第19話 ダンジョン発生世界の新秩序
「本当に怒らないでくださいね?」
「怒らないから言ってみてくれ」
これだけ念を押されると、逆に怖くなってきたジンである。
「じつはな……」
言葉を濁しながらも話し始めるセッポ。先を促すジン。
「うん」
「カレヴァの一日、顕界だと一年なんだ」
「え?」
「24時間なら、顕界だと365日経過している」
「えぇ?!」
さすがに動揺を隠せないジンである。
「ちょっと待ってくれ。俺がここにきてから何日経過している……」
「十日だな」
「出発は明後日だろ? つまり顕界だと十二年経過しているのか!」
「そういうことになります」
目を逸らしながらサラマが肯定する。やってしまった感がありありと出ていた。
「ほ、ほら。どこの国でも神隠しにあった人は数十年経過していたというでしょ? あれです」
「それは聞いたことがあるけどさ!」
「リアル浦島太郎だ。自慢できるぞ」
「そんな自慢はしたくない! よく知ってたな浦島太郎を!」
ジンとしても肝心な事は聞かねばならない。別に彼らも悪意があってやったわけではない。責める気にはとてもなれなかった。
「言い忘れていました。ごめんなさい」
「気にしていない。サラマは時間が代償といっていたんだ。時間の流れが違うことを意味していたんだな」
サラマの言葉を思い出す。時間を代償に。彼女はどんな意味を持つのか、説明を忘れていただけなのだ。
「そうです」
「なら問題ないさ。俺は生きていて、シデンは大幅に強化された。それで十分だ。そんなことよりももっと重大な案件がある――ロウヒはもう復活したのか?」
ロウヒを倒したとはいえ一時しのぎとサラマは言っていた。十年程度の時間を稼いだに過ぎない。
「今日明日あたり復活だろうな」
「地上はどうなっているんだろう」
「ノヴゴロド連邦は幻想に侵食されて壊滅状態。一部住人がレジスタンス化して抵抗運動は続いているが劣勢だ。幻想勢力は重工業地帯を中心に都市部を制圧しているな。アルカイム連邦という神々連合が国家を作り実権を握っている。今や首都はエカテリンブルク。大ロシア、いやルースキー・ミールの実現が目的だ。アジア、そして欧州の起原こそロシアそのものであるとしてね」
「北米は?」
「アメリカが東西に分裂。太平洋アメリカ合衆国と大西洋アメリカ合衆国だな。PアメリカとAアメリカで覚えておけ。カナダは先住民族の力を借りて勢力を増しているな。とはいえ北米全体に一神教にも天使たちがいる。勢力争いは激しい」
「欧州は?」
「北欧、東欧含めた欧州全域大混乱だ。軍需産業は北欧神話の神々を取り入れようと躍起だが、北欧の神々たちがあまり興味なさそうだ。もとは一神教で統治されていた国。そう簡単にはいかない。北欧神話は俺たちよりスケールの大きい叙事詩扱いだな」
「ギリシャ神話やローマ神話体系は強そうだが」
「知らないのか。宗教としてのギリシャ、ローマ神話は十二世紀には根絶された。二十世紀末に再興させようとする勢力も現れたが、勢力としてはマイナーとすらいえない。百人前後で数にもならん。今や神ではなく伝承だ。ただ知名度は高い。ひょっこり鞍替えする人々がでてもおかしくなくはないが」
「そうか……」
「俺たちも似たようなもんだがね。所詮異教扱いでな。伝承化することで存在している。多様な価値観っていったいなんだろうな」
「そこには激しく同意する」
「おっと愚痴はここまでにしておこう。ブリテンが大変なことになっているな。グレートブリテン島やアイルランド島はセム族の宗教と妖精が共生している国。幻想が今なお生きる島だからな」
「イギリスまで…… 世界中に戦乱が?」
「いや。逆だな。みなダンジョン対策だ。おかげで紛争は減った。ダンジョンやモンスターから得られる戦利品で開発しないといけないからな。戦争をしている暇なんぞないぞ」
「ミルスミエスが普及してモンスターに対処しやすくなったのか」
「各国はマニューバ・コートを改造中だな。精霊を扱うミルスミエスの概念を受け入れられる地域は限られる」
セッポは意味ありげに笑った。
「当然、欧米先進国も西洋魔術などに応用中だが、クラス活用は日本とフィンランドが群を抜いている。次点でイギリスだ。戦闘機共同開発計画の成果だな。他国は大きく遅れているが、こればかりは仕方ない。ジンのマニューバ・コートで技術提供が可能な国は日本で神道、仏教のみならず風水や気の概念までもが普及している。そして我々はフィンランドの概念だからな」
「日本も外交に振り回されていそうだな」
「だろうな。しかし日本政府の外交状態まではわからん」
「ロウヒがいるカレリアだけは戦闘が激しいですね。フィンランド湾ではバルト海周辺で有名な邪神チェルノボグ率いるアルカイム連邦軍と睨み合い。カレリアではロウヒ軍。この二勢力は同盟関係にあります」
「邪神なんてのもいるのか! フィンランドを守りたいな」
「本来関係ない国のお前がそういってくれることは嬉しい。その気持ちに甘えたい」
「しかしこの幽世にいるハルティアたちも全員移動だろ? 大丈夫なのか。結構増えているが」
「そこは任せてくれ。日本政府と合意してある」
「何故日本なんだ…… そうか。シデンを通じてでしか顕界と話す手段はないのか」
「そういうことだ。このカレヴァもシデンを通じて情報収集し、お前が眠っている間に構築したもの。ジンがサラマを認識できなかったら俺たちは幽世すら作れなかったんだよ」
「シデンが果たした役割の方が大きい気もするが……」
「そんなことはない。シデンはお前の能力を拡張しただけだからな」
思い出したようにセッポが付け加える。
「ジュオヤタールの残骸から採取した素材でシデンを強化しておいた。素材がやってきてくれた感じだな」
「仕事が速いな! 助かる。性能はあとで確認するとして……」
ジンが大きくため息をついた。
「情報が多すぎて頭が茹で上がりそうだ。サウナに入って寝るか」
「ようやく俺たちのやり方に馴染んできたな。美少女に囲まれてサウナにいってこい」
「セッポ。何故俺を女性陣と一緒にサウナに入れようとするんだ……」
「いいではないですか。みんな仲良くサウナで一緒にくつろぎましょう」
サラマの声を聞いた女性陣が、サウナの準備をロウリュに伝えにいく。
「出発は明後日だ。ジュオヤタール対策も欠かせない。シデンの改装もしておくぞ」
「頼んだ」
顕界に戻る日も近付いている。
ジンは戦いに備えるだけであった。
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