悪魔の棲み家 5/15

 5月15日。17時24分。

 上はヒートテックを着て、下はストッキングを履いた格好で、双子の家の前にいた。


 正確には一昨日いた場所と同じ。

 塀の外にある斜面の所から、平家を見下ろしている。


「これ、……見た目が強烈なんだけど」


 もしも、着ているのが女の子なら、言葉にできないくらいに喜んだ。

 しかし、着ているのが男ならば、それは地獄絵図。


 見つかったら、通報待ったなしの格好である。


「まあ、股間隠しのためにショーパン持ってて良かったな」

「なんで持ってんだよ」

「将来、コスプレ撮影する時に、レイヤーさんに着てもらおうと思ってさ。小さくて、ミッチリ食い込むタイプを用意したんだ」


 僕らは、食い込みをこよなく愛する同士である。

 気持ちは分かるが、使いどころを選んで欲しかった。


 サイズはかなり小さいようだけど、僕の場合は女の子よりも小さく、細いために、ミチミチに食い込むことを想定したショートパンツでさえ、すんなり履くことができた。


「股間隠しのためだけじゃない。ポケットが必要なんだ。ほら。ペンライトは口に咥えられるし、カメラは首にぶら下げればいい」

「スマホで良くないか?」

「いや。それは通信用だ」


 ストラップの付いた僕のスマホに、イヤホンを差し込み、渡してくる。


「常に通話の状態にしておくんだ。イヤホンをさせば、俺たちの声は漏れない。的確に指示が出せるって寸法だ」

「外側から援護が必要な場合は、ボキ達がサポートしますぞ!」


 やってることは、犯罪である。


「四の五の言っても仕方ないか。よし。行ってくるぜ!」


 一応、周りを確認して、塀をよじ登る。

 塀の中にあったドラム缶を足場にして下り、そっと窓に近づく。


 ここまでの間、誰にも見られずに辿り着くことができた。


『いいぞ。入るんだ』


 イヤホンから、ケンイチの声が聞こえてくる。

 一昨日に錠が壊れていた、と言っていた窓をスライドすると、すんなり窓が開く。


 すると、中からは香水の匂いがムワっと漂ってくる。


 香水の匂いが嫌だ、という人には地獄かもしれないが、僕は嫌ではない。

 だって、大抵の女子はつけてるもん。


 それに、どぎつい匂いじゃなくて、フルーツの甘い香りだ。

 マスカットのような匂いとミントが混ざった、甘く、爽やかな匂い。


 前にケンイチが言っていた。


 香水が嫌なやつ、というのは勘違いしているか、臭いに敏感すぎるやつって。


 勘違いっていうのは、『油と香水(主に柑橘類かんきつるい系)』の、ガチの激臭に変わるとの事。

 それを『香水=最悪な臭い』と勘違いしている、ということらしい。


 僕はというと、初めて女の子の空間に入り、何だかんだ言って、ハイになってきた。


「ふわぁぁぁ、すっごい、えっちな香りするぅ」

『バカ! アヘッてる場合か!』


 女の子に無縁なので、僕はこういった匂いが大好きですらあった。


 ともあれ、窓から中に入り、息を殺す。

 中に入ってから、室内を見渡すと、僕は少しだけ面を食らってしまった。


『中はどうだ?』


 ケンイチの声に、見たままの光景を話す。


「……荒れてるね」


 部屋は私物が散乱していた。

 壁には穴が空いていて、床には酒瓶や丸めた新聞紙。カップ麺の空。ドライヤー。化粧台、といった物が転がっている。


 でも、違和感があった。


 部屋の中にある物は、どれもカンナさん達の私物とは思えない。

 化粧だってそうだ。

 女子高生がするには、濃すぎるメイクの用品だし、畳の上に転がっているものは煙草だったり、酒だったり、どれも大人が嗜む物。


 もちろん、彼女たちは不良だから、可能性がないわけじゃない。が、全体的に見渡すと、年齢層が上のように思えた。


 目線を上げると、奥には襖があった。

 斜め前方には、曇りガラスの引き戸。

 ガラス越しに見えるシルエットから察するに、台所か。


「なんか、……さ。DVに遭ってんのかな」

『そんなにか?』

「うん。パンチで空けたような穴だけじゃなくて、ガラスのヒビは、たぶん物投げたんじゃないかな。分からないけどさ」


 部屋に漂う雰囲気ってのはあるものだ。

 こんなのは、エスパーじゃなくても、プロじゃなくても、見た光景から各個人が感じ取れるだろう。


 豆電球は壊れているし、酷い有様だった。


 僕はあの恐ろしい双子たちと部屋の中を重ねると、段々と余計な想像が働いて、胸が痛くなってきた。


 引き戸を開き、台所へ移る。


 シンクには汚れた皿が重ねて置かれていた。

 洗剤やスポンジは古い感じがしないし、たぶん使っているんだろう。

 てことは、皿くらいは洗ってるってことか。


 指を押し込んでみると、水が染みている。


 それを確認し、今度は周りを見渡す。

 台所のすぐ隣に玄関の開き戸がある。


 僕から見て、すぐ横には、さっきいた部屋とは別の曇りガラスの開き戸。たぶん、浴室だ。


 浴室の向かいには、トイレ。


『後から建てた感じか?』

『昔の間取りって結構変なもんだよ。ボキの親戚の家も、こんな感じだし』


 一通り見た後は、最後の部屋。

 襖の向こう側だ。


 台所からは、木製の開き戸になっているようだ。

 ドアノブを回し、僕はゆっくりと開く。


「……お、おぉ……ほぉ……」


 申し訳ないが、ムラムラしてしまう光景がそこにあった。

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