フラグ2 5/18

 1時限目がすでに始まっているのに、僕は今屋上にいた。


「あの」

「なに?」

「もう授業始まってますけど」

「ん~、うん。そうね」


 アノンさんはフェンスに寄りかかって、スマホを弄ってる。

 僕は登校してすぐにアノンさんに呼び出しを食らった。

 その時のヘイタとケンイチの表情を一生忘れる事がないだろう。


 なにやってだ、お前。


 そう言いたげな顔をしていた。

 屋上に行くと、カンナさんの姿はなく、僕とアノンさんの二人だけ。


「カンナさんは?」

「保健室で寝てるでしょ。朝弱いから」


 あの人、朝弱いのか。


「ねえ。名前なんだっけ?」

「モリオです」

「モリオくんさぁ」


 スマホから目線を持ち上げ、上目遣いするように、僕を見つめてくる。


「姉ちゃんのこと好きなの?」

「はい?」

「んー、なんとなく」


 好きじゃねえよ!

 馬鹿かお前!


 本当はそう言いたかった。

 だって、明らかに腕力が勝っていて、頭を叩かれただけでよろめく威力を持ってるのだ。

 脚は引き締まっていて、蹴られたら確実に死ねる。


 ていうか、ヤンデレに興味なんかなかった。


 僕の答えは決まっているので、ハッキリと言ってやる。


「好きっスね」

「やっぱりぃ」


 にっと笑い、目尻に皺ができる。

 僕は見えない所で、自分の尻を思いっきり抓った。


「どういう所が好きなの?」


 こうなったら、思いっきり引かれるような事ばかり言ってやる。


「お尻っスね。大きくて、ムチムチしているので。こう、へへ、ムラっと」

「スケベ~」


 ノリいいな、この人。

 全然引く気配ないんだけど。


「他には?」


 ねえよ!

 体だけ好きだわ!


 そんなことを言えるわけもなく、僕は頭に浮かんだ事を適当に喋る。


「普段のツンツンしてる所とか。あと、とか」

「ん~~~~~?」


 僕はボロを出す惑星に生まれたようだ。

 即刻、ボロを出して、ズボン越しにケツを掻き毟った。


 アノンさんはニヤニヤとして、にじり寄ってきた。

 後ろ手を組み、顔を覗き込んでくるところが、本当に小悪魔的だった。


「やっぱ、家にきたんだ」

「……いえ、僕は」

「姉ちゃんのパンツ、欲しかったの?」

「ぐっ、……そんな……こと」


 手でメガホンを作り、小さな声で耳打ちをしてくる。


「姉ちゃんさ……処女なんだよね……」


 甘い色香が漂ってきて、僕は自分の中にいる悪魔のカンナさんが微笑んだような錯覚を起こした。


「処女? カンナさんが?」


 ヤンキーで、荒っぽくて、「やるぞ、オラ!」とかスポーツ感覚でエッチをしてそうなカンナさんが、処女だという。

 そのギャップによる熱は、沸騰しそうな頭から下って、股間に集まっていく。


 ヤンデレって、エッチまでの段階が早いんじゃなかったっけ。

 いや、それは飽くまで、二次元での話。


 もしくは、人によるんだろう。


 前例のないヤンデレタイプだとケンイチは言っていたし、もしかすれば処女ビッチというカテゴリーに属する伝説上の生き物なのかもしれない。


 ハンター魂に火が点き、僕は早速ネットでカンナさんに似ているえっちな女優を検索したくなった。


「モリオくんがその気なら、協力したげるけど。……どする?」


 ヤンキーなんて、クソ食らえ。

 悪女なんて、いらない。

 美人だから全然見れる範疇はんちゅうってだけだ。


 失礼だけど、カンナさん達の普段やってる悪行や性格の悪さはそのままだとして、もしも美人ではなく、ブスの所業であるならば、世界中は確実に業火に見舞われる。


 それぐらい可愛いか否かってのは、重要だ。


 熟考の末、迷った僕が出した答えは、これだ。


「結婚、……できます?」


 血迷って、正規ルートに突入する事だった。


「あは。そこまで考えてんの? んーとね。ちょっと事情があってね」


 胸に指を添えられ、ぐるぐると円を描かれる。

 制服越しに爪でなぞられる感触は、とても妙だった。


「私と姉ちゃんってぇ。双子なんだけどぉ。どっちも認めた人じゃないとぉ、付き合いたくないんだよねぇ」

「ん? というと?」

「んー、姉ちゃんが好きな人って、必ず私もいいな、って思う感じ。逆もそうだし。なんて言うか、一人にセットで付いてくる感じ?」


 姉妹婚じゃねえか。

 まさしく、古代の日本がやってた事じゃねえか。


「というわけで、私もついてくるけど、よい?」


 ポケットに手を突っ込み、僕は青空を見上げる。


「二人まとめて、……オッケ? みたいな?」

「やだぁ。超頼もしい~」


 むぎゅ、と抱き着かれ、僕は意識を失った。

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