第27話 戦場の再会

 国境から続く左右片側一車線の基幹道路82号線。かつて領土分割とドイツ兵によって破壊されたこの道路は1960年代から改修が始まり、現在に至る。

 付近に小高い丘があり、針葉樹に囲まれているこの地は、11月現在雪に覆われている。

 森林地帯を狙撃地点として設定し、膝射姿勢に移り潜んでいるピサラ。


「私のクラスは攻撃魔法が使えない。――こればっかりは自分の選択だから仕方ない」


 エルヴズの全高は戦車よりも高く、被弾しやすいという欠点もあるが、このような狙撃では有効射程距離が戦車よりも長いという利点もある。

 平地での戦車の最大射程は4キロ。それ以上は地平線もあり、曲射するしかない。しかしミルスミエスなら高台に陣取ることによって撃ち下ろすことも可能だ。


「――来る」


 ピサラが国道を離れた十分後、オウガがゲートを破壊し戦車を先頭にフィンランド内に侵入してきた。

 ゴブリンたちが戦車の上に乗っている。タンクデサントだ。戦車の敵は伏兵である。邪魔者を排除するために多くのアイスゴブリンが用意されていた。


 戦闘を進んでいたT-30アゴーニ主力戦車が爆炎に包まれた。国道に入ったところで雪のなかに仕掛けられた対戦車地雷が発動したのだ。

 この火力の大きさは大型地雷。マニューバ・コートかミルスミエスでないと設置は難しい。


「ゴブリンは所詮ゴブリン。地雷をまったく想定していなかったか。おそらく戦車の中身もゴブリン。人間が操縦者なら一本道こそ警戒するはず」


 ゴブリンの無能さを嘲笑いながらアイノが呟き、狙撃に移行する。

 動かなくなった戦車で後続車両も止まっている。おのずと交通渋滞を引き起こす。

 ノヴゴロド連邦はこのような事態を引き起こしたという。ロウヒの手下も同様のようだ。


 大型機であるオウガが複数集まり、戦車を国道から突き落とそうとする。50トン以上ある主力戦車を動かすことは並大抵のことではない。後列の戦車も渋滞して彼らの行動を阻害している。

 そのオウガが背面から撃ち抜かれ、地面に伏した。

 

「動かないオウガはさすがに的。戦車よりも狙撃しやすい」


 オウガは十メートルサイズの兵器。搭乗しているオウガ本体は二メートル半ばぐらいと言われている。

 南側に背を向けていたオウガ三機を仕留める頃、ようやくピサラがいる方角へゴブリンが向かってくる。


 携行滑腔砲を地面に置き、移動を開始。ピサラは対ゴブリン用に愛用している主武器の50ミリのライフルに持ち替える。

 弾種は遅延炸裂に設定すると徹甲弾に。早めに炸裂させると対空用途として使用可能の破片調整弾である。


「ゴブリンは脅威じゃない。敵は空」


 彼女がもっとも警戒している敵。それは頭上を飛び回る航空戦力である。


 二機運用の攻撃ヘリが近付いて、対戦車ミサイルを放った。

 50ミリライフルの弾種を切り替え、遅延信管で砲弾を散弾状態とする。砲弾破片を広範囲拡散させることによる対空射撃を行い、すべての対地ミサイルを叩き落とす。


「目的は達成。時間は稼げた、かな」


 本来はまず航空戦力から狙撃するべきだった。狙撃用のライフルでは戦車の装甲を貫通することは不可能だし、オウガも一発では撃破不可能。それでも装甲の薄い攻撃ヘリなら撃破できる。

 しかし彼女の目的は足止めである。


 主力戦車を地雷で封じ、大隊の進軍を停滞させ、航空戦力を引きつけたことで目的は達成された。


「見失ってはくれないか。湖に飛び込んでもいいけど、火力を集中されたら終わり」


 空の目から人型兵器が逃げ切ることは厳しい。

 

 ゴブリンたちはミルスミエスよりも小型。森林地帯ではとくに有効だろう。しかも寒冷地型のアイスゴブリンである。


 空からは機関砲による対地攻撃がピサラを襲う。

 地上と空からの攻撃に、一機のミルスミエスではとても耐えられないだろう。


「ッ!」


 それでも彼女は戦い続ける。

 一機でも敵を減らすために。


 森林地帯を駆け抜け、ゴブリンを襲撃するピサラ。

 雪に埋もれての伏射前提のピサラはこのような状況では不利。白い機体は森林では迷彩の効果は発揮しない。本来なら白とグレーのパターン迷彩なのだ。


 背後に攻撃ヘリとドローンが回り込んでいた。

 背筋が凍りつくアイノ。


「――しまっ」


 攻撃ヘリが爆発した。地上から狙撃されたのだ。


「え?」


 ラッピ猟兵部隊や傭兵ではありえない。大隊が進軍するなか、こんな最前線にでてくることはまずない。

 今頃猟兵部隊は防衛用の布陣を準備しているはずだ。

 

「アイノ! 大丈夫か!」


 通信を通じて泣きそうな女性の声がエルヴズのコックピット内に響いた。

 


