第12話


「機関銃手、右手側の階段に移動しろ!」

 ロメオリーダーが銃声に負けじと怒鳴る。

 ブラックドッグズは旧校舎手前の斜面で足止めを食らっていた。校舎へ突撃しようにも、建物を覆う無数の蔦が、意志を持った蛇のように襲い掛かってくるのだ。


「ナギー。弾だ、弾を持ってこい」

 移動した機関銃手のもとに、弾薬ベルトを首に提げたナギーが滑りこむ。そして素早く機関銃に取り付き、弾薬ベルトを装填。

「よし、ありったけぶっ放せ!」

 作業を終えたナギーは、射手のヘルメットを叩いて合図。

 掃射再開。扇状に広がる弾雨が押し寄せる蔦の波を、電動ノコギリの如く切り裂く。

 蔦の強度はそこそこあるが、小銃弾でも倒せなくはなかった。傭兵達はうねうね動き回る蔦へ、ありったけの弾丸を浴びせる。


 しかし数があまりにも多く、ブラックドッグズは校舎内への突破口を作るのに手間取っていた。そうこうしている内に、蔦も反撃を始めた。


 しなる一本の蔦がロメオチームの一人を捉えた。強かに打たれた傭兵は斜面を転げ落ちていく。

「バーンズがやられた」

衛生兵メディック!」

 負傷者に駆け寄った隊員が切迫した声で叫ぶと、斜面に張り付いていた衛生兵が素早く負傷者のもとに滑り降りてきた。


「叔父貴、バーンズがやられた!」

「騒ぐな。死んじゃ居ない」

 年配の衛生兵が、苦しそうに咳き込む負傷者の容態をあらためた。

「肋骨を何本か折ったな、運の良い野郎だぜ。やいツェップ、コイツに肩貸してやれ、後ろに退げる」

「……くそったれ……雑草が、やりやがったな……」

 負傷したバーンズが悔しげに声を漏らす。

「しゃべるな、いま手当してやるから」


 そんな中、壁に突如大穴が空いた。内側から撃ち抜かれたらしい、その穴から出てきたのは、シエラチームのリーダー、ラーキンであった。

「ラーキン!? おい、こっちだ!」

 仲間達が斜面に来るよう手を振る。ラーキンは自らを狙って落ちて来る蔦の攻撃を掻い潜り、斜面へと飛び込んだ。


「よお、生きてたか」

 ロメオリーダーは大きな手で、ラーキンのモヒカン風のポニテ頭を叩く。

「民間人はどうした?」

「救助して後方に引き渡した。代わりにハイダーが一人、屋内で交戦中」

 彼の言葉をかき消す巨大な破砕音。旧校舎に目を向けると、蔦団子が天井を突き破り、上空へ舞い上がったではないか。


「なっ……」

 絶句するラーキン。ブラックドッグズの面々も言葉を失い、つい攻撃の手を止めてしまう。

 その後、中から飛んで現れたのは黒衣の女、ハイダーのレイス・モラン。彼女が蔦団子を打ち上げたのだろうか。

 などと考える暇など無い。ラーキンは仲間達に叫ぶ。


「誰か『巾着』を持ってきたヤツは!?」

「あるぞ、バックパックにたんまり!」

 斜面に伏せていたジュリエットチームの隊員が、側に置いたバックパックから青色の巾着袋を取り出してみせた。

 ラーキンは斜面の上をゴロゴロ転がり、バックパックに近づく。

「1個で良い、寄越せ!」

 そう言うと、ラーキンは巾着袋をひったくった。


 通称『巾着』と呼ばれるソレは、特殊爆薬を満載した、対<窓>破壊用の手榴弾であった。たった一個でも異空間の裂け目に、効果的な一撃を与えられる。

 安っぽい見た目と安い製造費用と侮る事なかれ、この巾着こそが、異空間に対抗できる数少ない最終兵器なのだ。


 ……さて、ラーキンは何を考えついたのか、突然巾着爆弾に垂れ下がる紐を引き抜き、上空に投げた。

「ここから当てようってのか。無茶だ、届くワケがない!」

 と、ロメオリーダー。しかしラーキンは不敵に笑い、こう叫んだ。

「レイス・モラン。コイツを<窓>の奥へぶち込んでやれ!」


 屋根に降り立ったレイスは、緩やかな自由落下を始めた<窓>と地上のラーキンを交互に見た。

 そして霧で作った大腕を空中の巾着爆弾を掴んでみせる。

 レイスは腕を引き寄せ、落ちてくる蔦団子を睨み上げた。


 削れた蔦の隙間から姿を見せる<窓>。そこを目掛けて、巾着爆弾を鷲掴みにした異形の手が、突き上げられた。


 異形の手はスルリと<窓>の中心にある、漆黒の入口に吸い込まれ、その奥にいる「何か」の肉に到達。表皮を破って肉に深々と突き刺さる。


(これが蔦の本体!?)

