真夜中の物音 5/25

 夜の校舎に着くと、2人はもう来ていた。


「おっせえぞ、モリオ」

「ごめん、ごめん。黒人にアーユーファッキン? とか言われて絡まれてさ。逃げてきたんだよ」


 夜の街は危ない。


 ヘイタとケンイチは、アニメTシャツとジャージ姿で、僕と似たような恰好をしていた。


「緊急って言うから来たけど。蕩坂さんはどこよ?」

「ん~、中で待ってんじゃない?」


 僕はチャットで蕩坂さんにメッセージを送る。


「あれ?」

「んだよ」

な」

「とりあえず、中に入ろうや」

「……うん」


 チャットには『着いたよ』とだけ送っておいた。


 *


 生徒玄関の鍵は、なぜか開いていた。

 たぶん、蕩坂さんは中で待ってるのだろう。


 僕らはふざけ合いながら、特に何の疑問も持たずに中に入る。


 夜の校舎は、とても静かで薄暗かった。

 唯一、窓から差し込む月が闇を透かしていて、周囲の輪郭りんかくが薄く見える。


 スマホのライト機能で照らすことができるので、暗闇は問題じゃない。


「蕩坂さ~ん」

「バカ。先生いたら、どうすんだよ」

「んぅ、しかし、宿直ってウチの学校あったかなぁ」

「警備員はいないよね」


 信じられない事に、これが実在するのだ。


「まあ、クソ田舎だしな」


 やれやれ、と言った風にケンイチが髪を掻き上げ、天井に向かってため息を吐く。


 気取りモードだ。

 ケンイチは山姥やまんばのような自分をカッコいいと思ってる節がある。


「夜の学校は不思議ですな」

「映画とか、アニメ思い出すね。妖魔とか出てきたり」

「てゅふふっ。それ、GS媚神では?」

「む~べ~だよ」


 などと話していると、ケンイチが進む方向とは別の方角を見る。


「ケンイチ?」

「何か聞こえなかったか?」


 人差し指を立ててきたので、僕らは耳を澄ます。


【…………ァァ……ッ、ァッ……】


 人間が声を搾り出すような物音が、どこかから聞こえてきた。

 けれど、僕らは3人いるので、これぐらいではビビらない。


「断末魔の叫び声みたいだな」

「風の音でしょうな」


 僕もそう思う。

 幽霊が用もないのに出てくるとは思わないし、僕は美少女幽霊しか受け付けないのだ。


 のほほん、としているヘイタの胸元が目についたので、僕はそっと手を伸ばす。


 いつもやってる、陰キャ同士の気持ち悪い遊びだ。


「うらぁ!」

「んごぉぉっ!?」


 乳首が弱いヘイタは、ビクリと体を震わせ、少しだけムッとする。


「やめなされ」

「ほらほらぁ。ここがええんのかぁ?」

「やめ、ちょ、お前、抓んなし! てゅふふふっ!」


 乳首を弄りながら、わき腹をくすぐると、ヘイタは顔面中皺だらけになって、小さく抵抗する。


「おぉまぁえ~っ」

「わあ! 怒った!」


 ケンイチは壁に寄りかかり、夜の校舎で佇む自分に酔いしれている。

 僕らは、当初の目的を忘れて、「うりうりっ!」とくすぐり合戦をやって、遊んでいた。


「ん˝ん˝ん˝ん˝っ!」

「ぎゃああ! つえっ、くそ!」

「思い知ったか!? こんの、チビ助がぁ!」


 デブの反撃に備え、両手を前に突き出し、攻撃を防ごうとした。

 その時だった。


 バリンっ。


 ガラスの割れる音が、遠くから聞こえた。


「なんだ、今の?」


 遠く、って言っても同じ校舎の中だろう。

 外から聞こえた物音じゃなかった。


「行ってみようぜ」

「う、うん」


 音の正体を確かめるべく、僕らは暗闇の中を進んでいく。

 音は、上の方から聞こえた。

 たぶん、教室のある方だ。


 階段を上がってる最中は、『ガタン』という激しい物音。

 物音だけじゃない。


「抵抗すんじゃねえよ!」


 なんて、物騒な声が聞こえてきた。

 僕らは幽霊とは別の恐怖に支配され、一段ずつ上がり、上をライトで照らす。


 踊り場を通り過ぎ、2階へ。


「まだ、上から聞こえるな」


 3階の方からだった。

 2階から3階へ階段を上ろうと、片足をあげる。


「ウンッ!」


 と、息の詰まった音を漏らし、何かが落ちてきた。

 ライトで照らすと、それは人だった。


 顔を見るに、同じ学校の人か。


「この人、三年生だぞ」

「だ、大丈夫っすか?」


 鼻は青紫色。

 鼻の穴と口からは血が溢れていて、目はカッと見開いていた。


「なあ。死んでんじゃねえの?」


 ヘイタが恐る恐る首筋に手を当てると、「生きてる」と首を振り、手伝うように言ってくる。

 ケンイチとヘイタは、階段から見知らぬ男子を運ぶと、横にした。

 念のため、後頭部などをライトで照らしていたが、外傷は顔面だけ。


「足から落ちてきたんじゃね?」

「頭じゃなくて良かったな。死んでたぞ」


 2人が倒れている男を見ている間、上からは硬い物を何度も打ち付けるような、激しい物音が聞こえていた。


 僕らが上がるころには、音は消えて、静かになる。

 再び、音の正体を確かめに向かう僕らは、緊張で一言も喋らなくなり、呼吸が乱れ始めていた。

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