フラグ3 5/19

 僕は今、カンナさんと見つめ合っていた。

 昼間の公園で。


 休日だっていうのに、呼び出されて双子の相手をさせられている。

 休日といえば、公園はたくさんいると思われるだろうが、そんな事はない。


 人が1人、2人通るのを見かける程度で、田舎の公園なんて、こんなものだった。


「ほら。言いなよ」

「え、マジですか? 本気?」

「なに、好きじゃないの?」


 ムスッと可愛らしくふて腐れ、アノンさんが頬を膨らませる。

 突っ込み所が多いだろうけど、ミットを持ちながら、告白するという状況になっていた。


 後ろから横に避難したアノンさんは、ガッツポーズを取り、「がんばれ」と背中を応援してくれる。


 う~ん、余計なお世話だ。


 しかし、こうなったら、仕方ない。

 陰キャを舐めないでほしい。

 だてに、女の子と話したことがないので、僕は完全アウトの下ネタ口上でしか、異性と会話ができないのだ。


「カンナさん!」

「うるせえ」


 これだよ。


「セックスを前提に、……付き合ってください! ッシャス!」


 史上最低の告白だった。

 振られる事を想定した告白なんて、こんなものである。


「嫌だよ」


 当たり前だった。

 だけど、アノンさんはペチペチと背中を叩いてきて、「もっと!」と押してくる。


「僕ぅ! カンナさんのハイレグ見たいです!」

「ヤリ目じゃん」

「違います! ヤリたいけど、僕はぁ! カンナさんの、なんか、こう、全部欲しいっすね! お尻が一番好きなんですよぉ! 太ももと、あと、意外と大きいおっぱい!」


 さあ、殺せ。

 もう、殺せ。

 覚悟できてんだよ、こっちは。


「姉ちゃん。ここまで言ってるんだよ? 次のステップに進もうよ!」

「……ん……~……」


 首を左右に捻り、僕を指す。


「こいつの名前知らないんだけど」

「モリオです!」

「いつから、私の事が好きなわけ?」

入学当時から好きでしたマジでヤバい奴と思ってた!」


 口を尖らせ、腕を組み、カンナさんは海の方を見る。

 つま先は立てて、グリグリしているし、どこか落ち着かない様子だった。


「でも、リョウマのこと裏切っちゃうし」


 本当に一途なんだな。

 全然揺らがないじゃん。

 妙な手応えがあるのに、全くブレない。


「リョウマの事は諦めようって。どうせ、脈ないじゃん。で、さ。もし、より戻そうとしてきたらぁ、私が適当に相手して、お金巻き上げるからさぁ。ね?」


 それ、カツアゲじゃん。

 より戻そうとしたら、金取られんのかよ。


「返答として、ホラ」


 バン、バン。と、ミットを叩くアノンさん。

 蹴ろ、ってか。

 吹っ飛ばされるの僕なのに。

 蹴ろ、ってか?


「さ、もう一押し! 付き合ったら何したいの!?」

「カンナさんにぃぃ! 顔の上に座ってほしいですぅぅぅ!」


 普通の女子なら、ガチのドン引きする台詞である。

 ところが、カンナさんはダルそうに首を捻り、走る体勢を取った。


 あ、くる。


 予感した時には、すでにこちらへ走ってくる途中だった。

 1、2の3で、カンナさんは跳びはねた。


「う、わぁ……」


 とんでもない跳躍力だった。

 軽く僕の身長を越したジャンプ力で、片足がミットに目掛けて伸びてくる。


 それが見えた途端、僕は全身に力を込めた。


 ずむぅ、と変な衝突音が鳴る。


「んぐぇぇぇぇっ!」


 胃の物が搾り出される感覚だった。

 ミットを踏みつけた衝撃は、柔らかなクッションを通して、硬い物が僕のみぞおちに容赦なくめり込んでくる。


 目を閉じてしまったのに、体がくの字に曲がったのが分かった。


 一瞬の浮遊感は、きっと体が吹っ飛ばされている最中だからだ。

 直後に、踵が芝生を擦る感触が靴越しに伝わった。


「んっぶ! おえっ、あはがぁ、ん˝ん˝ん˝ん˝っっ!」


 奇声を発し、転がる僕。

 まだ5月の冷たい芝生が、全身を汚していた。


「大丈夫?」


 大丈夫なわけがない。

 これ、ミットがなかったら、本気で死ぬ。

 人が吹っ飛ぶなんて、マンガでしか見たことがなかった。

 まさか、身をもって味わう日がくるなんて、誰が思うだろう。


「姉ちゃん、キックボクシングやってたからぁ。体重重いんだよね」

「痩せてるよ」

「えぇ? 前より、増量したじゃん」

「……筋肉増えただけし」


 お腹を押さえて、僕は聞いた。


「やってた、って。もう、辞めたんスか? おえっ」

「うん。金なくてねぇ」

「あれは、オヤジのせいじゃん」

「まあ、まあ。トレーニングとか、家でやれてるし、いいじゃん」


 まだ、トレーニングやってんのかよ。

 詳しくはないが、ボクサーって体重がメッチャ軽いんじゃなかったっけ。


 体絞るから、痩せていて、皮下脂肪が薄いとか。

 僕はアノンさんに耳打ちして、こんな事を聞いた。


「あの人、体重何キロ?」

「こら」


 怒られた。


「74キロ」

「お、……もッ!」


 その蹴り食らったんかよ!

 こっちは、45キロだぞ、おい。


 体重だけ聞くと、デブに聞こえるだろう。

 見た目は、全くデブじゃないので、素直に驚いた。


 二次元なら、50台とか、いっても60台前半とかなのに。

 あっちは理想を詰め込んでるから、現実とは違うけど。

 リアルじゃ、二次元にいそうな体型でも、それくらいはあるってことか。


「さ、もう一発いくよ!」

「いいですって! 死ぬ! 殺される!」


 逃げようとしたが、後ろから羽交い絞めにされ、ジャイアントスイングをされる羽目になった。

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