第8話
ラーキン達は一先ず場所を変える事にした。
白磁の校舎の裏手側にある中庭は人気も疎らで、しんみり静かであった。
「アリッサって言います。中等部の、さ、三年生……」
ガボゼのベンチに腰を下ろした女生徒は俯いたまま、訥々と話しだした。
「アリッサちゃん。先生は学園を辞めて無いって言ってたッスね」
隣に座るナギーがゆっくりと話しかけた。
「はい。せ、先生と約束したんです……居なくなった日に、勉強教えてくれる約束」
「約束したのはいつ?」
「前の日だったと思います。ま、待って……」
アリッサは制服のポケットから小さな手帳を取り出した。そして震える小さな手でページをめくっていく。
「あ、ありました。コレ、この日。先生と約束した日です!」
と、小さな指でカレンダーを指さす。予定には確かに『午後七時半 モラン先生 勉強 旧校舎』と、丸い文字でメモ書きがされていた。そしてこの日は、レイス・モランが行方不明になった日でもあった。
「辞める予定の人間が、生徒と会う約束立てるか?」
二人から距離をとって柵に体を預けていたラーキンが、疑問の声をあげた。
「先生、ずぅっと前から、ワタシに勉強、教えてくれてたんです。先生の担当、社会だったんですけど、すごく苦手で。それで先生にお願いして……その日も、いつもみたいに約束したのに。でも会えなくて。そうしたら次の日に、モラン先生は体の具合が悪くて突然、辞める事になったって……学園長先生から聞いたんです。でも……」
アリッサは手帳を閉じると、すぅっと小さく息を吐いた。
「そんな感じは無かった気がします。たぶんいつも通りだったと思います」
(レイス・モランと最後に会った生徒。色々と情報を聞き出せそうだが)
ラーキンは触れたら壊れそうな雰囲気の少女にどう接したら良いか、すっかり困惑していた。
そんな彼をさし置いて、ナギーは相変わらず落ち着き払った様子で質問を続ける。
「メモ張には勉強場所も書いていたッスね。そう、旧校舎。それはどうしてかな。勉強なら教室でも出来るだろうに」
「旧校舎には使わなくなった古い教科書とか、図書館で読まれなくなった本が、たくさんあるんです。先生、授業の参考にするって、いつも旧校舎へ本を探しに行ってたから。気がついたら勉強場所になってたんです」
「先生が居なくなった日、旧校舎には行ったかな?」
アリッサは小さく頷く。しかし、直ぐには言葉が出てこなかった。
「入れなかったんです。いつもは開いている玄関、鍵が掛かっていて……アレからずっと、入れないままで」
ラーキンは咄嗟に端末の捜査資料を開く。
学園内の捜索記録……検索……印とメモで埋め尽くされた全体図……表示。
拡大……移動……旧校舎と書かれた建物……施錠中……注釈。
『証言者・学園長。『旧校舎は室内の損傷が激しく、以前から全出入口を施錠、立ち入り禁止にしている』。施錠箇所を確認したが、開けられた形跡無し。被害者が入室した可能性は低い。捜索は建物周囲のみ実施。痕跡を発見できず』
ラーキンは深いため息を吐き、天井を仰いだ。
「旧校舎は確かに古いですけど、壊れても無かったです。それに、施錠されたの……モラン先生が居なくなった日からだし」
アリッサは男二人を交互に見ながら、必死に言葉を紡ぐ。
「あの学園長。叩いた分だけ埃が出てくるようだぜ。絶対に何か知ってるぞ」
ラーキンがボソリと言う。
「アリッサちゃん、ありがとう。すごく参考になった。ですよね、先輩?」
ナギーはすっと席を立ち、ラーキンを一べつする。
「あ、あの……先生は無事なんですか?」
二人の様子を怯えるように見上げるアリッサ。それに気づいたラーキンが口を開く。
「なあ嬢ちゃん。アンタ、ずいぶんモラン先生と仲良かったみてえだな」
「え、はい……」
「コレは秘密だがな、モラン先生は生きてるらしい」
途端にアリッサの強張っていた表情が、驚き一色に変わる。
「ど、何処!?」
「今それを、オレ達が手分けして探している。この学園に来たのもその為だ。必ず見つけ出して、また合わせてやる。だからさ、下ばっかり見るな。先生の顔見れるように顔を上げて待っていろ」
呆れる後輩を尻目に、ラーキンは不敵に笑ってサムズアップをしてみせた。
………
「ちょっと先輩。守秘義務、ちっとも守れてないじゃないっスか」
「るせぇ。ガキを宥めるくらい良いじゃあねぇか。そんな事より旧校舎。道を間違えてなきゃアレがそうだ」
アリッサと別れ、彼女から教えられた道を歩いた二人は、迷う事なく旧校舎にたどり着いた。どの建物と比べても圧倒的に老朽化しており、外壁はおろか窓さえもツタや葉っぱで覆われて、緑一色と化していた。