 レイスは異様な感触に不気味さを覚えながらも、素早く手首から先を切り離した。


 <窓>を抱えた蔦団子は再び教室に落下。時を同じくして、手榴弾が起爆する。


「伏せろ!」

 ラーキンの合図でブラックドッグズが斜面に身を隠す。

 オレンジ色の爆炎に加えて、凄まじい爆風が衝撃波を伴い、旧校舎に蔓延る蔦の群れを吹き飛ばした。爆発は校舎外にも及び、窓を破った火柱はラーキン達のすぐ近くにまで押し寄せてくる。


「……あっつ! 装備班の奴らめ、爆薬の量を間違えやがったな!」

 火の粉を被った隊員が毒づいた。

「絶対にそうだ。手榴弾であんな吹っ飛び方しないって」

 などとボヤくラーキンも、頭を振って、髪にまとわりついた燃えカスを振り落とす。

「たが、この威力だ。<窓>は吹き飛ばせたろうぜ。あとは残った蔦は忘れずに駆除しろ。それで仕事は終い……じゃあねえよな」

 と、火の手があがる旧校舎を見上げた。


 レイス・モランは屋根の上に佇んでいた。炎にまかれているというのに、平然とラーキン達を見下ろしている。

「モラン先生。降りて来たらどうだ?」

 ラーキンはブラスタを納めると、辺りに散らばる蔦に警戒しつつ、斜面を登った。


「アンタと話がしたい」

 だがレイスはそっとラーキンに背を向ける。

(ダメか、やっぱり)

 ラーキンはブラスタに伸ばしかけた手を止めた。そして、彼女の背中にまた声を掛ける。

「面と向かって礼くらい言わせろよな?」

 一秒、二秒……レイスはしばらく背を向けたまま動こうとしない。訝しんだラーキンが、再び声を掛けようとした時だ。


 彼女は霧と化して四散。次の瞬間にはラーキンの目の前で着地したのである。

 大いに狼狽えて一歩下がる隊員達。中には銃を構えようとする者も現れたが、ナギーが腕を広げて制した。


 そんな中でラーキンはその場に踏み止まり、まっすぐ彼女を見据えていた。

「あ、あの」

 徐にレイスは帽子を取った。沈みかけた夕陽に照らされる精巧に整った細顔、日の光を吸い込む艶やかな長黒髪。状況が違えば、傭兵達は、個人の好みなど関係なしに彼女の蠱惑的な美貌に息を呑んだであろう。


 だが今は、人ならざる存在への畏怖が、遥かに優ってしまっていた。

 レイスは俯きながら、上目遣いにラーキンを見つめる。

「なんだよ?」

 ラーキンが尋ねる。

「お礼……」

 じいー。何を考えているのか分からない翡翠の瞳が、ラーキンを凝視。

 ラーキンは仲間達の不安げな視線を背に受けながら、敢えてヘラヘラ余裕の笑みを作る。

「ん? ああ、そうだ。今回はアンタの協力がなきゃ……」

「違う」

「へ?」

 目を丸くするラーキン。

「お礼言わなきゃいけないのは、こっち。ありがとう……アリッサを、私の生徒を助けてくれて。な、仲間の人が……助けてくれたって聞いた、から……」

 訥々と、溶けてしまいそうなか細い囁き声で、レイスは礼の言葉を口にした。


「あ、ありがとう……ございます」

 彼女は丁寧にお辞儀をすると、その姿勢のまま霧になり、風に乗って飛んでいく。

 取り残された男達は彼女が立っていた場所を、あんぐりしたまま見つめた。

「い、言いたいことだけ言って、さっさと消えやがった」

 我に返ったラーキンが不満半分に答える。


 「……もう少し引き止めておけば、身柄を抑える時間稼ぎになったんでしょうけど。先輩って説得役には向かないんスね」

 調子を取り戻したナギーが冗談めかして話す。

「うるせぇ。テメエはいちいち突っかかって、ケチ付けて来やがってよぉ。生意気ったらありゃあしねぇ」

「言っときますがね、先輩。オレだったら、あの女先生呼び止めるのに、上手い口説き文句の一つや二つ、スグ思いつきましたって」

「言ってくれるなあ、新人サマよぉ!?」

 言い合いを始め出すラーキン達。

 そんな二人にロメオの隊員が声を掛けた。

「お取り込み中に失礼。お客さんだぞ」

 彼が指さす先、炎上する旧校舎から、千切れた蔦が芋虫じみた挙動で這い進んで来ていた。まだ息のある部分だけが、個々に活動しているのだ。

「ええい、次から次へと」

 ブラックドッグズの傭兵達は武器を手に斜面の左右に展開。戦闘態勢に入る。

 ラーキンもブラスタを抜いて構えた。


 騒乱冷めやまない学園の空に、ブラスタの銃声が轟いた。



『ブラックドッグズ・ザ・ゲットアップ』

 パイロット版……了。



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