第7話
「収穫無しっスねぇ……」
ナギーは徒労感を露わにボヤいてみせた。
学園長との面談を終えた二人は、木漏れ日の下を並んで歩いていた。他を探すアテは無い。一先ずは車に戻り、作戦を練り直すほか無い。
「ああ。何にも無かった」
「せめて先生の部屋が、そのまま残っていたら、少しばかりは収穫らしい収穫、見つかると思ったんスけどね。つーか、学園長も淡白っスね。部屋が足りないからって、いつ見つかるかも分からない人の荷物、勝手に処分しちゃいます?」
ナギーが急に足を止めた。そして、こう口走りだした。
「……本当に荷物を処分した理由、それだけなんスかね?」
ラーキンも足を止めて、暗い顔の新入りに胡乱な目を向けた。
賑やかな男が黙っているせいで、遠くの女生徒達の活気付いた談笑すら聴こえてくる。
「何が言いてえんだ?」
「いや、少し気になってんスよ。あの学園長、先生の写真を見た時に『良かった』って言ってたっス」
「あー……それは俺も聞いた。てっきり彼女の生存が分かって安堵しているんだと思ってたが……」
二人は急に何かに気づいたのか、はっとした顔を見合わせた。そして、声を揃えてこう言う。
「「もしかして、死んだと思っていた?」」
再び気まずい沈黙が二人の間を流れる。それを先に破ったのは、またもナギーだった。
「モヤモヤするっス、やっぱり。捜索はまだ続いてるんスよ。生死は不明で帰ってくる可能性もある。いくら早とちりだとしても『死んだ』なんて、すぐ決断下すもんスかね?」
「こういうのはどうだ。モラン先生の生存が絶望的だって証拠がある。学園長はそいつを知った上で、嘘の証言をした」
「うへぇ……いよいよ俺たちの専門から離れていきますけど。そろそろ介入部の手、借りた方良いんじゃないッスか?」
後輩の発言に、ラーキンは三白眼をより吊り上げた。
「根性ねぇな、新入り」
「先輩だってこの手の分野は門外漢って、言ったじゃないッスか。やっぱりここは専門の、それこそ部長達の出番だと思うッス」
などと話していると、ラーキンの端末が着信音を鳴らした。相手の名前を見た途端、ラーキンの凶相が一気に萎んだ。
「お前が名前出すから……アルバーグから掛かってきやがった」
八つ当たりもそこそこに、ラーキンは渋々通話に出た。
〈まだ学園に居るのか?〉
アルバーグの酷く冷たい声。ラーキンは大きな舌打ちをして、答えた。
「ああ。レイス・モランが行方不明になった日のこと探っていた」
〈たった今、文民研究局の知り合いから連絡が来た。聖百合庵の学園長が、保安局の違法捜査について、苦情を入れてきたらしい。加えて今後は生徒の安全のため、二度と学園に立ち入らないよう、強く抗議したそうだ〉
途中からスピーカーに切り替えたお陰で、傍らのナギーにも事情が聞こえていた。困惑するナギーを尻目に、ラーキンは凶相を作って言い返す。
「まさかテメエ、俺たちに説教垂れる為に連絡して来たってのか。正規の手段を踏まず、何たる不届き……とか何とか。んな事に時間を使ってる暇があるんなら、俺たちが帰った後、直ぐ文句入れてきた学園長を疑えってんだ」
〈同感だな〉
「そうだろう、同感だろ……え?」
予想だにしなかった答えに、ラーキンは三角の目を瞬く。
〈身近な権力に掛け合い、我々の行動を制限したかったのだろうが、行動が早すぎたな。何か焦るようなきっかけがあったのかもしれない。何を聴いた、彼女から〉
意外な答えに傭兵達は顔を見合わせた。
「……アレっスかね。モラン先生が生きているかもって、知ったから」
〈ラーキン?〉
アルバーグの声のトーンが一段下がる。彼女の情報は表に出してはいけない、という取り決めであったのだ。それなのに、ラーキンは極秘扱いの画像を思い切り見せている。
ラーキンは鬼の形相でナギーを静かに威嚇すると、端末の向こう側に取り繕った。
「け、結果オーライだろう。学園長がボロ出したんだし。そ、それに幾つか気になる事もあってだなぁ」
話を逸らすついでに、ラーキンは面会で見聞きしたことをアルバーグに打ち明けた。
〈……ふむん。学園長は一年前と同じ内容を、ハッキリ証言できたのか〉
傾聴していたアルバーグが徐に言葉を発した。彼には学園長に負けず劣らず、声に抑揚は無く何を考えているのか理解し辛いきらいがあった。
(やべえ、マジで怒らせた?)
