていた。
いち早く気づいていた僕は、ヘイタの後ろに隠れ、すぐに逃げられるように後ずさる。
「どこ行くんだよ」
真後ろから声が聞こえ、頬に衝撃が走った。
視界が揺れて、耳鳴りが聴覚を支配し、一瞬の内に身動きが取れなくなった。
「い、ってぇ!」
頬を叩かれたらしい。
痺れる頬を押さえて、顔を上げると、ヘイタの後ろにはカンナさんがいた。
「なっ、……な、なんで。どうして!?」
「どうしてだぁ?」
手にはビデオカメラが握られていた。
怒りをぶつけるように、カメラは床に叩きつけられ、破片を残して転がる。
「私の事、ブチ犯すって? はは。お前、見た目より度胸あんじゃん」
「な、何の事ですか? マジで分かんないです!」
何が起きてるのか、さっぱり分からなかった。
一つだけ言えるのは、2人が本気でキレていて、時折見せていた穏やかな空気が嘘のように豹変しているということ。
「
「へ? え? ま、待って、待って! これ、なに!? 分からないって!」
話が噛み合わない。
恐怖のあまり動けなくなった僕の代わりに、ヘイタが両手を突き出して、宥めようとした。
「落ち着いてもらえませんか。ボキらは……」
バチン。と、電気の弾ける音が教室の方から聞こえた。
大きい炸裂音だったので、ヘイタは後ろを振り返り、ギョッとする。
だけど、振り返ってる場合ではなかったのだ。
助走なしで、カンナさんは跳躍した。
高く、高く、跳びはねて、片足がヘイタの胸元に目掛けて、伸びていく。
「ほぐっ!」
無理やり空気を吐き出されていた。
普段は糸目のヘイタだが、圧迫感と激痛、衝撃を味わったことで、見る見るうちに大きく開眼していく。
僕はカンナさんの蹴りの威力を知っている。
あの蹴りは、生身で食らっていいものじゃない。
女だから余裕、なんて調子に乗っていたら、まず痛い目に遭う。
鍛えられた脚力は、そこまで言わせるほどのものだった。
「ん˝ん˝っ! ん˝ん˝ん˝ッッ!」
オデコに皺を刻み、白目を剥くヘイタ。
「ヘイタあああああああああッ!」
僕の声が暗闇に反響していた。
中途半端に開けた教室の扉は、ヘイタの大きな背中でレールから外され、はめ殺しの窓ガラスは後頭部で派手にぶち破っていた。
扉ごと中へ倒れていくヘイタを前に、僕は震えた。
なぜなら、僕が見ていたのは、ヘイタではなかった。
視界の端で友達が吹っ飛ばされる様は見ていたが、同時にとんでもない光景が目に飛び込んできたのだ。
ハイレグだ。
カンナさんは、ライダーキックをする時に思いっきり股を開いていた。
その拍子に食い込んだのだろう。
ムッチリと食い込んだハイレグ。
それを履いた女性を僕は、生まれて初めて見た。
こんなに恐ろしいのに、胸を熱くさせる夢のような光景。
恐怖と性的興奮で、頭がどうにかなりそうだった。
この期に及んで、僕はとてもバカだった。
「あ、……あぁ、嘘。な、なんで」
一つは、なぜ双子がいて、こんな事をするのか、ということ。
もう一つは、ムッチリと食い込んだハイレグをなぜこの瞬間に見せてきたのか、という神への疑問だった。
「姉ちゃん。こいつ、バチッとやったけどいいよね」
教室からは、マスクをつけた妹のアノンさんが、眉間に皺を寄せて出てきた。
「その辺に捨てておこ」
非情に振舞い、僕の友達を冷たい目で見下ろした後、2人は僕の方を見る。
「さ、て」
アノンさんが僕の隣でしゃがみ、にいっと笑う。
首筋にはナイフの冷たい感触。
「てんめぇ。舐めやがって、クソ野郎」
「ひ、ぃ」
「どうすんの? ねえ? 姉ちゃんの事、傷つけたね?」
「ごめんなさい! ごめんなさい!」
髪を引っ張られ、刃を当てる位置を変えられる。
さっきよりも、首の肉に食い込み、スライドさせたら間違いなく僕は死ぬ。
「なに? 輪姦が趣味なの? ん? エッチなら、付き合った後で、いくらでもヤりゃいいじゃん」
「ごめん、なさい。ごめんなさい!」
「そういうのいいから。どうすんだって」
「ど、どうするって?」
「落とし前だよ!」
アノンさんがナイフを持ち上げ、僕の真横に振り下ろす。
「……ぇぁ」
ぽーっとした気分だった。
手の甲が熱くなり、背筋は冷たくなっていく。
ゆっくり、視線を自分の手に向けると、ナイフの切っ先が確かに手の甲へ突き刺さっていた。
「あ、あ、ああああああっ!」
刺しやがった。
冗談抜きで、本当に刺した。
「キャハハハ! 馬鹿みたい、アッハッハ!」
大声で笑うアノンさん。
カンナさんは、僕の顔をただ黙って見下ろしていた。
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