第8話


 民間の報道ヘリが墜落。この衝撃は生中継を通して瞬く間に都市中へ広がった。都市警は所轄から制服警官を追加増員、より衝撃な画を求めて現場近くに殺到するマスコミを、押し返さなければならなくなった。


〈HQから全ユニットへ。本社命令だ。本作戦は強制捜査から鎮圧任務に移行された。現時刻をもって実弾使用を許可……障害は速やかに排除し、目標施設を制圧せよ〉

 ファズが重苦しい調子で指令を伝えてきた。民間人が多数いるであろう施設内で実弾射撃が可能な状態となってしまった。


 事態は最悪な方向に進んでいる。現場で行動中だったブラックドッグズの面々は、深刻な面持ちで武器を機関けん銃や散弾銃へと持ち替えていった。


「ラーキン、任務が……」

 ライラが後部ドアから声を掛けてくる。それをラーキンは手で制し、本部からの指示に耳を傾けた。

〈聞こえるか、ラーキン。シエラチームを増援に向かわせる。お前は指揮車を離れて彼らと合流し……〉

「報道ヘリはどうする。スミシマ地区に所轄は無い、治安はまぁまぁだが、スラムに片足突っ込んだような場所だ。警察もレスキューも到着に時間が掛かる」

〈むう……〉

「アイツらが落っこちたのは自業自得。だが放って置くわけにもいかんだろう。俺が現場に一番近い。せめて墜落地点の安全確保だけでもさせてくれ」

 ラーキンの進言に続けて、ブッチャーも無線を送ってきた。


〈ファズ。アタシもニッケルに賛成だよ。それに後ろに乗ってる奴らが降ろせと煩くてね〉

〈誰だ?〉

〈エコー5と6、ドク・サタディとクリッパー〉

 プツリ。話者が切り替わり、男の声が聞こえてきた。


〈エコー5です。コトは一刻を争います。救助の許可を下さい〉

〈エコー6。俺も降りる〉

 通信を聴きながら、ラーキンは指揮車のラックから装備を取り出して、身につけ始めた。


「んで、ライラは何だ?」

「たぶん君の所も指令が変わっただろう。保安局は捜査を一時中断。君らが掃除をした後に現場を浚うそうだ。全員を生捕りにして、組織の全容を暴きたい所だったが、最悪の結果になってしまった」

 ライラは心底残念そうな口ぶりである。だがラーキンは彼女の失意に同意する余裕は無かった。


「それを招いたのは連中だ。昨日の爆弾といい、今回のコトといい、やり過ぎた分のツケは払ってもらわなきゃな。だがその前に、俺たちにはやらなきゃならねぇ事がある。壊して殺すだけが俺たちじゃあない」

 ラーキンは軽防弾衣を装着して言う。


「そうかい。何だかまるで、ボクらよりずっと『正義の味方』に見えるよ」

 ライラの言葉を不敵な笑みで受け止めたラーキンは、散弾銃を手にして指揮車を降りた。

〈HQからシエラリーダー。聞こえて?〉

 シェイナから通信が入る。ラーキンは足を止めることなく、応答した。


「ドク達の声を聞いたでしょう大尉。俺たちは雇われの身だが、一応は正義の味方を張ってるんです。だから……」

〈ええ、だからこそ貴方に命令するわ〉

 シェイナはふんわりした穏やかな口調で言葉を続けた。

〈墜落地点を確保と救助作業の指揮をお願い。現地までの誘導はドミノ11、通信管制はHQが担当します。頼んだわよ、ニコラ〉

「……了解、大尉」

 調子が狂いそうになるのを堪えて、ラーキンは後方に控えていたSUVの助手席に乗り込む。一連の話を聞いていたのか、運転席の傭兵は無言でエンジンを掛けた。


 ………


 下宿に戻ったレイスを見るなり、大家が大慌てで駆け寄ってきた。

「ああ、無事だったかい!」

「ごめんなさい。ご心配おかけして……」

 がっしり抱きつかれたレイスは、狼狽気味に謝った。


「大変なコトになっちまったねえ。ほれ、外は大騒ぎだ」

 大家は喧騒冷め止まぬ外を物憂げに見やる。

「テレビでやっていたよ。ヘリが街の奥に落っこちてしまったそうじゃあ無いか。よりにもよって、あんな所に」


 大家の物言いに引っ掛かりを覚えたレイスは、たまらず尋ねた。

「あんな所?」

「アンタ知らないのかい。スミシマってのは二つに土地が分かれてるのさ。こっちはまだ街に近いからね。お上の目はそれなりに届くんでそう悪い奴らも少ない。でもね、ヘリが落っこちたスーパーマーケットの跡地から向こうは、そうじゃあ無い」


