マストダイ
情熱と欲望と希望 5/16
昼休み。
誰もいない視聴覚室の中で、僕らはコッソリと集まっていた。
リョウマに、バッテン印のネックレスを奪ったと報告をすると、だいぶ間を空けて『しばらく預かっていてくれないか』と返信がきた。
戦果の報告は終えたので、後は僕の自慢タイムである。
いや、違うな。
陰キャ&同士の
僕は二人の前に、一枚の布切れを広げた。
ちゃんと洗った後だ。
さすがに唾液で濡れた物を披露するつもりはない。
「何てことだ。……神が造りし桃源郷は、……ここにあったか」
ヘイタはわなわなと震え、大粒の涙をこぼす。
「あ、あー……、なん、て、美しいんだ」
ケンイチはいつものニヒル具合がなくなり、まるで子供のような素直な反応を示した。
「これの何が素晴らしいかって。グイグイ食い込むつくりになってるのに、柄がちゃんとあるんだよ」
「はぁ、はぁ、ま、待たれい! いや、待って! 無地もいいじゃん!」
ヘイタのメッキが剥がれ、やっと素が出てきた。
「ああ、もちろんだ。全て良いよ。だが、言いたい事は分かるだろう」
「細く、面積の少ないハイレグにヒョウ柄や蛇の柄が
「ン˝ン˝ン˝ン˝ッッ!」
ケンイチが解説すると、ヘイタは顔を真っ赤にして悶える。
「僕はこの戦果をもとに、断言するよ」
二人は黙って頷く。
「――ハイレグは、実在する」
時折、陰キャの間では「都市伝説っしょ」とか、「そんなパンツあるわけねえじゃん」や「嘘乙」とか言われている。
僕は悔しかった。
だけど、ネット上にいる奴らだって、本当は心のどこかで、その桃源郷を夢見ているはずなのだ。
憎しみより、夢を見せてやりたい。
その思いが強かった。
「まさしく、今日この日に悲願は達成されたってわけだ」
ケンイチはワクワクした様子で、ハイレグの紐を指でなぞる。
ヘイタは顔を真っ赤にして、今にも爆発しそうだった。
僕らは、本当に救いようのないバカである。
リョウマは大事だし、そのために家へ忍び込んだというのに。
友達の事はそっちの気で、目の前の桃源郷に憑りつかれていた。
「ど、どっちが履いてるんだっけ」
「カンナさんだ。間違いない」
「バカ。昨日の会話で見当はつくだろう」
「ご、ごめん。興奮しすぎて忘れちった」
カンナさんはハイレグのパンツを履いている。
アノンさんは、キャラ物のプリントパンツ。
「だけど、これじゃ完成ではないんだよな」
「ああ。兵器は使って初めて効果がある。食べ物は食べて初めて、その味が分かる。同じく、パンツは履くものだ。履いて初めて、僕らはハイレグを見たと胸を張って言える」
そんな事をカンナさんに頼んだら、間違いなく殺される。
ならば、マネキンを購入して、鑑賞するしかないではないか。
「あ、いっけね! そうだよ。昨日の写真や姉妹の会話について話し合わないと!」
ここで、やっと本題に入る。
「名残惜しいが、そうだな」
「双子は何て話してた? こっちだと、上手く聞き取れない所があってよ」
僕は昨日、押し入れで聞いた事を二人に話した。
「物騒なことばかりだよ。飯を食ってる間に話してたのは、『屋上から落とすか、毒殺か』って事と、あと、なんだっけ。『男を使ってカツアゲ』してるって事とか。アノンさんの話を聞くに、リョウマは完全にブルって振り向かないから、見切りをつけてるんだけど。姉の方が執着しているから、切れないらしい」
さすが、ヤンデレだ。
「やっぱ、俺たちの知ってるヤンデレとは違うな」
「ふむ。ヤンデレとは、意中の相手しか見えないもの。しかし、カンナさんの場合は、間違いなくヤンデレでありながら、耳を傾ける相手がいる」
双子、だからか。
「あんま似てないよな。あの二人って」
「二卵性じゃないかな。一卵性だったら、瓜二つにはなるが、二卵性だと同時に産まれたってだけで、全く似てないぞ」
興味がないから、全く知らなかった。
「たぶん、リョウマに振り向いてもらおうとアプローチしてるけど、全く良い反応を貰えず、短気なカンナさんはキレて暴行。ってところか?」
「まとめると、そんな感じだね。アノンさんはケロッとしてるから、もういいやって感じだったし」
妹の方をどうにかできたら、別れさせることができるかもしれない。
けど、接点がない僕らがコンタクトを取るのは、かなり難しい。
「……オヤジさんの顔」
「あ、それ?」
写真のデータを確認していたヘイタが、顔をしかめた。
「嫌いって感情が、あからさまだよな。溢れちまってるっていうか」
「家庭内暴力とかあったのかな。それで、あんな感じになったとか」
「かもなぁ」
とりあえず、今後の方針で一つ決まったことがある。
「交替でリョウマの見舞いに行くぞ。あいつらに殺させる隙を与えない事だ。今日は俺が行く。明日はヘイタ。頼んだぞ」
「うん。任せてくれい」
他人の事情とはいえ、深い所まで潜ると、見たくはない事実が浮き彫りになってくる。
交渉カードに使うのは気が引けるが、いざとなったら止むを得ないだろう。
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