ラーキンは内心ビクビクしながら答える。
「お、おう。内容は昔と変わらん。完璧に差異無し。証言のどこかに粗があると思ったんだがなぁ」
〈確認したい。君たちは本来の手順を無視して突然乗り込んだ。つまり学園長は、レイス・モランについて、聴取を受ける用意など無かった〉
「それがどうしたよ?」
〈用意も準備も無い人間が、言い淀みも無くスラスラと、一年前に起きたことを答える。そんな事が可能だろうか?〉
あっ。ラーキンは目を見開いた。
〈記憶は変性する。外的要因、心境の変化、認知の修正……要素は様々だが、時間が経過している以上、大なり小なり何かしらの齟齬は現れても良いものだ。特に非日常的な事件の記憶であれば、尚更な〉
彼の言葉でラーキンは抱いていた引っ掛かりの正体に気付いた。
隙も粗も無い証言。一見すると妥当で正当性はある。だが……。
「嘘の証言を予め『作っていた』」
〈あくまで可能性の一つだ。一年前、彼女は警察の捜査に先立ち台本を練った。当時は粗も多少はあっただろうが、一先ずの追求を逃れる事ができた。君たちが聞いたのは、時間を経て更に洗練された『完璧な証言』である、というのが私の考えだ〉
スラスラと出てくる本職の推理に、ラーキンは唖然とする他なかった。
〈レイス・モランの行方不明事件、掘り下げる価値はあるらしい。学園に捜査班を送る。君たちは彼らと交代、一先ず撤収しろ〉
「ええ? ここまで来てソイツは無ぇだろう、アルバーグ!?」
と、ラーキンは抗議する。
〈ブラックドッグズはアサルトチームだ。『刑事ごっこ』は本来の仕事でも無いだろう。良いか、馬鹿な真似はするな。以上、通信終わり〉
通話は一方的に切られた。
ラーキンが凶相を真っ赤にして、口汚く罵りまくる横で、ナギーはこっそり笑いを噛み殺す。
「クギ刺されちゃいましたね、先輩」
「自分から掛けといて、自分から切りやがった。あの野郎……刑事ごっこだと!?」
などとひと通り騒いで落ち着いた後、彼は端末で別な人物に連絡を取った。
「マリ、そっちの首尾はどうだ?」
〈んー……もうちょいかな。学園のセキュリティは潜ったし、後は何処に何のデータが残ってるか、探し当てるだけなんだけど〉
「よし、そのまま探れ。特にレイス・モランの退職日……行方不明になった日の防犯カメラの映像を見つけたら直ぐに教えろ。頼んだぞ」
「さっき部長に止められたでしょう!?」
即座にナギーが止めに入る。
「煩え。あのむっつりグラサンは、馬鹿な真似はするなと言った。証拠探しは馬鹿な真似か? 違う、立派な捜査活動だろう」
「なんつう屁理屈……」
二人がワイワイ騒いでいると、
「あのぅ」
弱々しい声が二人を呼んだ。しかし声量があまりにも小さく細く、二人は全く気づかない。
「あ……あのっ!」
声の主は力をこめて声量を格段に上げた。
ようやく二人が振り返ると、女生徒がオロオロした様子で立っていた。
学園長に会う前、道端で目が合った娘である。それに気付いたラーキンは、困惑気味に剃り上げた頭の横を掻いた。
「君、ええと……」
「あの……その……お二人は刑事さん?」
怯えた様子で女生徒が尋ねてきた。
「まあ、そうだな」
少し迷った末にラーキンは頷く。いちいち保安局と警察の違いについて説明していては、進む話も進まない。そう思ったのだ。
「もしかして、モラン先生のこと調べているんですか?」
「まあね。もしかして俺たちの話、聞いちゃったかな? うん、調べてるッスよ。先生が学園を辞めた日に、行方不明になってしまった事件のことを」
などと愛想笑いを作るナギー。元々顔が良いだけに、女受けしそうな笑い方であった。
「ち……違うんです!」
女生徒は大きく首を横に振る。訝しむ男たちに、彼女は震える声で続きを話した。
「あ、あの……み、みんなはそう言ってるかもしれないけど……せ、先生……学校、辞めてない、です」
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