二面性の優等生 5/9
キヌエさんの耳掃除が終わった時は、18時だった。
だけど、地獄通りにきたのは、夜の21時。
何があったかというと、「んぅ、ママぁ」と気色悪さ全開で
その間、リョウマからは鬼のようにチャットが送られていたが、僕は全てを無視して、キヌエさんにどっぷり甘えてしまった。
本当なら、こんなはずじゃなかった。
図々しくなっても許してくれるから、つい甘えてしまうのだ。
「ふうう、……さて、どうしようかなぁ」
シャッターの下りた商店街。
その前ではギターを弾く若者や飲んだくれる若者。
女の子の尻を触って、「やっちゃおうぜ」なんて発情した柄の悪い男女。
何より、白目を剥いてアヘ顔を決めながら、煙草を吸っている人たちが、そこら中に多発していた。
中には白人やら黒人やら、アジア系やらの外国人がたくさんいる。
昼間はどこにいるんだろう、と思わず言いたくなるような人数。
僕だって、外国の人間にあれこれ言いたくないけど、こうやって信じられない光景を目の当たりにすると、やはり「マジかよ」といった気持ちが湧き上がってくる。
長居すると、絶対に絡まれるので、写真を確認して、ストラップを確認する。
「あー、これ八百屋さんの看板だ」
らっしゃい、と赤文字で書かれた青い看板。
通学路で通るので、それが何の看板か、すぐに分かった。
八百屋さんのある方角に目を向け、そこに歩いていく。
斜め向かいにあるシャッターに近寄り、店と店の間にある、細い路地を凝視した。
地面に転がってる所を撮影されていたので、路地に置かれたゴミ箱の辺りを探す。
すると、すぐに残骸となったストラップを見つけた。
「あー、ほんと、酷い」
壊し方に悪意があるし、怒りすらこもっていた。
「現実逃避に必要な装置なんだけどなぁ」
ストラップってのは、好きなキャラなどを肌身離さず、持ち歩いていける。だからこそ、辛い現実から離れるための一筋の光だ。
光をブチブチに引き裂いて、汚い地面に放置するとか、人間のやることじゃなかった。
引き出しに入っていたであろう残りのストラップ。
それらは、全て尻を突き出していたり、M字開脚や口の前で何を咥えたそうにした美少女のイラストがデザインされた物だった。
ようは、えっちなものばかりだ。
思わず、涙が込み上げてくる。
そこへ、すぐ近くから『カタン』と、物音がした。
振り向くと、いつから地べたに座っていたのか、一人の女の子がこっちをじっと見つめていた。
「モリオくん?」
しかも、僕の名前を知ってるときたもんだ。
「え、誰スか?」
「ひっどぉ。同じクラスなのに、覚えてないの?」
金髪のサイドテールで、ややツリ目の美少女だった。
ピアスをしていて、全体的に可愛い系なんだけど、大人びた雰囲気をした女子。
僕の脳裏には、リョウマが飛び降りる直前が浮かび上がってきた。
『リョウマくん』
そうだ。
この人は、リョウマが飛び降りる直前に声を掛けてきた女子。
「
僕のクラスの学級委員だ。
誤解しないでほしいのは、僕だって見かけた人は、さすがに覚えている。それでも、気づかなかったのは、あまりにも学校にいる時とは、かけ離れていたからだ。
「せいか~い。って、忘れてる方がどうかしてるけどね」
にへらっ、と笑う蕩坂さん。
学校にいる時は、ピアスはともあれ、清楚って感じの印象だった。
「こ、こんな場所で何をしてんですか」
「ん~。ホテルに行ける人いないかなぁ、って」
う、お。
清楚ビッチじゃねえか。
マジでいるんだ。
驚きと感動と絶望が一気に押し寄せてくる。
肩や足は出していて、メイクはどことなく、ギャル感がある。
妖しげに微笑む姿は、妙な色気があって、僕はドギマギした。
「モリオくんは、ここで何してるの?」
「う、うん。リョウマに頼まれて、はは」
「んん? そのきしょいストラップ?」
きしょい言うな。
分かってても、ちょっとムッとしてしまう。
「そっかぁ。リョウマくんねぇ」
スマホを取り出すと、「チャットのID教えてよ」と、バーコード読み取りの画面を開いた。
「ID、ですか?」
むしろ、いいんですか?
「は~や~く」
「うす。頂きます!」
バーコードを開くと、蕩坂さんのスマホに重ねる。
ぴろん、と軽い音が鳴り、チャット欄には蕩坂さんのIDが友達登録された。
男だけしかいなかったチャット欄に、クラスの女子のIDが登録されるって、感動物だ。
とりあえず、不良の人数が増えてきたし、さっさとこの場を離れよう。
「お、帰るの? じゃ~ね~っ」
会釈をして、早足で家路につく。
途中、怖い人とぶつかって、「おい、ゴラァ!」と怒鳴られたけど、陰キャを舐めないでほしかった。
逃げ足は速いのだ。
「やっべ! 殺される!」
相手も足が速かった。
謝りながら全力で逃げ、林道に着く頃には追ってはこなかった。
だから、行きたくなかったんだ。
何だか、疲れた僕は深いため息を吐いて、今度こそ家に帰った。
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