双子の企み 5/15
「疲れたぁ。姉ちゃん。ご飯作ってぇ」
「その前に皿洗わないと」
「えー……。カップ麺でいいからぁ」
「……太るよ?」
僕は、押し入れに隠れて、息を潜めていた。
さらに、消音効果を期待して、ショートパンツを脱いでいる状態。
しかも、慌てて隠れたので、両方の膝を折り曲げて、開脚するという無理な体勢でじっとしている。
生活音に紛れて、双子の会話が聞こえた。
「姉ちゃんさぁ。もう、リョウマくん諦めようよ」
「やだ」
「もぉ。好きって言われたことないじゃん。あいつ、ウチらには相応しくないって。ネックレスだって、引き出しに入れてたんだよ?」
やっぱり、こいつらが取ったのか。
「もっと、好きなことしてあげれば、戻ってくると思うし」
「ないない」
「……むー」
「つうかさぁ」
ゴトン。カチャン。と、音がした後に、アノンさんが言った。
「落とさない?」
皿を洗う物音が途絶えた。
「もしも、でいいよ。振り向いてくれないなら、諦める。その時はさ。スッパリ切って、別れよ。そんでさ。ウチらの事愛してくれる人探そうよ」
ケンイチ達には一部の会話しか聞こえていないみたいだ。
最後の方は拾えたようで、イヤホン越しにコソコソと語り掛けてくる。
『妹の方は見切りが付いてるようですな』
『メンヘラは相手の浮気は許さないが、自分はメチャクチャ浮気をするってタイプだ。ヤンデレとは、ここが決定的に違う。しかし、妙だな。ヤンデレなら、妹相手でも容赦ないはずだが、……新手のタイプって考えた方が良さそうだな』
アノンさんの説得する声が聞こえる。
「どう? 姉ちゃんってば」
「…………ぅぅ」
「仮に、でいいから」
「……仮に、ね。諦める事が、……ないと思うけど。あったらね」
とりあえず、納得したようでアノンさんがため息を吐いて、部屋の中を歩き回る音がする。
「それが聞けてよかった。さて、と。ピエンに餌やらないと」
冷蔵庫を開ける音が聞こえる。
僕はその間、ずっと心臓がバクバクしていて、血の気が引いていた。
「ピエン? ご飯だよぉ」
「……ッッ!」
ガラ、と押し入れが開かれた。
半端に開かれた襖から、部屋の明かりが中に差し込んでくる。
まずい。やばい。
何を思ったのか、僕は中にあったシーツで顔を隠し、息を細めた。
「あれぇ? ピエン? って、ああ!」
……終わった。
「ピエン、外に出てるじゃん!」
「ちょっと! ケージから出さないでって言ってんでしょ!」
カンナさんの怒鳴り声が聞こえた。
「ご、ごめんごめん。ほ~ら、良い子だから、おいでぇ」
ゴソゴソと物音がして、中に身を乗り出す音がすぐ近くから聞こえる。
この時の僕は、すでに死を覚悟していた。
絶対に殺されると確信していた。
ところが思わぬ事態が起きた。
ふにぃ、と何かが僕の股間を摘まむのだ。
「良い子だねぇ。よしよし」
スリスリとストッキング越しに撫でられる、我が局部。
「ッッ!?」
心臓が飛び跳ねるなんてものじゃなかった。
股間を女子に触られる経験なんて、あるわけがない。
柔らかな指先が動物か何かを愛でるように、そっと撫でてくるのだ。
「ほぉ、……ふぅ、んぐっ、……ほ、ほぉぉぉ……っ」
「あはは。ピエン、鳴いてる。いつもはスー、スー言ってるのに」
スー?
何の事か分からないが、動物と勘違いしているようだった。
「今日は甘噛みしてこないの? 牙抜いてるからぁ。いっぱい噛んでいいんだよ?」
牙?
ますます、何の事を言ってるのか分からない。
押し入れに入る動物で、ス―スー鳴いて、牙がある。
暗闇の中で目玉だけを動かし、快楽と疑問の狭間に立たされていた。
『おい……っ。見つかったのかぁ……?』
控えめに話してくるケンイチ。
音が漏れたら怖いので、イヤホンをシーツで塞ごうと、耳を押し入れの床に押し付けた。
おかしい。
押し入れの中は木で作られているはず。
なのに、何でプラスチックなんだろう。
疑問に思い、生唾を呑んだ。
次の瞬間だった。
【スー……っ、……スー、スーっ】
空気の漏れるような音が耳元から聞こえた。
まるで、すきっ歯から息を吐きだすような音だ。
「あれ。……硬くなってきた」
申し訳ないが、僕は男である。
股にぶら下がったそれは、刺激を与えると硬直状態になってしまうのだ。
「飯食べるよ」
「あ、うん。ピエン、そこで大人しくしててね」
スッと、襖が閉まる。
ここでようやく身動きが取れるようになった僕は、ショートパンツのポケットからペンライトを取り出し、明かりを点けた。
「……ヒッ」
危うく、絶叫するところだった。
小さな明かりで照らした先は、プラスチックの箱。
その中には、黒い蛇がいた。
冷や汗が噴き出したなんてものじゃない。
これ、……マムシだ。
アノンさんは蛇を飼っていたのだ。
見れば、プラスチックの箱は、ちょっとだけ端の方が空いていて、普段から雑にしまってるようだった。
なるほど。
牙を抜いたって、そういうことか。
だから、毒を流し込まれないように、牙を抜いたのだ。
おそらく、ストッキングの感触に気づかなかったのは、手袋をはめていたからだろう。
蛇と見つめ合って、僕は震えをどうにか堪えた。
こいつら、本当にヤバいぞ。
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