第26話 MP回復可能クラス【詩人】
愛機エルヴズのピサラに搭乗し、アイノは今日もモンスター討伐にでている。今日はカレリア側に侵入し、敵部隊の動向を監視していた。
最近越境するモンスターが増えてきているのだ。
モンスターの動きも活発になっている。
相手は魔石を使い補給要らず。誰が開発したかは不明だがゴブリン用の機関砲など武装が開発されている。弾丸の補給は必要のようだが、弾切れになるとサーベルをもって襲ってくる。
カレリアの地では抵抗する人間を捕縛しているという噂もあり、モンスターの殲滅は必須であった。
「レベルが上がって使える詩も増えた」
彼女が欲したもの。
それは狙撃能力であり、偵察能力であり、支援能力であった。支援系スキルは当然自己も対象だ。
アイノが自分の所得できる範囲で考え抜いたブランチとクラスの組み合わせ。ソロでのダンジョン攻略も視野に入れたものだった。
「ん? あれは」
フィンランドとロウヒが支配するカレリアへの道は一本しかない。南ラッピは80%以上が森林で占められている。
冬戦争でも戦区となった歴史がある。その時は僻地での戦闘にも関わらずフィンランド側は1100人、ソ連は4000人もの死者が出た。
「冬戦争、か。あの時は人間同士。内通者もいたと教わったけれど。相手はヒーシだから気分的には楽かな。――遠慮無く倒せるから」
森林や湖、雪。天然の障害が存在する以上、大きな部隊展開は厳しい。
冬が深くなると気温はマイナス40度を下回る。
「あれからもう12年か」
彼女の両親が殺され、片腕のスプライトとトナカイに助けられた
あの日も思い返すと11月を過ぎた日だった。
「私は今ミルスミエスに搭乗している。ヒーシにも対抗できる。そして――今はルノイ。ヴァーキが使える。MPにも余裕がある」
彼女のミルスミエスのクラスは【ルノイ】。世にも珍しいMP回復速度上昇が可能なクラス。
ヴァーキ主体の小隊では奪い合いが起きかねないほど貴重なクラスだ。
ピサラは人型の機動兵器とは思えない滑らかさで、森を進む。
「おかしい。ゴブリンが多い」
ゴブリンやオークは、ロウヒのダンジョンから溢れ出たものが多い。
モンスターは徘徊し、人里を無差別に襲撃する。
人間をさらうという伝承もあるせいか、連行されてしまう住人もいる。
どうなったかは誰もしらない。モンスターの生態はいまだ不明だ。生身があるゴブリンみたいに種族として成立している連中もいれば、機械の体を持つトロールなどもいる。
「レーダーと望遠機能で――」
スプライトは身を伏せ、偵察行動に専念する。
遠望レンズが姿を捉えた。
「ゴブリン、オーク、オウガ。――主力戦車だなんて。ノヴゴロド連邦製の兵器まで運用しているというの?」
ノヴゴロド連邦の主力戦車は21世紀には北極圏での運用を検討していたという。
乗員も全て車体内部に収められている。車体内部から砲塔まで管理する装甲カプセルの構造は旧式のT-14アルマータから引き継がれ、各国の戦車開発に影響を与えた。
「戦車も最新鋭。T-30アゴーニ。空にはKa-70に……BPT300! さらには怪鳥。あんなものまで!」
最新鋭戦闘ヘリKa-70ククースカ。周囲に随行している巨大なボールに二重反転ローターを装備した飛行物は21世紀前半から開発された無人ヘリコプター。いわば大型のドローンだった。
怪鳥型戦闘機はロウヒの手下で有名だった。半ば生物のようなこの機体には第五世代戦闘機も無力だろう。
「きついな。兵器パイロットはおそらくとりわけ頭の良いゴブリンかオークか。――最悪な想定だと幻想に支配された人間。おそらく同盟関係にあるアルカイム連邦からの増援か」
簡単には解読不可能な量子回線を通じ、ラッピ猟兵旅団の前線本部に報告を行う。
ミルスミエスとて戦車相手には分が悪い。戦車を撃破できる攻撃魔法の遣い手などごくわずかしかいないのだ。
「大規模侵攻を確認。T-30やKa-70を含めたノヴゴロド連邦製の兵力にモンスターの一個大隊規模と予想。すぐに防衛準備に入ってください」
「了解した。君はすぐ戻ってくれ」
通信兵がすぐに指示を出す。貴重な情報だ。ラッピ猟兵旅団だけで対応できるかも不明だからだ。
「足止めします」
アイノが無表情に答える。
このまま進軍が続くと、サッラの町が燃えてしまう。
――人はもうそれほどいないけれど。
それでもアイノにとって故郷ともいえる地になっている。
「単機で無茶を言うな! すぐに戻りなさい」
ミルスミエス乗りは正規軍ではない傭兵だ。軍の支配下にはないが、このような哨戒任務は軍からの依頼だ。
アイノはモンスター討伐への異常な執着を持つことで有名な少女だった。
「冬戦争でのサッラの戦いでは国境警備隊は最初六人しかいなかったそうです。私にはマニューバ・コートがあります」
「あの時の相手は歩兵だ! 戻れ! それに君には人間相手に戦闘は無理だ!」
通信兵もアイノのことはよく知っている。
「通信は以上です。――
珍しく通信兵を励ますよう、明るく元気な挨拶で通信を終えるアイノ。
