第9話


 ラーキンとナギーの二人が旧校舎を出たところに、保安局の捜査員達が合流してきた。その内の一人を見たラーキンは目を丸くする。灰色スーツを纏った筋肉質な巨体。ラウンドタイプのサングラス、機械じみた冷徹四角四面のオールバック男……。


「なんでテメエが来る、アルバーグ」

「部下だけにお前らの子守をさせるのは酷だからな。それで、ラーキン。私が来るまでに良い運動をしたらしいが」

 アルバーグは旧校舎の破られた正面玄関を一べつする。ナギーは他の捜査員からの冷たい視線にアタフタしながら、ラーキンの出方を伺った。


「ああ。オタクがあんまりにも、のんびりやって来るもんだからよお。ひと汗かかせて貰った」

 ケロリと皮肉で返したラーキンは、応酬もそこそこに、一連の行動を全て話した。


「なるほど」

 アルバーグは太い顎に手を当て、じっと考える。やがて彼はラーキンに顔を向けてこう言った。

「お前にしては上出来だ。さて、ここに捜査令状がある。正式なモノがな。さっそく学園を詳しく調査したいが、これまでの状況からすると、妨害されるやもしれない。護衛を頼めるかな、ブラックドッグズ?」

 アルバーグは、灰色の上着からタブレット端末を摘んでチラつかせた。急速な電子化が進んだ今の時代、捜査令状も紙からデータに置き換わってしまっていた。


「もちろん。本職だからな」

 ラーキンは凶相に不敵な笑みを作った。

「では案内してくれ、ラーキン主任」

 ラーキンとアルバーグが先頭に立ち、一行は学園長室を目指して歩き出した。


(もしかして部長。先輩が独走すること見越してたりしていた?)

 ナギーは歩きながら小言と皮肉をぶつけ合うラーキンとアルバーグを眺めながら、ボンヤリ考えた。


 ………


 学園長室のある事務所入口は、オートロックドアとなっていて、外から入るには端末内の電子キーが必要となる。

 だがそのシステムを騙してしまえば、どうとでもなる。この場合はハイダーの力だ。


「マリ、やってくれ」

 ラーキンの合図でドアロックが解除。マリの遠隔操作によって破られたドアが勝手に開く。

「保安局だ!」

 まずアルバーグ率いる保安局が屋内に入る。秘書の女性は真っ青な顔で机下へ手を伸ばす。だがそれを見た保安局捜査員が彼女の手首を掴んで止めた。


「何なのですか、貴方達!?」

秘書が声をあげる。

「失礼、保安局治安介入部だ。レイス・モラン行方不明事件について、学園内を調べさせて頂く。捜査令状はこちらに」

 アルバーグは機械的な動作で、令状データが表示されたタブレット端末を彼女に見せた後、執務室に乗り込んだラーキン達を追った。

「これは違法捜査なのではなくて! け、警察を呼びますわよ!?」

 執務室に入ると、学園長が必死の形相で喚いていた。

「捜査の正当性ならご心配なく、学園長。捜査令状なら持って来ています」

 アルバーグはそう言ってラーキンの隣に立つ。傭兵達は「してやった」という、得意げな顔を学園長に向けた。


「少々迂闊な行動をされましたな、学園長。文民研究局に苦情を出すタイミングが早過ぎた。アレでは秘密があると、自ら言っているようなもの」

「そういうこった。オタク、レイス・モランが消えた日に旧校舎の防火シャッターを下ろしたな。何故だ。あの奥に何がある?」

 ラーキンは鬼の形相で問い質す。彼の質問に学園長の顔から一気に血の気が引く。鉄仮面の如き無表情もまた崩れ去り、ひどく怯えた様子を見せ出した。これが『答え』だ。


「……なるほど。見たんだな、アンタ、自分の目で『先生が消えた』証拠を見ちまった。それで隠蔽に走ったんだ。シャッターを閉めて電気を止め、二度と開かないようにした」

 ラーキンに続き、ナギーも口を開く。

「監視カメラも故障していたんじゃあ無い。意図的に削除して、あたかも記録が無かったように証言した。コレって偽証罪になるッスよね、部長?」


 ナギーからアルバーグにバトンタッチ。

「故に我々がここにいる。如何でしょう、貴女が知っている事、是非とも教えて頂きたいモノなのだが……」

 アルバーグが話していると、後ろで捜査員が怒号を挙げ出した。


「部長、警備員が……離せ、この野郎!」

 などと報告も間に合わず、執務室に体躯に恵まれた警備員達がなだれ込んでくる。

 その数四人。彼らは警棒や強化繊維ブラックジャックを手に、ラーキン達へ警告も無しに襲い掛かってきた。


「先輩!?」

「遠慮するな。アルバーグが何とかする!」

 ラーキンは身を屈めて殴打を回避。すかさず反撃のショートフックを叩き込む。一人倒した所に、ナギーが蹴飛ばした二人目の背中が迫る。

「あらよっと」

 胴に両手を回して拘束。腰を逸らして後ろへ投げる。バックドロップ!!


