第4話


 同時刻

 バーレルセル市内

 スプライト社駐屯地


「ひっでえ夜だったよなぁ。無駄骨の極みってな感じでよ」

 ラーキンは小便器の前で大欠伸をかいた。寝不足と疲労の重なりが凶相をより歪めて、酷い有様にしていた。


「まったくだ。網に掛かったのは小物ばかり」

 隣で用を足すファズも疲れた声で応える。

 スプライト社の傭兵達は武警隊の一斉検挙に合わせて、周辺の小道に展開。現場から逃げてきたデモ参加者を、一晩じゅう捕まえていた。


 事態が落ち着いたのは夜明け前。逮捕者を都市警に引き渡しても解散とはならず、彼らは待機命令を言い渡されていた。


「結局あの爆発は何だったんだ。過激派同士の内部抗争とか?」

 ラーキン達はチャックを上げ、手洗い場へ向かいながら話を続ける。


「だとしたら、やたらに派手すぎる。味方に付けた方が良い市民を巻き込んでまで、テロをやるメリットがない。イメージ悪化を狙った第三者の仕業か……」

「単なる事故とか」


「案外、そっちの線なのかもな。もっとも結論を下すのは捜査畑の奴らだ。俺たちの仕事じゃあない」

 手を洗い終えたファズは、端末のホログラム画像を目の前に投影させた。どこの報道局も爆発事件を取り上げている。隣でホログラムを覗いたラーキンの表情が、ますます歪んでいく。


「あの爆発で死者は18名、重軽傷者併せて約286名……交差点の後ろで群衆雪崩が起きたせいだと。んで、逮捕者は150名以上……正式な発表じゃないから、もっと増えるかも」


 市街戦。これではまるで市街戦だ。ラーキンは頭によぎった単語を自ら否定してみせた。

「ふざけた話だ」

「ああ。まったくふざけている」


 その後トイレを出た二人は、廊下で作業ツナギに身を包んだ同僚に声を掛けられた。

「よう二人とも。揃って間抜け面してんぜ」

 垂れ目だが、メリハリのある猛禽じみた顔に、勝気で余裕のある微笑を作っている。

 空中輸送艇カプターの操縦士……通称・ブッチャーだ。


「逆にテメエは何で朝から元気なんだよ。夜通し空を飛んでやがったのに」

 ラーキンは苦々しく言う。ブッチャーの日焼け顔は血色が良く、表情も活き活きしていたのだ。

「頑丈なのが取り柄でね。スタミナならアンタにだって負けないよ、ニッケル」

「そうかい、そうかい」

 あだ名で呼ばれたラーキンは、露骨に嫌そうな顔で返答した。


「……そうだ、大尉を見なかったかい。来週の飛行スケジュールのことで、話があったんだけど」

 徐にブッチャーは話題を変えてくる。

「さて。待機命令を出した後は見ていない。大方、どっかでサボって寝てるんだろう。姿が見えない時は大抵寝てるからな、あの人」

 答えたのはファズである。


 大尉こと、ブラックドッグズの指揮官シェイナは、暇さえ有ればとにかく寝る人間だと、専らの評判であった。実際に駐屯地内で姿を見かけない場合は、自家用車や空室で眠りこけている場合が殆どであった。

「故郷の国の習慣がどうとか言ってたけど、呑気なモンだねぇ」

「掃除のおばちゃん達が噂してたが、自費で持ち込んだ寝袋を、駐屯地じゅうに隠してるらしい。徹底してるよな」

 笑い話を交わしながら食堂を目指して歩いていると、館内放送が鳴った。


『ニコラ・ラーキン主任、フレディ・ジータの両名はB3会議室に集合して下さい。繰り返します、ニコラ・ラーキン主任と……』


「たぶん大尉だろう。お前も顔を出すか?」

 ラーキンがブッチャーに尋ねると、彼女は「止めとく」と答えた。

「二人が呼び出されたって事は、また何か厄介な仕事が舞い込んだんだろう。一緒に巻き添えはごめんだからね」

 皮肉の混じった物言いだが、カラっとした口調が不快感を和らげる。一先ず男二人は疲労で鈍った体を押して、会議室に向かった。


 ………



 会議室には案の定、大尉がいた。亜麻色の髪をシニヨンキャップで丸めながら、彼女は「座って頂戴」と席を勧めた。

「まず昨晩はお疲れ様でした。報告書も読ませて貰ったわ。路地裏で逮捕した者は二十人、損害は負傷2人。ジェイクが投石攻撃による眼帯骨折、ジョンソンは乱闘に巻き込まれて左腕骨折……また兄弟揃って負傷?」