通信兵は絶望した。慣れないことをするなんてフラグでしかない。
至急情報をフィンランド軍全軍に連絡を入れる。
「ここで食い止めなければ。未来に繋げなければいけない」
少女の機体は今なお雪のなかに潜む。
慣れ親しんだ森ならホーム。
唯一の家族だったトナカイのサルヴィとの日々を思い出し、微笑む。
思い出の地を守るためにもここで敵の進軍を食い止めなければいけないのだ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「顕界に出てこれたな。場所は……湖。ラッピ県か。どういうことだねイネ殿」
次元潜水空母カスガの戦闘指揮所で、操舵室に問いかけるセッポ。
現在カスガは水中にいる。
「サッラに近いほうが良いと聞きまして」
艶然と笑うイネ。目論み通りの場所にカスガを浮上させることに成功したのだ。
「確かに近いが…… 湖に転移するなど、こんなことが可能だったのか」
「ジン。笑うなよ。――ここはフィンランド最大の湖。イナリ湖だ。浅い場所が多く平均水深は15メートルだが、深い場所では95メートル近く。カスガも潜水可能だ」
「イネは稲荷なれば。当然イナリに引き寄せられるのは当然でしょう? バレンツ海沿岸よりラッピに近うございますよ」
「また韻の言葉遊びか! ありがたいけど!」
そんな都合の良い湖に呆れるジン。韻が重要な日本の呪術なら確かにこの名の湖は最適だっただろう。
「せめて言霊といってくれ。――この場所は当然か。フィンランド神話とサーミの聖域でもある」
「ウッコサーリ。この小島は近代まで――19世紀まで実際に信仰されていた地なのです。しかしこの地に住んでいたイナリ・サーミ語の話者は三百人程度。記録のなかだけになる恐れもある地です」
「存在力の話になるか」
「カスガが海に浮上するよりはこの場所は最適だったな。神社の稲荷様が操縦しているとなればなおさら。――――問題は湖では身動きが取れんことが問題だ。フィンランド湾まで移動する場合だと幽世経由しかない」
「そうだな」
ジンがふと疑問に思う。
「サラマの姿が見当たらないな」
「この次元移動によるエネルギー不足で顕界はまだ無理だ。本来、顕現が難しいからなサラマは」
「そうなのか」
姫と呼ばれることに異論がないほどなのだ。本来顕現が難しい存在なのだろう。
「何かあったらすぐお前の傍に現れるさ」
「それは疑っていない」
サラマの気配は感じている。彼女ももどかしいと思っているはずだ。
「付け加えると彼女のクレームは俺の心に直接届いている。それはもう大量に」
「た、大変だなセッポ……」
その時、オペレーターのアプオレントから報告が入る。
「フィンランド国防軍の通信を傍受しました。サッラにてアイノという少女がたった一人で今から近代兵器を随伴させたモンスター大隊を足止めするそうです!」
「ジン!」
アイノという言葉を聞いてジンの傍にいたサルヴィが悲痛な叫びを上げる。サッラのアイノなど一人しかいない。
「今すぐ飛ぶぞ。サルヴィ。輸送機の操縦は可能だな?」
「当然だ。借りるぞセッポ!」
サルヴィはマニューバ・コートのパイロット候補だ。
顕界での目的はまずカスガのパイロットのためマニューバ・コートを確保することだった。
「早く行け! カスガは半潜水状態に移行だ」
二人は走って格納庫に向かう。
カスガは飛行甲板のみ、水面から見えるように浮上している。
カスガのエレベーターからシデンを搭載した重輸送垂直離着陸機<サテーンカーリ>が姿を見せた。高速飛行が可能なティルトローター機だった。
サテーンカーリの操縦者はサルヴィだ。
「行ってこいジン。女一人ぐらい救ってみせろ」
飛び立つサテーンカーリを見送りながら、セッポは祈るように呼びかけた。
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いつもお読みくださりありがとうございます!
モイ!(やあ)はツイキャスではお馴染みですね。そういえば最近あまり見ないですが……
モイモイ!だとさよなら! ばいばい!になります。サヨナラ!にするとニンジャっぽくなりますね!
【Runoi/ルノイ】
フィンランド語で詩をうたうことで魔法を行う呪術師やシャーマンを指す言葉。詩はruno。
詩は古代カレリア人やフィンランド人には予言者、歌い手、魔法使いなどの役割があったそうです。
綴り的にもゲルマン語由来の日本でもお馴染みルーンですね。秘密、知識などを意味する言葉です。
英語のルーンはフィンラドのフォークソング由来という説もあるとか(フィンランド語Wikipediaより)。
この世界では詩人はバフ、デバフ、そしてMP回復の超重要クラス扱いです。赤○いないから詩人しか……
ソロ詩人のMP回復収支は最終的にはプラスになりますが時間が必要という設定です。MP回復速度アップ、のようなものですね!
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