楽園と地獄 5/15
双子の部屋は、いわゆるギャル部屋を少し散らかした程度の内装だった。
窓際にはパンツが干してあり、その下には二人が座れそうなソファがある。ソファには紫色のヒョウ柄をしたシーツが掛けられていて、その前にはテーブル。
部屋の隅には、もう一つテーブルが置かれているが、そこにはドライヤーだったり、ヘアーアイロン、クシやメイク用品。香水が置かれていた。
この部屋からマスカットミントの匂いが漏れていたのだ。
一瞬、顔を見たことがないおばさんの匂いに発情したと思って、落ち込みかけたが、希望を取り戻せた。
さらに部屋の隅には、小さな冷蔵庫が置かれている。
襖には、つっかえ棒がされており、前にはラックが置かれている。
開けられないように、ってところか。
ふと、部屋の内装を見て、気づいたことがある。
奥に、もう一つ襖があるのだが、たぶん押し入れだろう。
その押し入れの前に垂れ下がっているタオル。
あと、カーテンか。
他にも色々な場所に同一のキャラクターが描かれているのだ。
「このキャラクター。見たことがあるな」
『どうした?』
「いや。ベロを出した憎たらしい顔つきの兎のさ。キャラクターがそこら中にあるんだよ」
『あぁ、それはな、”マイ・サンドバッグ”だ』
マイ・サンドバッグ。
とあるブランドのキャラクターで、兎がメインの商品を取り扱っている。食べ物や食器、日用品、家具など、コラボレーションは多岐にわたる。
『メンヘラご用達アイテムだ。待て。……てことは、おい。パンツはどうだ?』
「ああ。確認してみる」
僕は部屋の扉を閉めて、窓際に吊るされたパンツを摘まんでみる。
「ふ、……ふぅぉっ、……こほっ」
『なんだよ。何があったんだよ!』
「は、……はい、……はぁぁ、はぁっ、あぁっ」
イキそうだった。
どうにかなりそうだった。
「ハイレグが、……ある」
『なんだと!?』
現実にハイレグを好んで履く人はいるだろう。
それはふんどしだろうが、えっちな下着だろうが、全てにおいて一定数はいると僕は頑なに信じている。
間違いない。異論は絶対に認めない。
そして、その一人が僕達の探っている双子の内の一人だった。
紫色の生地が分厚いひも状のパンツ。
前や後ろの生地は、素晴らしいシンメトリーで、同じ細さ。
間違いなく、食い込んだら、ムッチリになる。
紫だけじゃない。
黒や赤、白まで。
生地が薄い、えっちなヤツまであった。
「なんだよ。……これ、何なんだよ」
『正気に戻れ! 写真を撮るんだ!』
我に返った僕は、震える手でカメラを構え、パンツを撮る。
1枚、2枚、3枚。
足りなかった。
『他も忘れちゃダメだよ』
ヘイタに言われて、僕はパンツを凝視したまま、部屋のそこら中にレンズを向けて、シャッターを切る。
「ごくっ。こんなのって、……反則だよぉ」
どっちが、履いてるんだろう。
下半身担当のカンナさんだろうか。
それとも、性悪メンヘラのアノンさんだろうか。
「あれ? これって」
ハイレグに気を取られて見えていなかった。
愛する布地の後ろに、マイ・サンドバッグのキャラクターが見える。
それを手に取り、広げてみる。
「子供……ォ……ッ! パンツゥゥゥ……ッ!」
『なにぃぃっ!?』
想像してみてほしい。
可愛い女子高生が、キャラ物の子供パンツを履いているのだ。
メンヘラご用達と聞いて、そのパンツの持ち主はすぐに分かってしまった。
「アノンさんだ。ウッソだろ! あの人、あの外見で子供パンツ履いてんのかよ!」
白いのだけじゃない。
黒や赤色の肌にフィットするタイプのパンツ。
しかし、高校生が履くとは思えないキャラ物の子供パンツ。
それをアノンさんは履いているようだった。
「はぁ、はぁ、待てよ。てことは、この、ハイレグじゃないギャルパンツは……」
『フェイクだ。なるほどな。合点いったぜ。お気に入りと普段履く用を分けてるんだ。だって、引かれるからな!』
「撮らないと……。パンツ、……撮らないと!」
僕は我を忘れて、シャッターを切った。
斜め下から数枚。
正面から数枚。
手に取って広げて数枚。
自分の股間に載せて、数枚。
「君が……悪いんだ……」
パシャ、パシャ、とシャッターの音が部屋中にこだまする。
「こんなギャップしかないパンツを履くからァァァァアアアアアアッッッ!」
もう1枚を撮り、満足した僕はパンツを元の位置に戻す。
「ふうう。ったく」
一つ分かったのは、ハイレグの持ち主はカンナさんである確率が高い。
しかし、本人が履いている所を見たわけではない。
パンツというのは、単体でも美しいが、履いて初めて真価が問われる。
つまり、僕はまだ本当のハイレグを見ていない。
戻ろう。
そう思い、振り返る。
ドアに向かって一歩進んだ時だった。
ラックの上に写真立てが雑に置かれているのを見つけた。
「……これ、親子写真かな」
近づいてみると、変な箇所があった。
メイクは厚いが、想像より綺麗なお母さんと思わしき女性。
お母さんに抱えられるようにして、笑う双子の姉妹。
そして、隣には煙草を吸っている男の人がいた。
「顔、塗りつぶされてる」
黒いマジックか何かで、塗りつぶしたのだろう。
グチャグチャになっていて、どんな顔をしているのか分からない。
ただ、肌の質感や色が、日本人のそれとは全く異なっている。
露出した腕を見るだけで分かるくらいに、外国人って感じの白さなので、すぐに分かった。
僕は黙って、その写真を1枚撮る。
奇妙な写真を見るに、親子関係が健全とは言えないようだ。
『おい。モリオ』
最後にハイレグの匂いを嗅いでいこう。
気分直しに再びハイレグを手に取ると、少し焦ったようなケンイチの声がイヤホンから聞こえてくる。
『おい……ッ! ヤバいぞ!』
「すぅぅぅぅぅ…………っ、ぷふぅぅぅぅ……っ。天国だわぁ」
幸せだった。
『双子が帰ってきた……ッ!』
雲の上に浮かんだ自分の魂が、一気に奈落の底へ突き落とされた。
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