第7話


 バーレルセル市内・スミシマ地区付近


〈ユニフォーム0、エリア5のエコー2だ。目標施設入口前に構成員多数。スクラムを組んで塞いでやがる〉

 味方からの通信が指揮車両に届く。ラーキンは舌打ち一つして、ワイドモニタに映し出された、エコーチームの監視映像を見やった。


 報告通り人間の壁で施設入口は塞がれていた。壁はヘルメットや布で顔を隠し、互いの両脇を抱え合いながら、それぞれ大声を発している。

「捜査チームを一旦退がらせろ。それから催涙弾で追っ払え」

 指示を出し終えると、また別の場所から通算が飛び込んできた。


〈エリア6、捜査チームが突入した。こっちは案外すんなり入れてくれ……〉

 急に背景の雑音が激しくなる。

「どうした、リマリーダー?」

〈……訂正。室内で乱闘発生、ちょっくら加勢してくる。通信終わり〉

 通信が終わると、ラーキンはヘッドセットを首に掛けて、深いため息を吐いた。

 保安局と都市警の合同捜査チームが、市内じゅうに点在する、過激派のアジトへ強制捜査を始めた。


 当然、過激派サイドはあっさり受け入れる筈もなく、激しい抵抗を試みた。

 入口前でスクラムを組む、バリケードを築いて立て篭もるならまだ可愛い方だ。中には物を投げる、角材による乱闘に持ち込む者まで現れてしまった。


 以上の妨害に対し、ブラックドッグズは捜査チームの護衛という名目で、傭兵流の「荒っぽい対応」を取らざるを得なくなった。

 警察サイドからは、これといった意見は出ていない。昨日の爆弾騒ぎの手前、強硬策も辞さない構えのようだった。


〈とはいえだな、ラーキン。交戦規定は守れよ。さっきからマスコミ連中が現場の中継をしている。目立ちすぎるのも良くない〉

 本部のファズが注意を送ってきた。

「ああ本当だ。一つだけ除いて、殆どの放送局が生中継をやっている」

 保安局の女捜査官が自分の携帯端末を弄って、ニュース番組を調べだす。

「逆に中継していない局は何やってんだ?」

「蟹の通販」

 銀髪のツーブロックをかき上げながら、彼女は言う。堀の深い中性的な顔に気怠げな表情を浮かべ、捜査員からの報告に耳を傾けていた。


 ラーキンは椅子にもたれ掛かると、肉食獣じみた唸り声をあげた。

「熱心な連中だな……全くよぉ」

「熱心な社会運動というものは、時に熱心な宗教活動と等しくなってしまうものさ」

「その心は、ライラ?」

 ラーキンは彼女を正面に見据えて問うた。

「正義の押し売り」

 保安局治安介入部のライラ捜査官は、疲れたような苦笑で返した。


 ラーキンは納得したのか、していないのか、微妙な態度で相槌を打ちながら、またモニタへ顔を向けた。


 ブラックドッグズはゴム弾や催涙ガスを使って、熱狂的な過激派構成員達を鎮圧しようと試みる。だが、敵対する構成員達は防ぎようの無い痛みに怯みつつも抵抗を止めない。涙や汗、血を振り撒き、建物に入ろうとする捜査チームへ噛み付いて離そうとしないのだ。


 ラーキンからしてみれば、モニタの向こうの光景は、もはや狂気の域に達していた。何が彼らを駆り立てる?

「アイツらは何なんだ。生活の不満をぶち撒ける抗議デモなんざ、この街では吐いて捨てるほどある。反議会派の抗議行動も、そろそろ見飽きて来た。だがよ……」

「ここまで組織的かつ攻撃的な過激派は初めて。君はそう言いたいのかな?」

 ライラは片方の眉を上げて言う。その通りだと言わんばかりにラーキンは無言で頷いた。


「バーレルセルは歴史の古い街だ。似たような過激な手合いは、これまでにも何度か現れた。今こうして摘発を受けている彼らは、そうさなぁ、ひと昔前に鎮圧された反政府セクトの子孫といった所かな」

 ライラは説明をしつつ、端末から共有ホログラムを宙に浮かばせた。


 凄惨な写真を載せた過去のニュース記事、治安局の報告書、それに逮捕者リスト……。

「彼らの前身となった組織は、若い学生連中を抱き込んで、過激な反政府活動を繰り返していた。軍の払い下げ品を手に入れた彼らと、都市警との抗争は、もはや市街戦だったね。結局は中央政府からアーミーが派遣されて、徹底的な制圧作戦が行われた。それで組織は壊滅したことになっている」


「だが、奴らのミームはこうして生き残っている。残党が生き残って居たんだな?」

「アタリだよ、ラーキン。その証拠が昨日の爆弾騒ぎだ。あの爆弾は反政府セクトが使っていた投てき爆弾と、よく似た造りをしている、と鑑識が報告をくれた。そこで保安局は、今回の強制捜査で、事件の証拠とセクト残党を洗い出すつもりでいる」

