住宅街の虎穴 5/13

 作戦の前の情報戦。

 蕩坂さんに教えられたのは、『双子の家』だった。


 住宅街の山に近い場所には、小ぢんまりとした飲み屋がある。

 もっぱら、そこから出てくるのは年寄りとか、会社帰りのおっさんだけだ。


 地獄通りじゃ外国人の数が多すぎて、飲み歩くのが危険だって、親からしょっちゅう聞いた事がある。

 だから、地元じゃ愛想が良くて礼儀正しい外国人は別として、大半がそうではなくて、嫌われているのだ。


 その小ぢんまりとした飲み屋を目印に、山のふもとを迂回するように東へ行くと、ボロっちい家がある。


 そこが双子の家だ。


「なあ。これ、マジか?」

「貧乏って、とこか?」


 僕たちは作戦のために、双子を知る必要がある。

 そこで蕩坂さんに教えられて、この家にきたのだ。


 なぜ、蕩坂さんが双子の家を知っているか、と言えば職員室に行った際に先生の連絡帳から住所を見つけたとのこと。


 準備がいいなぁ、なんて暢気に思いながら、僕らはこうやってホイホイきたわけだ。


 てっきり、オシャレな家とかまでは行かなくとも、二階建てをした普通の家に住んでると思っていた。

 けれど、違った。


 双子の家は一階建てのいわゆる平家というやつで、壁は蔦が這っており、塗装は剥がれ落ちて、玄関の扉にはガムテープが貼っていた。


 周囲に民家はなく、田んぼや林が広がっている。


 塀に囲まれているが、塀の外側は斜面になっていて、簡単に覗くことができた。

 庭は想像より広く、畑がある。

 あと、プレハブの屋根があり、その下にはサンドバックが置かれていた。


 斜面に生えた木の陰から覗き、ケンイチが言う。


「窓越しに中見ると、間取りは2部屋くらいか? 襖で仕切られてんな。台所に、……まあ、さすがに便所と風呂はあるだろうけど」


 双子の華やかな見た目からは想像できないので、ケンイチも言葉に迷っていた。


「まるで犯罪者が隠れ住むような家だぜ」

「ていうか、昔の家って感じでありますなぁ。お、あれは化粧台かな?」


 双子は家にいないのが確認できた。

 現在の時刻は18時。

 つまり、この時間なら双子はいないってことだ。


「親の方は飲み屋で働いてるらしいから、遅くなるんだろうな。この時間だったら、もういないだろ」


 親御さんの姿は確認できていない。

 留守なんだとすれば、やはりこの時間が打ってつけ。


 僕は蕩坂さんとの会話を思い出す。


『ていうかぁ、君たち家に行ってみればいいじゃん』

『いやぁ、それは、さすがに……』

『家に行けばぁ、弱みの一つや二つは握れるでしょぉ? それ使って、お願いすればぁ?』


 ようは交渉カードを持つって事だ。

 僕らのやってる事は、しっかり犯罪である。

 良い子は真似しちゃダメ。

 悪い子は家から出るな。


 僕らは承知の上で、敵情視察をしているだけだ。


「ん? 待て」

「どした?」


 ケンイチが一点を見つめ、身を乗り出す。

 一応、周りを確認しながら、塀をよじ登り始めた。


「お、おい!」

「待ってろ」


 コソコソと塀から下りて、窓に近づいていく。

 何かを確認したと思いきや納得した様子で、またコソコソと戻ってくる。


「錠がぶっ壊れてる」

「壊れてるって、……え?」

「ホラ、つまみを下げてカチャンってするタイプあるだろ? つまみがないなぁ、と思ったら、錠が取れてんだよ。何かハマってた跡はあるんだけど」


 ヘイタが手の平を叩き、「あー」と納得した。


「じゃあ、入るときはあそこから入ればいいってこと?」

「だな」

「不用心過ぎないか? 泥棒入ったらどうすんだろ」

「泥棒って行ってもなぁ」


 ケンイチが来た道の方を向く。


「田んぼ五枚くらい挟んだ向こう側だぜ? 民家があるのって。よっぽどじゃないと、来ないんじゃねえか?」


 何にせよ、侵入口は分かった。


「んじゃ、帰るか」


 僕らは斜面を伝って、道の方に出る。

 その時だった。


「やべっ、戻れ!」


 ケンイチが何かに気づき、慌てて塀の陰に僕とヘイタを押し込んできた。


「なに?」

「しっ!」


 指を立てて、聞き耳を立てる。


「……車?」


 エンジン音が聞こえるのだ。

 そのまま、ジッとしていると、やがて扉の開く音が聞こえた。


「せんぱ~い。ありがとうございます~っ」

「本当にここ? ボロ小屋じゃん。受けるんだけど」


 この声、聞いた事がある。


「ひっど! ちゃんと住んでます」

「はは。そだ。今度いつ会えるよ?」

「ん~、バイトで結構埋まっちゃってるんでぇ。空いたら連絡しますね」

「おう。待ってるわ」

「……ちゅっ❤」


 お、おぉ。

 音しか聞こえないけど、生々しかった。


「じゃね~っ」


 音を立てないように、首を伸ばして、道の方を見る。

 アノンさんだ。

 黒塗りのセダンに乗る柄の悪い男が、車をUターンするのを見守り、手を振っていた。


 車が見えなくなると、一気に脱力して、アノンさんは「ペッ」と唾を吐いた。


「クソきめぇ」


 首筋を掻いて、「あいつ、使えないな」と家の中に入っていく。

 アノンさんは、男の人の前だと甘い声を出すけど、裏ではあんなに低くて、ドスの効いた声を出すという事が判明した。


 蕩坂さんとは、また別の二面性だ。


「もうちょい、早く来る必要があるな」

「う、うん」


 僕らはその後、こっそりと道じゃない所を歩き、畦道に出て行った。

 女の子の裏の顔は、見るものじゃないな、と素直に思った。

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