第11話
学園の正門を、黒塗りの装輪装甲車が猛スピードでくぐり抜ける。車体にはスプライト社の社名とロゴが刻印されていた。
その後ろから保安局の青いSUVも追走してきた。物々しい車列はサイレンを鳴らしたまま中庭を横断、校舎正面まで、一気に乗り込む。
「降車。行け、行け! 止まるな!」
「野郎ども降りろ。急げ!」
停車するなり装甲車の後部ドアが勢いよく開かれた。手際よく降車するのは防弾衣にヘルメット、屋内戦を想定したカービンライフルで完全武装した傭兵達だ。
「ロメオリーダーから
出動命令が下りたのはブラックドッグズ所属のコマンド部隊『ロメオ』と『ジュリエット』の2チームであった。
〈全ユニットへ。学園内施設に<窓>を確認。そちらにシエラ5が向かっている。彼の案内のもと、速やかに<窓>を解体しろ〉
「ロメオリーダー了解。うん……来た。見えたぞ、シエラの
指令部と通信のやり取りを進めていると、シエラ5ことナギーと、保安局のアルバーグが合流して来た。
「おい、新入り。ラーキンはどうした!?」
傷顔のロメオ隊員が尋ねる。
「<窓>がある旧校舎に生徒が入ったみたいで、その救助に。急いで戻らないと」
ナギーは仲間から手渡される装備を手早く身につけながら説明する。
「<窓>は一年前から校舎内に遭ったみたい。内部の状況、敵集団の規模は不明」
「よし分かった。とにかく案内を頼む」
ジュリエット2が威勢よく返事をする。
「みんな聞いてくれ。<窓>は旧校舎の中だ。まずロメオが突入ルートを確保。合図を出したらジュリエットが破壊キットを持って突入、<窓>の解体に取り掛かれ」
と、ロメオリーダーが音頭を取る。
「民間人の避難はどうなる? 流石に俺たちだけでは足りんぞ?」
「我々に任せてくれ」
ジュリエットリーダーの問いに即答したのはアルバーグであった。
「学園内には既に避難指示を出してある。部下を護衛に着かせよう」
アルバーグはSUVから降車する保安局の捜査員達を指した。全員がブルゾンの下に軽防弾衣を着用、短機関銃や拳銃で身を固めていた。
「人手足りるんスか?」
ナギーが心配そうに訊いてきた。
「その為の訓練は積ませてある」
アルバーグの回答にナギーは無言で頷いた。
「よっしゃあ、そうと決まれば作戦開始だ。行くぞ、ブラックドッグズ!」
「「フラー!」」
ロメオリーダーの呼び声に、ブラックドッグズの傭兵達が掛け声で返す。これを皮切りに各々が任務を果たさんと飛び出した。
………
……その頃、旧校舎のある教室には無数の蔦が大蛇のとぐろの如く集まりうごめいていた。
旧校舎を覆い尽くす蔦たちの根幹こそが、この蔦の集合体であった。この一年、蔦は<窓>の奥から侵食を続け、校舎中を包んできた。
彼らはこの一年で覚えてしまった。
電気。この世界で普及する物質の味を。
電気は向こう側の、あらゆる養分に比べて効率良く身になる。それを知ってしまった蔦は、旧校舎内に残る電気を吸い続け、糧にしてきた。その内に電気の使い方を覚えた彼らは電気設備へ介入、電力復旧までやってのけた。このまま蔦を巡らし続けるだけで、電気は永遠に供給され続ける。
だからこそ守らなければならない。
この寄生先を。
蔦の本体は、教室内に現れた敵へ、明確な殺意を向けた。
静かに渦を巻いて吹き流れてくる黒い霧。
霧は一点に集まり、やがて塊となる。
ただの塊ではない。質量を持った霧がある形を成していく。
黒い革靴、民族衣装らしき黒い長衣に黒い上着、そしてつば広の黒帽子……順を追って作られていく女の姿。
ほう……。
己が体を作り出した黒霧を、黒衣の女は細腕で振り払う。
青白い顔を上げた女は、翡翠色の双眸で蔦の塊を睨みつけた。
「怪しい気配を辿ったら懐かしい場所に来てしまった。そう、あなた……私を<窓>に引きずり込んだ時から、ここに住んでいたのね」
怨、怨、怨……。
黒衣の女……レイス・モランのまとう影が濃くなっていく。
「貴女は生徒に手を出した。アリッサに……昔のわたしのように……」
風は吹いていないのに、黒霧も長黒髪も、燃え盛る炎の如く揺めいていた。病的な白い細面は地獄の幽鬼が如く、影に取り憑かれた、苦悶の表情。故にレイスがまとう雰囲気はおどろおどろしく、危険な冷気を宿していた。
蔦の本体はとぐろを一部ほぐして、無数の蔦を触手のように作り出す。
この生き物は危険。本能がそのように告げ、臨戦態勢を取らせたのだ。