 そしてライラは写真を数枚、ラーキンに見せた。


 坊主頭で目の下に傷のある男、場末のバンドマン崩れといった雰囲気を持つ長髪男……。

「できれば彼らを無傷で手に入れたい所なんだよね。死んでしまえば彼らは殉教者、遺された者達は弔い合戦と言わんばかりに、活動を激化させるだろう」

「分かった。現場のユニットには周知しておく。見つけたら生捕り」

「そうしてくれ」

 などと話し込んでいると、共有回線でブッチャーが怒鳴り込んできた。


〈ユニフォーム0、HQ。どっちでも良い。エリア2上空の報道ヘリをどかしてくれない!? こっちより低い高度で飛んでやがって。邪魔ったらありゃあしないよ!〉

 ラーキンは急いでタッチパネルを操作。上空を飛ぶカプターの監視映像に切り替える。

 彼女の言う通りだった。施設上空を報道ヘリが低速で飛行していた。


 ドミノ11のほぼ真下、偵察用カメラどころか狙撃手の射線まで塞いでしまっている有様だ。

「警告は?」

 ラーキンはヘッドセットを付け直して尋ねる。

〈したけど無視されてる。他の局のヘリも苦情混じりの無線を飛ばしてるようだけども、動く気配が無い〉

 ブッチャーの言葉通りなら、問題の報道ヘリは事前協定で決められたコース、高度を無視して建物に近づいている事になる。ラーキンは口汚いスラングを呟いて司令部に繋ぐ。


「ファズ。問題発生だ」

〈聞いたよ、ニッケル坊や。今やっている。大尉がヘリの持ち主……放送局に抗議しているんだ。畜生、マスコミってのはどうしてこう、ルールを守れないのかね。危ねぇから近づくなって、報道管制まで敷いてるのに〉

 ファズが話している途中で、事態は兆候一つ表れることなく急変した。


〈屋上に数人出てきた。何か持って……ヤバい、対戦車ロケット!?〉

 ブッチャーの甲高い叫び声が響く。その直後に警報が響き、無線も途絶えた。

「ブッチャー。応答しろブッチャー!?」

 ラーキンは呼び出しを続ける。監視映像もノイズまで走りだしたせいで、状況が全く分からない。そんな中、遠くからは微かな爆発音まで聞こえてきたでは無いか。


 被弾した?

 最悪の事態がラーキンの脳裏を掠めた。無事を祈りつつ呼びかけていると、やがて「問題無い」と、応答が返ってきた。

〈ヤバいと思って回避行動を取っていた。こっちは大丈夫。でも不味い事になった、報道ヘリが被弾したよ!〉

「何だと!?」


〈屋上のロケット砲はこっちを狙ってたんだ。それなのに、下を飛んでた報道ヘリが自分から射線上に入って、それで……〉

「偶々当たっちまったって? ンな馬鹿な偶然があってたまるか〉

〈そうは言ってもさ、目の前で実際に起こっちまったんだよ!〉

「白熱してる所に申し訳ないが、ラーキン、コレを見て」

 立て続けにライラも指揮車両の小型端末を見せてきた。画面いっぱいに映し出されているのは、被弾した報道ヘリから送られてくる中継映像であった。


 つい耳を覆いたくなる、けたたましい警告音が、スピーカーを通して観る者の心を抉る。

『舵が利かない! 制御不能、制御不能!』

 ぐるぐる。ぐるぐる。外の青空が目まぐるしい早さで回転していく。振り回される乗員達は悲鳴や絶叫をあげ、パニックに陥っていた。

『ひ、火が出てる。後ろが燃えている』

『嫌……嫌よ、死にたくない。助けて……助けてぇ!』

『早く映像を切れ!』

 スタジオのマイクが裏方の声を拾った後、中継映像が切断、スタジオへと切り替わる。

アナウンサーは蒼白な表情のまま言葉を失い、ワイドモニタを挟んで棒立ちになっていた。


 ……その頃、映像の回復したドミノ11が被弾した報道ヘリを追いかけていた。

 ラーキンはマップで二機の位置情報を確認すると、慌てて指揮車両の外へ飛び出した。車を停めて居るのはエリア2の隣。それも、スミシマ地区のすぐ目前だった。


 そして、報道ヘリの進路は……スミシマ地区!

 騒がしい空を見上げると、ヘリが一機、独楽のように回転しながら向かって来ていた。

 尾部から黒煙を吹き上げ、尚も回転を続ける報道ヘリ。やがてラーキンの頭上を通り越して、スミシマ地区の奥へと消えていった。


 追跡していたドミノ11が共有回線を通して報告してきた。

〈報道ヘリの墜落を確認、スミシマ地区に墜落……繰り返す、報道ヘリ墜落〉

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る