甘い尋問 5/17

 どうやって、別れさせようか。

 リョウマをどう守ればいい。

 ハイレグパンツをどこに飾ろう。


 そんな事ばかり考えながら、僕は男子便所で用を足していた。


「まさか、……こんな事になるなんてなぁ」


 警察や先生、親。

 きっと、個人の、解決するのは簡単なのだ。


 だけど、そうしないのは僕らが中途半端で、人の事情に左右される甘さがあるからだろう。


「……っと。まあ、何とかなるか」


 都合よく楽観的に考える事で、気分の落ち込みを防ぐ。

 蛇口から出てくる水で手を洗い、欠伸をかみ殺す。


 鏡に映った自分は、いつも通り冴えない顔をしている。

 その両脇には、女子のおっぱいがある。


「…………――ぅ」


 あるわけがない。

 ここは男子便所だ。


 あるはずのない、女子の胸の膨らみが鏡に映っており、一瞬だけ呼吸が止まる。


「落としたぞ。……オラ」


 後ろから伸びてきた手が、よく見えるように鏡に何かを映す。

 M字開脚をした豊崎のストラップだった。


 声で相手はカンナさんだと気づく。


 なぜ、ストラップを彼女が持っているのだ。

 ストラップは外れないよう、スマホに取りつけているはずだ。


「一昨日さ。ウチに泥棒が入ったんだわ」

「へ、へえ」


 まさか、とカンナさんがストラップを持っている理由に気づく。

 窓から逃げる時、何かが引っかかる感触があった。


 あれはストラップが窓の縁に引っかかていたのだ。


 それを無理に引っ張った結果、ストラップだけが部屋の中に残され、勝利と欲望の余韻に浸っていた僕は気づかずに逃走。


 大方、こんなところだろう。

 カンナさんが肩に腕を回し、アノンさんは入り口の方を一瞥し、僕の股間を握ってくる。


「んー、チンコの感触だけじゃ、分かんないかも」


 と、言いながら、グニグニと揉みしだいてくる。


「大きくなれば分かるんだけどねぇ。ね、ね。早く起たせてよ」


 ムチャを言わないでほしかった。

 すぐ隣には、眉間に皺を寄せたカンナさんが、至近距離でメンチを切っているのだ。


「んで、ウチの場所分かったんだよ」

「し、知らないっス」

「とぼけんなよ。この気持ち悪いの、お前のだろ」

「ち、違います!」

「嘘吐くんじゃねえよ!」


 カンナさんからすれば、軽く頭を叩いた程度なんだろう。

 だが、力負けした僕の頭部は、弾かれたボールのように勢いがついて、鏡に頭突きをする形となった。


「姉ちゃん。額に傷がついたら、面倒よ?」


 アノンさんは前髪を指で分けて、僕の額を確認する。


「ん。大丈夫」


 ちなみに、洗面所の鏡にはヒビが入っていた。


「これがお前のじゃなかったら、誰んだよ?」

「分かりません」

「……あ、そ」


 舌打ちをすると、カンナさんは僕の尻を弄ってきた。

 取り出したのは、スマホ。

 一時的に尻ポケットへ入れていた僕のを手に取ると、ストラップを付けるための小さな穴を指す。


 そこを見ると、目頭が熱くなってきた。


 ストラップの残っていたのだ。


「ご、ぉぉぉ……っ」


 僕のしていたストラップの一部である、という決定的な証拠。

 震えが止まらなかった。


「これ、……なに?」

「はぁ、はぁ、ハァァ……っ」

「聞いてんじゃん。答えろよ」


 万事休す、とはまさにこのこと。


 僕は自分に問いかける。

 本当に諦めて白状していいのか。

 白状したら、地獄の幕開けじゃないか。


 僕は声を搾り出し、双子に言った。


「実は、このストラップってぇ。……外れやすくてぇ、すぐに取れちゃうんですよねぇ」

「で?」

「僕のじゃありません!」


 この期に及んで、苦しい言い訳を続けた。

 アノンさんはニヤニヤして僕を見つめているし、カンナさんは僕の顎を掴んで、無言で威圧してくる。


「そもそもぉ! このストラップはぁ! 紐とストラップの間に、小さな金具が付いてるんですよォ! それぇ! くるくる回るための物ですぅ!」

「……ぷっ、受けるんだけど」

「ネット上じゃ外れやすいクソ仕様って、バカにされてますぅ! だからぁ、つまりぃ!」


 本当の事だ。

 くるくる回る、小さな金具のせいで、本来外れないストラップが重みに耐えきれず、すぐ外れるようになっているのは、周知の事実である。


 だから、この前便所から出てぶつかった際、ストラップは外れて、カンナさんが拾うというイレギュラーな事態が起きた。


 だが、忍び込んだのもまた、事実である。

 そこは伏せる。


「僕のじゃありません! 僕のはぁ、ブルーですぅ! レッドカラーじゃありません!」


 冷や汗が噴き出してきた。

 長い袖で口を押えながら、アノンさんは相変わらずニヤついている。

 でも、ちょっと優しい事に、ハンカチで額を拭いてくれた。


「じゃあさ。お前がやってないとして、ちょっと独り言聞いてくんない?」

「あ、はいっ!」

「……私のパンツ、盗ったろ」

「ぷぅ、ふぅぅぅ……」


 女子からすれば、一番の怒りポイントである。

 だって、僕が盗ったんだもの。


「いや、知らない、……ですね。パンツ、とか、興味ねえし」

「あ?」

「ふう、ふぅ、どんな、パンツ履いてるんですか?」


 普通は聞く訳がないが、この時の僕は正常ではない。

 というのは、すでに自分でも分かっていたが、聞かざるを得なかった。


 何か喋らないと、拳が飛んできそうなので、とにかく口を動かしたのだ。


「姉ちゃんのは、Vの字になったやつ。ハイレグってやつ? えぐいパンツ履いてるからぁ。まあ、他とは違うし、すぐ分かるよねぇ」

「あぁ、ハイレ……、あぁ、いいっすねぇ」

「気持ち悪いんだよ!」


 また頭を叩かれ、鏡に頭突きをする。


「もぉ。可愛そうだよぉ。……くすっ」


 額についたガラスの破片を摘まんで、落としてくれるアノンさん。


「まあ、いいや。明日から、私らんとこに来い」

「え?」

「来なかったら、殺すからな」

「……はい」


 最後に頭を叩かれ、双子は出て行った。

 非常にマズい事になってしまった。

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