第5話


「ええっ。マリちゃんもハイダー!?」

 運転中のナギーが素っ頓狂な声を上げた。

「ああ。ガキの頃に<窓>を潜っちまったらしい。んで、帰ってきた時には力を持っていた」

 などと答えるラーキンは、ゆっくり流れる街の景色に目を向けていた。幹線道路の交通量は多く、ナギーが運転する社用SUVも、速度を緩めて走らなければならなかった。


「手に入れた力で情報屋の真似事をやっていたのを大尉が拾ってきた。気まぐれに居所を移すもんだから探すのに苦労したってよ」

「猫みたいっスね」

 ふと、ナギーはマリの顔を思い浮かべた。その内に、あどけない丸い小顔に猫のシルエットが被りだして来たのだが、不思議と違和感は無かった。

「言われてみればそうだな。猫顔って感じだ、アイツ」

 ラーキンはドアの枠に頬杖付きながら、ぼんやり答えた。


 マリと別れてから二時間後。ラーキンも黒衣の女探しに取り掛かっていた。

 彼女と思しき人物、レイス・モランは勤務先を退職した直後に失踪した。そこでラーキン達は、最後に目撃されたであろう女学園を目指す事になったのだ。


「聖百合庵ゆりあんったら、山の手のお嬢様学校っスね。何度か近くを通り掛かったコトあるんスけど、でっけえお屋敷みたいな感じで」

「俺たちには縁も所縁ゆかりも無い世界だ。おっかねぇツラでガキを泣かすなよ新入りルーキー

 ラーキンは意地の悪い笑みをニンマリ作ってみせた。

「うーん。先輩の方が俺よりずっと強面な気が……」

 ナギーはあっさりした塩顔に苦笑を浮かべた。ブラックドッグズには女性オペレーター、スタッフも所属しているのが、ナギーは彼女らから所謂いわゆる『イケメン』認定されていた。そんな男の反撃に、当然ラーキンは気を悪くする。

「ンだと?」

 目を剥いて難癖付けようとした所で、彼の携帯端末が着信音を鳴らした。


「マリだ。噂をすれば何とやら」

 共有立体映像をオンにして通話開始。男二人の間に、デフォルメされた竜のイラストが浮かび上がる。マリのアカウント画像だ。

〈どこに向かってるの、二人とも?〉

 マリの能天気な声がスピーカーから流れてくる。

「百合庵女学園。レイス・モランが働いていた学校に向かってる最中。んで、そっちの首尾はどうだ?」

〈まあまあかな。百合庵に行くんなら一つ忠告しとくね。あの学校、外部の人間とは基本的に会いたがらないみたい。訪問は必ず三日前に事前申請。アポ無し突撃は禁止ってさ〉

 どうやらひと足先に、学園の情報に辿り着いていたようだ。


「でも俺たち、下請けとはいえ保安局所属だし、事件捜査のためって言えば通して貰えそうな気がするんスけどね?」

 ナギーが横から話し掛ける。

〈どころがぎっちょん。例のモラン先生が行方不明になった時も頑なだったみたい。都市警の担当者たち、その都度アポ取りやってたって、捜査資料にも書いてる〉

「相変わらず仕事早えな……」

 彼女の仕事ぶりには、ラーキンも舌を巻いて感嘆せざるを得なかった。


「感心するのも良いっスけど、どうするんスか先輩。これじゃあ今から行っても門前払いっスよ、俺ら」

 ナギーが不安げな面持ちで言ってきた。

〈お困りなら、このあたしがお膳立てしてしんぜようか? もち、追加オプション〉

 ラーキンは束ねた赤毛を掻いた。


 外部協力者への報酬は、会社の経費から支払われる。あまり使い過ぎると総務が煩い。特にこの所は、実入りの少ない警察業務に対して「経費削減」の旗印が盛んに掲げられ、主任のラーキンも肩身の狭い思いをさせられていた。