「許せない。絶対にゆるせない……」
影はますます濃く、より重くなり、レイスの体に纏わりつく。
「ゆるせない」
突風が起きた。前に飛び出したレイスが瞬く間に蔦団子との距離を詰める。
彼女は手の先に集めた霧の塊を振り下ろして、蔦団子に叩きつけた。
めりめり。低い破砕音を響かせて、重なり合う蔦の壁が抉れていく。
レイスは抉れた箇所を目掛けて、もう一方の腕を振り落とした。
左右左右左右左右……。
力任せの無造作な連打が蔦の壁を抉り続ける。
ここで蔦団子が反撃行動をとる。展開していた触手をしならせ、レイスにぶつけようと試みた。
レイスは寸手の所で体を霧状に変化、四散させた霧を一度後方に集めて体を再構成する。
「二度とこの学園には来ないで」
再構成したレイスは両腕を霧に変え、禍々しい獣の頭部を作り出す。
犬……大きな口を開け広げる、六頭の犬だ。
「お願い。行って……」
影の犬達は頭部を蛇のようにくねらせながら蔦へ噛み付く。彼らはそれぞれが意志を持っているかのように鋭い歯を突き立て、貪り食う。
やがて削り取られた箇所から、不定形な物体の姿が露わになってきた。
<窓>だ。
しかもその中心からは束になった蔦が生えているではないか。
そう、蔦団子の本体は<窓>の向こう側。蔦だけを伸ばし、大事な出入り口を団子状に包んで守っていたのだ。
こちらの世界にいる蔦団子は、所詮は植物の先。切られてしまえば生き絶える。
<窓>だ。
<窓>さえ破壊してしまえば……。
「壊れてちょうだい。もう二度と、私みたいな人を生まない為に」
レイスは攻撃の手をより強めた。そんな中、彼女真後ろにある黒板の隙間から、触手が這い出て来ていた。だがレイスは気付いていない。攻撃に集中し過ぎているのだ。
蔦団子が触手の先端を尖らせて、レイスの背後を突きにいく。槍の如く伸びる触手。その切先は、彼女の背中を貫くこと叶わず、空中で爆ぜ飛んだ。
爆発に似た銃声と共に。
レイスは教室の入り口を見る。デッキジャケットを着た男が一人、大ぶりな銃を構えて立っていた。
「油断してんじゃねえぞ、モラン先生よぉ」
傭兵のラーキンは、続け様に特殊拳銃『ブラスタ』を連射。蔦団子の周りでうごめく太い触手を、次々と破壊していく。そんな彼にも触手が襲い掛かるが、ブラスタによる早撃ちで尽く迎撃されてしまった。
「あなた……」
レイスは恨めしそうな目でラーキンを睨む。
「そんな目をすんな。俺たち一応、化物退治も仕事なんでな。加勢すんぜ」
外からも銃声が聞こえ始めた。駆けつけたブラックドッグズが、旧校舎の壁にまとわりつく蔦へ攻撃を始めたのだ。
「要らない」
「そう言うな。団子の中に<窓>があるんだろう。人手が多けりゃ、さっさと壊せる」
「助けは借りない」
「分からず屋!」
レイスが本体を攻撃している間に、ラーキンは彼女を襲う触手をひたすら撃ち落としていく。本人たちに自覚は無いが、奇しくも互いの死角に陣取る敵を優先的に破壊していた。そんな中、ラーキンは思い出したように叫んだ。
「お前の教え子……アリッサなら無事だぞ。俺の仲間が保護している!」
「え?」
アリッサの無事を知ったレイスは、はっとしたような顔つきになる。それは彼女の安堵が表に出た証であり、油断の現れでもあった。
僅かな気の緩みが隙を生んでしまう。蔦団子はその隙を突き、触手でレイスを叩き潰す。
「え?」
床に倒されるレイス。そこへダメ足といわんばかりに大量の触手が降り注ぎ、彼女を下敷きにしてしまう。
「おい……モラン先生!?」
呼びかけるラーキンの元にも触手攻撃が迫り来る。
「うわっ。クソッタレ! クソヤベぇ!?」
彼は幾つかの罵声をあげながら、ブラスタを乱射しながら廊下へと逃げた。
その間に叩き潰されたレイスの体は、またしても霧状に変化。触手の隙間から脱出すると、空中に集結。
「無理よ」
霧の中からレイスのか細い声が聞こえて来る。片腕以外を残して、肉体を再構成。
「あなたには殺せない。あなたが<窓>の向こうに連れて行ってしまったから。こんな風になってしまったから」
最後に作り直された片腕は、またしても黒犬の頭部。今度は一匹だが、口吻は槍めいて鋭く、口からは黒い炎が漏れ出ていた。
濡れた翡翠の瞳が狙いを定める。
レイスは一点を目指して滑空。
口を開け広げた黒犬を<窓>にぶつけた。
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