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 



「ジン。まずいな。敵の航空戦力は相当だ」

「攻撃ヘリが六機。怪鳥型戦闘機が二機か。本気だな」


 サッラ付近の国境沿いに飛行する重輸送垂直離着陸機サテーンカーリ。時速700キロで飛行中であり、イナリから短時間でサッラが視界に入った。


「ジン。先に降下してくれ。航空戦力を引きつける」


 積載能力は50トン近くある大型輸送機である。それなりの火力を搭載しながら、ティルトローター機特有の運動性を保持している。


「わかった! 無茶はしないでくれよ!」

「善処はする!」


 勝ち気な元トナカイは自信ありげに微笑んだ。

 アイノを救うため――彼女はこのために受肉したのだから。


「廃線がある。ぎりぎりの高度に移行する!」


 本来なら着陸して下りることが望ましいが、そんな時間もない。今はもう使われていない線路を低空飛行する重輸送機サテーンカーリ。

 駐機体勢のままローラー移動し、輸送機のハッチから投下されるような形で空中に投げ出された。


 空中で駐機体勢を解除し、着陸するシデン。着地による衝撃は相当なものだったが、強化されているスプライトは耐えてみせた。

 敵部隊もすぐに気付いたようだ。


「まずはあいつからだ」


 おそらくアイノを狙っていると思われる敵攻撃ヘリを掃討することにしたジン。

 確実に仕留めたいところだ。


「この距離なら狙撃は不可能。――ならば!」


 シデンがヴァーキを発動させる。

 天空に掲げた左腕部の掌から、プラズマ球が発生した。


「――マジックミサイル」


 放たれたプラズマ球は槍状に分裂し、5本もの槍状のプラズマが攻撃ヘリに直撃した。

 一撃で撃墜され地表に落下する攻撃ヘリ。

 

「アイノ! 大丈夫か!」


 泣きそうな声でアイノのエルヴズに呼びかけるサルヴィ。

 間一髪で彼女は間に合ったようだ。


「だ、大丈夫です。どうして私の名を……」


 何故か懐かしいとさえ思う女性の声。

 アイノは思わず聞き返してしまう。


「そんなことはどうでもいい。あと少しだけ生き延びろ。ジンが――お前も知っているパイロットがお前を助けてくれる」


 シデンは木々をスラロームでくぐりぬけ、襲いかかるゴブリンを一刀のもとに斬り伏せる。


「離れるわけにはいきません。私の役目は時間を稼ぐことです。あなたたちも逃げて――」

「黙れ。生きろ!」


 サルヴィがアイノを一喝する。その一言には鬼気迫るものがあった。

 アイノは返答をせず、ピサラを操縦し森林のなかで回避行動を取る。

 

「聞こえるか。エルヴズのパイロット。難しく考えるな。今回は間に合ったようだ。あのときは済まなかった」

「あのときとは?」

「十二年前だ。覚えていないだろうが君が子供の頃、片腕しかないマニューバ・コートをみたことがあるはずだ。その時のパイロットが俺だ」


 アイノがその声を聞いて、息を飲む。紛れもなく遠望機能が捕捉した、彼女に走り寄るマニューバ・コートはスプライト。今は時代遅れともいえる、彼女の記憶にある機体と同一機種だった。


「――誰が忘れるものですか。片腕のスプライト。私の恩人」


 本当にあの人だったと初めて実感するアイノ。やはり彼は生きていたのだ。


「あなたに伝えたいことがありました。だからこそ傭兵になったのです」


 ――生きなければ。


 瞳には闘志が宿り、ピサラは呼応するかのように機動力が増していった。


「あなたが生きていてくれて良かった…… 本当に」


 大粒の涙を浮かべ、呟いた。

 ジンには涙声が届くのみ。どんな表情をしているかまではわからなかった。


「本当はあなたに逃げて欲しい。それでも……きっとあなたのヴァーキならこの状況でもなんとかするのでしょう」

「そうだ。俺たちならばこの数でも対応可能だ。空がちと辛いが。地上はなんとかする。任せて君は逃げろ」


 ジンは笑い返して、安心させるようにアイノに告げる。もとよりこんなモンスター軍団に敗れるつもりはなかった。


「私も一緒に戦います。――生きて、共に」


 ピサラは戦闘継続の意思を示すかのように空になった弾倉を外し、予備弾倉を差し込み交換する。


「生きて、か。それならいい。手伝ってくれ」


 彼女の闘志が生きる方向性に変わったことは良い兆候だ。


「戦車は渋滞中だな。アイノ一人でやってのけたのか」


 大隊の先頭車両を破壊し、戦車部隊は大渋滞を起こしている。

 ゴブリンやオークは右往左往している状態だ。一人でやったとは思えない戦果だ。


「凄い子だよ。あの子は」


 誇らしげにサルヴィが胸を張る。


 その間にも怪鳥型戦闘機がサテーンカーリに向かってプラズマを乱射する。

 低空飛行しつつ運動性を活かしてサルヴィは回避を続けている。


「サルヴィ! お前はカスガに戻れ!」


 ジンが思いもよらぬ名を発し、アイノの目が見開いた。


「え? サルヴィって……」


 聞き慣れた名を聞いて、絶句するアイノ。彼女は受肉したトナカイ霊を知らない。


「ようやくアイノに逢えたんだ。囮にぐらいなってやるさ!」


 サルヴィもまた闘志に燃え、重輸送機にも関わらず空中戦を開始した。


「待って。ようやく逢えたって。サルヴィ。あなたはあのサルヴィなの?」


 アイノの涙が止まらない。


 窮地に陥ったアイノを助けるために、かつての恩人と愛した家族が戻ってきた。


 誰が信じられようか。今怪鳥型の戦闘機に追われているパイロットは、彼女が愛したトナカイなのだ。


「お願いサルヴィ。あなたが私のサルヴィなら戻って。――誰かお願い。神様でも悪魔でもサンタクロースでもなんでもいい。サルヴィを助けて……」


 アイノは何かに願わずにはいられなかった。


 その祈りは無事、彼に届けられたことを今のアイノは知る由もなかった。



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いつもお読みいただきありがとうございます! 後書きです!


舞台となっているサラ(サッラ)国境付近はソ連との休戦後、急ピッチで植林された森林地帯です。

湖だけでも800箇所あるという地域でもあります。

貨物路線があってフィンランドからロシアとも繋がっていましたが、2006年からは廃線です。

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