 大家は椅子に座り、墜落事故を報じるテレビニュースを嫌な面持ちで見やる。

「向こうに住んでいるのは、ここより下の階から脱出して来た貧乏人達。仕事を求めて上がって来たは良いけど上手くいかず、下の階に戻る事もできないで、留まっているのさね」

「まぁ」

 適切な返答が思いつかず、レイスは小声で相槌を打つ。


「最近は特に色んな奴らが逃げるように、入り込んでるんだよ。中には警察に追われてるスジ者だったり、頭のイカれたギャング連中だったり。だからね、決してスーパーの跡地には近づいちゃいけ……」

 大家は窓辺に顔を向けた。既にレイスの姿はなく、立ち去った痕跡すら見られない。

 急に消えてしまった住人に、大家は嫌な予感を覚えた。

「まさかあの子……」


 異能の力で屋上に飛び上がったレイスは、通りの奥から立ち上る黒煙を憂いた目で見つめた。

(また誰かが傷ついた)

 彼女はそっと己の白い手を見やる。


(それは私にとって直接関係のないこと。知らない誰かと知らない他人がやっている事。でも……)

 レイスは小さく息を吐く。

 お節介焼きの大家と下宿の住人たち。

 街で出会ったカメラマンの子。

 みんなは無関係な私に手を差し伸べてくれた。

 お節介、親切、打算……。どんな理由であれ、手を伸ばしてきてくれた。


 だから、私も……。


 レイスは再び黒煙を見る。先ほどとは打って変わり、彼女の翡翠色の瞳には強い光が宿っていた。


 ………


 一機のカプターが反重力機関を唸らせて、スミシマ地区の広場に着陸した。


「ドミノ11タッチダウン。エコーのお二人さん、降りな」

 ブッチャーはタンデム式コックピットから後部カーゴへ声を掛けた。彼女の合図で搭乗していたドクとクリッパーが機外に飛び出した。

「……よし、上昇するよ。ジート、機銃の安全装置を解除しな。対空攻撃に注意、見つけたらぶっ放せ。HQ、ドミノ11は上空監視に移行する」


 ……一方、墜落現場を目指すドクは眼鏡の奥で目を細めていた。

「まるで迷路だ。ドミノ11、誘導してくれ」

〈聞こえるかい。墜落地点は700メートル先、そのまま路地を直進しな。煙はまだ出てるから、ソイツが目印になる〉

 ブッチャーの声が返ってきた。二人は空に向かって立ち昇る煙を見て方向の見当を付けると、急ぎ足で進みだした。


「エコー5了解。なあクリッパー……何で付いて来た?」

 徐にドクは追従するクリッパーに尋ねた。二人は同じ国の同じ陸軍出身だが、部隊は違った。それなのに、こと作戦が始まると何故か一緒に行動する羽目になってしまう。


 一度目は、とある半島の荒野で二人揃って迷子になり、基地を目指して行軍。

 二度目は、二人仲良く敵中で孤立。救援が来るまで、一晩じゅう逃げ回った。

 三度目は山岳地帯で二人同時に滑落。共に右脚を折って後方に搬送された。


「嫌か?」

 クリッパーが不思議そうに訊き返す。表情は滅多に変らず、口数も少ない。よく分からない男だと、部隊内でも専らの評判だった。


「嫌じゃないが……」

 ドクは口籠る。嫌でも無ければ良い訳でも無い、というのが本心である。ただ、偶然にしては連続し過ぎて、釈然としないのだ。

「なら良いだろう」

 返ってきた短い一言に、ドクは諦めて、尋ねることを辞めた。


 ……さて、二人は辺りを警戒しながら進み続け、ようやく目的地にたどり着いた。

 スーパーマーケットの跡地らしい。報道ヘリは廃墟となった店の前に、横倒しになって転がっていた。


 墜落時に折れたブレードを始め、飛び散った部品が駐車場じゅうに散らばっている。加えて、被弾した尾部では、小規模な火災がまだ続いていた。


 ドクはクリッパーに持ってきた小型消火器を使うように、手振りをする。

「ん」

 ヘリに駆け寄ったクリッパーが消火作業をしている間に、ドクは横倒しの機体に乗り上がり、中を見た。


 操縦席のパイロットは死亡。隣の席はコ・パイロットだろうか……前に飛び出した制御パネルが胴に突き刺さっている。彼も手遅れ。

 後席では三人の取材クルーが折り重なりあって倒れている。中に入って確かめる必要有り。


 ドクは塞がった扉を開けようとしたが、鍵ごと歪んでしまったらしく、動かない。

「クリッパー。背中に挿してあるバール、借りるぞ。扉が歪んでいる」

「俺がやろう。火も消えたし……」

 空気を裂くような高音が、クリッパーの声を遮った。


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