そんな緑の建物の正面玄関は、話の通り太い鎖と南京錠でしっかり施錠されていた。
ラーキンは早速扉に手を伸ばす。
「待った、先輩。勝手に入るつもりじゃないっスよね?」
すかさずナギーが声を掛ける。
「そのつもりだが、どうした?」
何を当たり前なことを。そんな顔つきでラーキンが答える。
「まずいっスよ。令状無しに勝手に建物に入って調べるなんて。絶対ヤバい」
「おいおい。今さら令状なんて、アルバーグみてえに野暮なコト言いやがって」
不機嫌に腕を組むラーキン。
「野暮でも結構、それが常識ッスから。ほら、マリちゃんだって居るんだし、適当に一枚用意して貰いましょう。有れば心強い」
「面倒くさい」
「面倒がるな!」
などと言い合いながら二人は扉に背を向ける。
そして間髪入れずに、ラーキンはこんな事を口走りだした。
「あのさ。中から声が聞こえたよな?」
「へ?」
脈絡の無さにナギーは反応に遅れる。
「いやだからさ。『助けてー』ってさ。助けを求められてるのに無視なんて出来るか?」
「いや先輩。その手はダメ……」
止めに入ろうとるナギーの前で、ラーキンは強引に扉を蹴破った。扉は老朽化の末に脆くなっていて、南京錠ごと簡単に外れ、倒れてきまう。
「よおし。入るぞ!」
ラーキンは意気揚々と中に侵入。もはや掛ける言葉無しと諦めたナギーも、渋々ついて行った。
………
旧校舎の中は長らく放置されているだけあって、非常に汚れていた。しかし、表向きに説明されている「老朽化による激しい損傷」の類いは特に見られなかった。
「どの部屋も物置みたいにされてますね」
ナギーは教室を覗いて言った。
教室という教室に、埃を被った書籍から、壊れた実験道具、カビだらけのマットなど、様々な物品が無造作に押し込められている。
「アリッサとモランが補習に使っていた教室は一階西側、一番端だったな。足元に気を付けろ、じきに日も沈むから余計に暗くなる」
夕陽が僅かに差し込む薄暗い廊下を、二人は進み続ける。聞こえるのは彼らの足音に静かな息遣い。他は全くといって良い無音で、生き物の気配すら感じられない。
やがて二人は、廊下を塞ぐ防火シャッターにぶち当たった。耐火性のある鉄のシャッターは山の如く鎮座し、向こう側の様子を見る事はできない。流石のラーキンもシャッター相手に強行突破などできる筈も無く、足を止める他なかった。
「センサと連動して自動で降りて来るタイプっスね。校舎は三階建てだし、他に迂回路が無いか見て来るっス」
踵を返してナギーが元きた道を戻る。ラーキンは端末でマリを呼び出した。
「マリ。防火シャッターに進路を塞がれている。そっちで開けられないか?」
〈うーん……無理だね、コレ。校舎の電気止められているみたい。これじゃ、入り込む事はできないな〉
「シャッターを下ろした後、電気の供給を止めた?」
〈そうかもね。どこかに予備電源がある筈。開けるには、そいつを動かさなきゃ〉
などと話していると、困り顔のナギーが戻ってきた。
「ダメっスね先輩。上の階もおんなじ、シャッターで行き止まりになってます」
「……窓割って外から入るか?」
「そう言うと思ったし、絶対にやらせません」
「わぁったよ」
ラーキンは残念そうにため息をついた。
「そうだ、マリ。お前さん収穫はあるか?」
〈あり・をり・はべりの大有りだよー〉
謎の返答の後、共有ホログラムがラーキンらの前に投影された。
6つの小さな枠には、その内5つには形の異なった門が映し出されていた。そして残る1つの枠だけが灰色一色で固まったまま。
〈事件当時の防犯カメラの映像。証言通り、裏門だけ映像は残ってなかった。記録が無いのは事件の前日からの三日間〉
「カメラが使えなかった期間も証言通りだな。つー事はよ、裏があると思って良いな?」
〈正解。カメラに潜ってエラー履歴を遡ったけど、一度も故障してなかったし、復旧した時のコードも無かった。映像が残ってないのは故意だね、うん〉
「削除された?」
〈ご名答。学園のエンジニア、迂闊だったねぇ。しっかりログが残ってたよ。削除コマンドが実行された跡がさ。さてさて、手札は渡したからさ。あとは頑張りな名探偵さん?〉
ホログラムが弾けて消える。通信を終えたラーキンはナギーに顔を向けて言った。
「もう一度学園長に会に行く。ふざけたお遊戯もコレで終いにするぞ」
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