「何とかするだと? 勝手に決めるな」

 などと言い返すアルバーグは、左右からの殴打を浴びていた。片方は鋭いボディフックを浴びせ、もう片方は警棒で後頭部を殴っている。なのに本人は痛がる素振りを見せず、涼しげに返答するし、逆に左側の警備員の利き腕を掴んで攻撃さえ止めてしまった。


 形勢が変わった。アルバーグは片腕一本を振り回して、力任せに警備員を壁に向かって投げ飛ばす。そして目を剥き、啞然と立ち尽くすもう一人の顔を、大きな手で掴む。

アイアンクローがみしみしと、最後の一人の頭蓋を軋ませ、軽々と持ち上げた。

「フンっ!」

アルバーグはまたもや警備員を片手で投げた。それも学園長めがけて。

幸い警備員は彼女のすぐ隣を通過し、執務机を壊す程度で済んだのだが、学園長の心胆を寒がらせ、抵抗の意志を奪うには充分だったようだ。


「公務執行妨害も追加だ。さて……これ以上、罪を重ねますか、学園長?」

 アルバーグは灰色スーツを正して学園長に向き直る。


「我々は公安だ。必要とあらば些細な逸脱さえ是とし、任務を達成する。例えばここにいる二人は保安局所属ではあるが、実態は当局と雇用関係にある傭兵だ。従軍経験があり、表沙汰にはできない裏の仕事も請け負ってきた。実際に彼らが尋問を担当すると、。その理由はお分かりかな?」

 アルバーグはスタスタと学園長の下へ歩み寄る。灰色スーツの男が機械的に距離を詰めていくに連れ、学園長の崩れた顔はますます蒼白になっていき、体も目に見えて激しく震えだしていた。


「あの先輩……もしかして部長って……」

 ナギーはチラリとラーキンを見る。

「なんだ?」

 警備員たちを拘束していたラーキンは、ギロリと上目遣いに睨み返してきた。

「な、なんでも無いっス」

(実は先輩と似た者同士だったりします?)などと安易に言える雰囲気でも無く、ナギーは曖昧に首を振った。


 一方の学園長はとうとう限界を迎えたらしく、両手で顔を覆い、膝から崩れ落ちた。

「えげつねえ脅し方しやがって」

 拘束を終えたラーキンが学園長の横にしゃがむ。

(他人のこと言えないと思うなぁ)

 ナギーが内心ツッコミを入れているのもつゆ知らず、ラーキンは学園長に質問した。


「今度こそ正直に答えろ。アンタ、旧校舎で何を見た」

 学園長は薄唇をワナワナ震わせて、小さく動かしだした。だが肝心の声が出ていない。喉が内側で閉まっているかのように、口の奥から漏れ出るのは、苦しげな音ばかり。


「……ち」

 学園長がようやく声を発した。男三人が視線を合わせていると、彼女が続きを話し出した。


「血が床いっぱいに……廊下の奥まで、こびりついて……その中に落ちてたんです、ペンダントが……」

「ペンダント?」

「モラン先生のペンダント。間違いありません……亡くなったお母様の形見だと、ずっと大切にしていましたから。それが、血だまりの中に、落ちていて……」

 学園長は嗚咽を漏らしだした。これまで押し込めていた感情が、止まることなく表に噴き続ける。


「旧校舎に入ったのはいつだ?」

「せ、先生が居なくなる前日の晩」

 学園長は肩で息をしつつ、話し続ける。

「モラン先生が頻繁に旧校舎に出入りしていると聞いたもので。生徒が真似を……したら、事故に繋がるといけないから……注意しに行こうと……そうしたら、あんなモノが」


「どうしてシャッターを閉めた。警察に連絡する事だってできた」

 そう口を挟んだのはナギーである。すると学園長は首を左右に振った。

「わ、分かりません。あの時は気が動転して……が、学園で事件が起きたとなれば、世間から要らぬ関心を買う。由緒正しき学びの場であるこの学園の名に、消えることのない穢れが永遠について回る……などと考えてしまったのかしら。ええ、どうか……していましたとも」

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