 しかし、今はやむを得ない。僅かな手掛かりでも無駄にはできないのだから。

「残りの支払いに上乗せする。やってくれ」

〈毎度あり。仕事はそっちに行く間に済ませておくね。ラーキン、端末借りるよ〉

 通話が切れた。ラーキンは、ため息ひとつもらして端末の画面を後部座席へ向ける。


 不審に思ったナギーが質問しようとすると、端末の液晶画面から小さな稲光が出てきた。

「しゅわっち!」

 稲光は即座に人の形になって後部座席へと着席。僅か二秒の間にマリの姿へと変わった。


「うえぇっ!?」

 盛大に驚くナギー。

「ほほう。久々に良いリアクションを見たねえ。ブラックドッグズのみんな、最近はすっかり見慣れちゃったのか、反応薄いのよ」

 気を良くしたマリはしたり顔で何度も頷いてみせた。


 強い衝撃を受けた新人とは打って変わり、ラーキンの方は平然としていた。

「すぐ来やがったが、本当に根回ししてくれたんだろうな?」

「もちモチのロンだぜ、水兵くん」

「水兵じゃない、海兵だ」

 ムっとした様子でラーキンは言い返す。

「そう怒るなって。端末見てみ。面会希望受理のメールが学園から送られてる筈だよ」

 マリの言う通りだった。学園からメールが届いており、学園長との面会許可と指定日時、場所が記載されていた。


「自動送信される仕組みだったから、弄るのは簡単だった。コレを盾に学園には入れる。あとはそっちの腕次第だかんね、頑張りな」

「……感謝する」

 ラーキンは端末をポケットに押し込むと、渋々礼を述べた。

「新入り、とりあえず慣れとけよ。マリはこんな感じで電子機器を行ったり来たりできる。んで、アレコレ内側から弄れるんだとよ。どういう理屈なのかは知らねぇが」

「かくいうあたしも分からないんだなあ、コレが」

 ふんす。マリは腕を組んで得意げに答える。

「……ハイダーって、本当に何なんスか?」

 置いてけぼり気味のナギーは困惑を隠すことなくボヤいた。


 ………



 聖百合庵女学園は中層階の中でも特に治安の良い、学術研究エリアに校舎を構えている。

 全寮制の学園故に敷地は広く、質素だが奥ゆかしさのある煉瓦造りの建物が、随所に佇んでいた。四方を囲む白壁や格子門も、綺麗に磨かれており、汚れは殆ど見られない。


「マジで場違いなトコ来ちまったなぁ」

 車から降りたラーキンは拍子抜けた声をあげる。合法非合法問わず建物が入り乱れるバーレルセルの市内でも、この学園だけが外界から時間ごと切り離されているようで、とにかく異彩であった。


「一応、正門の周りには監視カメラがありましたね。あと隠してるつもりだろうけど、警備システムもチラホラ。標準的な配置っスね」

 ナギーは手入れの行き届いた庭園を、ぐるりと見回して言う。


「学園長室は校舎の北側だよ。小さなお家みたいな建物だから、それを探して。あとメールに添付された入館IDさえ有れば、敷地内は自由に回れるみたい」

 後部座席の窓を開けてマリが説明する。公安の立場で捜査をする都合上、彼女を同席させるのは好ましく無かった。

「あたしは二人が迷子にならないよう、ここで見張ってるから。せいぜい頑張りな」

「おう。何かあったら端末で呼ぶ」

 ラーキンはそう言い残すと、ナギーを連れて学園長室を目指した。


 授業が終わったのだろうか、女学生達がわいわい賑やかに校舎から出てくる。活気に溢れているが所作に乱れは無く、ひどく上品だ。

 藍色のジャンパースカート風の制服は、飾り気のない質素な見た目。しかし、よく見ると生地は柔らかそうで、既製品に無い艶やかさがあった。


「先輩。もしかしてあの子たちの制服、特注品だったりします?」

 こっそりナギーが耳打ちしてくる。

「俺に聞かれても分かるかよ。それよりあんまジロジロ見んな、警戒されてる」

 ラーキンは居心地の悪さを覚えていた。女子の花園に踏み込んだせいか、彼女らが向ける視線は不審者を見るソレに近い。


「そうっスか? たぶん先輩の顔がおっかないからだと思うっスよ」

「てめえ……帰ったら覚えとけ」

「ほらまた怖い顔になってる。なぁんて馬鹿もほどほどにして、質問なんスけど」

 彼は真面目な表情を作り、話題を変えてきた。


「モラン先生が居なくなって1年経ってるんスよ。関係者の記憶、あやふやになってると思うんスけど、一体何を聞くんスか?」

 彼は端末を操作して、過去の事件資料のファイルを開いた。聴取も捜索も都市警の所轄の手で進められた。その手法に不審な点は無かったし、粗もない。


「出たトコ勝負」

 特に迷う暇も作らず、あっさり答えた。

「マジっスか?」

「仕方ねぇだろう、頭脳労働は専門じゃあねぇんだから。一応、モラン先生が居なくなった日を中心に聞くつもりだ」

 などと話していると、また女生徒の集団とすれ違った。ラーキンはその内の一人、小柄な生徒と目があった。


 切り揃えた前髪の下には、つぶらな小さな双眸があり、顔立ちも幼さ残る丸い童顔。どこか人形然とした少女であった。

 ラーキンはまた視線を外して前を進む。目が合ったのはほんの偶然。わざわざ二度見する必要も無い。そう考えて彼は話を再開する。


「規模は縮小しているとはいえ、捜索はまだ続いている。再訪問してまた話を聞いても怪しくはねぇだろう」

 などと言いながら歩いていると、やがて目当ての建物が見えてきた。



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