「そうです大尉。JJ兄弟はまあ、双子の奇縁というか、変なジンクスというか。とにかく、いつも同じタイミングで怪我をする」

 ファズは薄笑いを浮かべながら話しを進めた。


「それで大尉、俺たちに何の用で。仕事があるんでしょう?」

「察しが良くて助かるわ、ファズ。そうなの。本来なら交代して、休んでもらいたい所なんだけれども、もうひと働きして欲しいの。ごめんなさいねえ」

 困ったような笑みを作るシェイナ。

「どんな任務で?」

 ファズが尋ねると、彼女はスクリーンの電源を入れた。画面に映し出されたのは事件後に撮影されたであろう、生々しい現場写真であった。


「あの爆破事件は保安局に捜査権限が移ったわ。第二種重要捜査対象……つまりはテロ事件扱いね」

「まあ、あんだけ派手な騒ぎになったし。保安局が捜査の舵取りをするのも分かるんですが」

 それで俺たちは何をしろと?

 ラーキンが質問しようと口を開くが、シェイナが先回りをして先に答えた。


「保安局からブラックドッグズに依頼が来たのよ。三時間後、保安局と都市警の合同捜査チームが、市内各所のアジトへ強制捜査を行う。その護衛をして欲しいって」


「それ警備部門の仕事でしょうよ」

 ラーキンが真っ先に疑問の声を上げた。

「ワタシもそう言ったんだけれども、警備部門は今日も抗議集会の雑踏警備に駆り出されて、人員が割けないの。昨日の事もあるし都市警は厳戒態勢。いつもより人手を増やして対応しなくちゃならないらしくて」


「諦めるしか無さそうだぞ、ニッケル坊や。どれ程の人員を集めなければならないんで?」

 諦めたように力なく笑ったファズは共有画面に携帯端末を接続、当直チームのリストを表示させる。


 シェイナはリストにひと通り目を通すと「そうねぇ」と、のんびりした声をあげた。

「当直はエコー、リマ、ケベックでしょう。スリーマンセルで散らせば各方面は補える。万が一に備えて、シエラとブラボーは引き続き基地で待機させます。ファズは本部に残って保安局との調整役。ラーキンは保安局の移動指揮車に乗車、現場指揮をお願い。空中監視は昨晩に続いてドミノチームにお願いしましょう。そうそう、作戦進発コードは『ツェッペリン』ね」


 指揮官の命令が出たら後は実行あるのみ。

「了解」

 不平屋のラーキンは、やれやれと思いながらも、重い腰を上げた。



 ………


〈HQから全ユニットへ。ツェッペリン……繰り返す、ツェッペリン!〉

 ブッチャーの耳に作戦進発コードが飛び込む。カプター操縦席内で準備をしていた彼女は、ヘルメットのマイクを口元に寄せて応答した。


「了解ツェッペリン……ロックンロール!」

 三機のカプターが暖気運転をする中、古いロック音楽が格納庫に響き渡った。


「行くぞ、黒犬ども!」

「「フラー!!」」

 準備を終えたブラックドッグズの傭兵達は、割り当てられた移動手段へ乗り込んでいく。捜査員の護衛担当は装甲車輌に、監視兼狙撃要員はカプターへと分乗していく。


 ブッチャーはタンデムコックピットの隙間から、輸送カーゴへ乗り込む傭兵達を振り返って見る。どいつもこいつも戦場で何度も載せてきた荒くれ者ばかり。悲しい別れ方をした連中も沢山いるからこそ「いつも通り」を心がけるべし。ブッチャーは艇内マイクを入れた。


「あ、あー。本日はドミノ11号をご利用頂き誠にありがとうございます。機長はあたくしブッチャー、副機長兼ガンナーはタイガー・ジートでござい。エチケット袋はテメエらの座席の後ろ。床に零すクソッタレは空から叩き落とす!」

 すっかり言い慣れた文句を叫ぶと、カーゴから歓声が上がる。大声を出すのは決まって長く生きている連中だ。彼らはこうして「自分は生きて帰って来る」のだと、自分に言い聞かせてきたのだ。


 沸き立つカプターを脇目にラーキンはあてがわれた防弾SUVへ乗り込む。彼は皆とは別行動を取り、先行する移動指揮車に合流しなければならなかった。

 後部座席に乗り込んだラーキンは気怠かった気分を入れ替え、仕事モードに入った。

「さあ出発だ!」

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