幻想冬戦争
第25話 サルパライン
サルパライン――かつてロシアとの国境を示す。フィンランド南部ヴィロラハティの海岸沿いからラッピのサブコスキまで続く、今や遺跡となった要塞線である。
モンスターがサルパラインで示されたフィンランド国境を越えようとしていた。
一メートルの柵も数メートルの機械の器をまとっていれば、何の問題もない。
雪原迷彩ではなく、純白の機体。
雪に溶け込んだミルスミエスは長い間、その場所を動いていないようであった。
指揮官機であるオウガは頭もよい。補佐のオークシャーマンは火力も高い。
周囲にいるアイスゴブリンは雪原対応した機体に搭乗している厄介なゴブリンだ。
「――ッ」
雪から突き出た砲口から発せられる砲弾は、オークシャーマンを狙撃し撃ち抜いた。
コックピットを撃ち抜かれ、停止するオークシャーマン。
『ギャギャ』
耳障りなモンスターの威嚇が聞こえる。
号砲が響くとともに、アイスゴブリンが一機、また一機と倒されていく。
機械のモンスターたちは狙撃地点を割り出した。
丘陵となっているまばらな森林から雪に埋没しているミルスミエスがいる。
アイスゴブリン部隊が雪原を軽やかに移動する。軽量化、脚裏を大型化して雪に埋もれないよう改良されている機体だ。
「――殺す」
パイロットが呟き、ミルスミエスが立ち上がった。旧式のエルヴズだ。
ミルスミエスのパイロットはうら若き少女。
スナイパーに相応しい鋭い視線を持つ、トゥヘッド――白金色の髪色をした少女だった。
雪原のなか、スキー板も使わず疾走するエルヴズ。
距離を取り、アイスゴブリンを一機ずつ丁寧に処理していく。
「生きては逃さない。お前達を殲滅する」
スナイパーライフルは弾切れとなった。
エルヴズはミルスミエス用の短機関銃と、サーミの道具であるベスリを模した大型のナイフ。背中に装備しているATM二門のみ。残ったアイスゴブリンは二機だ。
アイスゴブリンもライフルで武装している。
しかしパイロットが駆るエルヴズは決して射線を通させない。
木々をすり抜けるように移動し、反撃する。
短機関銃程度では大きなダメージは与えられない。
「――ゴブリンに撤退はない。ならば殲滅するのみ」
部隊に大きな被害がでたら、半数を超えないうちに撤退する。
これが現代人類の考え方だがモンスターには通用しない。
「鋼のヴァーキ!」
ナイフにヴァーキを宿らせ、ゴブリンの装甲を斬り裂く。
ゴブリンは銃を向けようとするが、エルヴズは大きく跳躍し、上から突き刺すかの如くゴブリンのコックピットを貫く。
「あとは――」
オウガ。一番厄介な相手だが――
「動けないでしょう? 初めて受けたみたいね。――これがデバフ。雪があると便利」
パイロットのオウガは焦っていた。自分の機体だけ、吹雪が増し機体が凍り付いている。
背中のATMを二門同時に展開し、動きの鈍ったオウガに向かって放つ。
轟音とともにオウガの胸部装甲表面で爆発が発声する。貫通はできなかったようだが、確実にダメージを与えた。
「――♪」
少女は謳う。
ヴァーキに語りかけるように。
『ヴァアア』
オウガが吼え、巨大なハンマーを振り上げた。
エルヴズの軽装甲ではひとたまりもないだろう。
しかしその振り上げたハンマーが振り下ろされることはなかった。
オウガは両膝を地面に落とし、しばらくすると爆発した。
「スリップダメージはどうだったかしら? ――でかぶつ相手にまともにはやりあえない」
少女が吐き捨てた後、エルヴスは周囲を警戒しながら残骸から魔石の回収に入るのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
サッラのモバイル要塞に戻った少女。この場所は正規軍であるラッピ猟兵旅団の部隊が駐在し、軍がダンジョンを探索する傭兵などの支援も行っている。
「
補給を終え、愛機に戻ろうとする少女は軍の青年に呼び止められる。
アイノと呼ばれた少女は無表情で振り返る。目付きは悪いが美しいトゥヘッドに、白いパイロットスーツ。幼い外観もあり雪の妖精と噂されるほどだ。
「何か用ですか? マティアス」
マティアスと呼ばれた青年の顔も険しい。
ラッピ猟兵旅団の若きエースだった。
「用ですか、じゃない! 軍の依頼は偵察だったはずだ」
「倒せそうだったので殲滅しました。威力偵察の一種です」
「君は一流の傭兵なんだ。単機で無茶をするな」
「違います。一人でだから戦える。私に連携は無理」
「なら何故支援のクラスを取った? 君の力があれば我々はもっと有利に戦える」
「何故でしょうね。自分でもわかりません。
駐機体勢を取る愛機のエルヴズに乗り込むため、立ち去るアイノ。
無念そうに立ち去るマティアス。
酒場の前を通り過ぎるアイノをみて、傭兵たちは口々に噂する。
「あのパイロット。若い女だったんだな」
「ブランチはスカウト・スナイパーだ。モンスターに目の前で両親を殺されたらしくてな。淡々と狩り続けている。あのエルヴズももう買い取ったという話だぜ」
「あれは五年前の機体だろう。後継機のピクシーが出回っているはずだ。それにトロールのほうが装甲が厚い。何故エルヴズなんかに……」
エルヴズはマニューバ・コートの後継機。新たなカテゴリであるミルスミエスの初期型だ。
「ヴァーキ適性が高いらしいぞ。エルヴズはヴァーキ補正が高いからな。しかもあの女。クラスも相当レアな奴だ」
「へえ。どんなクラスなんだ?」
「クラスはえーとルノイ――詩人だ」
「ハァ?! 詩人が戦闘で何の訳に立つんだ」
「韻を踏んで詩を吟じると魔法が発動するしいが…… 詩人が強いゲームなんて聞いたことねーぜ」
「待て。俺のやっていたゲームは詩人は重要なクラスだった。支援職と考えれば強いが…… あの女。単独行動専門だろ」
「何せスカウト・スナイパーだからな。本来は砲兵と連携しないといけない」
「おかしな組み合わせだな」
「モンスターへの復讐で冷静に考えられないのかもな。俺ならスカウトにガンナーで特化ブランチとクラスを組み合わせる」
「だよなー」
傭兵たちの間でも噂になっていることをアイノ自身も知っていたが、気にすることはない。
女というだけで危険な目に遭うかもしれない。傭兵がたむろする酒場には用がない。そういう意味ではゴブリンと大差ない。
「あの人は死んだ。死んだと言われている…… でも」
彼女はエルヴスをみて確信した。
「あの人のヴァーキなら死んでなどいない。いつか私が――あの人の背中を守る」
片腕のスプライトしか記憶にない。顔も知らない男。
ずっと心残りだった。
いつかまた逢えると信じて、彼女は傭兵になったのだった。
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【後書き】
いつもお読みいただきありがとうございます!
舞台は再び顕界へ。新章開始です!
【Salpa Line/Salpalinja(フィンランド語)】
1940年から建築された要塞線。作中ではサルパラインと表記します。
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