第17話 虚構実在論
シデンはセッポの工廠で整備中となっている。
強力な魔法を行使したため、オーバーロードを起こしているようだ。
「長いお話なんでしょ。夕食は私が作っておくから」
ルスカのようにエルフやドワーフになったハルティアたちも集まり、準備してくれる。
ジュオヤタール討伐記念とのことだった。
「ジンの要件はわかっている。ロウヒ、異世界の侵食などの事象だろう?」
「そうだな。概要は把握しておきたい」
「明後日にはこの空間も放棄する。頃合いだな。いいだろサラマ」
「本当に長くなりますね。ジンが理解できなくても進めます。いいですね」
「わかった」
重々しく口を開くサラマ。
順序を頭のなかで整理して話すため、思考する時間を要したのだ。
「発端はブレインインターフェイス<アトム>ですね。誰が提供したかは不明ですが、顕界ではなく幽世の神霊、もしくは悪魔の類いでしょう。そしてまず幽世の概念から解説しなければなりません」
「物理法則自体違うからな。無理矢理、顕界の法則にあてはめていると思ってくれ」
ジンは首肯して先を促す。
「人間の意識はどこから来るのか? 脳は極めて高性能な機関であり、脳のシナプスに量子が作用して生まれるもの。それが意識です」
「量子脳理論だな」
ジンも聞いたことがある。意識は量子にも関する理論だ。
「そうです。そして量子に左右するということは人間の意識が量子世界で干渉し合っている――集合的無意識、または普遍的無意識と呼ばれるものです。集団、とくに民族というものにも関わりが強く、神や精霊などもこの集合意識下にある擬人化といえるでしょう」
「ゲームで見たことがある気がする」
「日本のゲームは自由ですよね。そして話が変わりますがマルチバースとユニバースの違いはわかりますか?」
「え? いや。考えたことはなかったな……」
「マルチバースは多元宇宙。ユニバースは一つの宇宙です。マルチバースは理論によって様々な解釈がありますね」
「マルチバースはたまにニュースになっているからな。俺でも知っている」
「私達の世界から見れば宇宙は多層ですが多次元宇宙にはなりません。いえ。たとえば無限に近い次元が存在して、無限のジンがいる。そんな宇宙ではないのです。無限に分岐する未来だとしても量子のゆらぎはいずれ収束します。――物騒なたとえですが、例えば私があなたを殺すとします」
「本当に物騒だな!」
「マルチバースの例えだと、私がジンを殺すことがやめた世界、殺すことに成功した世界、殺すことに失敗した世界など分岐します。魔法で呪い殺しても刃物で突き殺しても分岐するでしょう。ではどの時点で分岐しますか? 1分か1秒か0.1秒か。さらにその結果で分岐して、観測もできない多次元宇宙です」
「似たような結果が多数ある世界だな」
「ことの本質は私がジンを殺すと決意した。その<意識>や<意思>は観測されないし確認もできないでしょう? そして行動に移したとして、結果は収束したとしてジンは死ぬか生きるかでまた大きな時間の流れが発生する。こんな無限の可能性は観測できない以上、哲学に過ぎません。仮に膨大な計算の上、数式で証明したとしてその次元の私達には影響はありませんし、この次元の結果が変わることはありません。あなたにある意識の結果だけが変わるのです」
「難しい話になってきたな」
「かのシュレーディンガーの猫は<それだと生きてる猫と死んでいる猫が同時にいるからおかしいよね>という批判から生まれたものです。まさか<おかしい>を前提に話が進むとは思わなかったでしょうね」
「世界一有名な猫か」
「量子論で揺らぎ、重ね合わせの世界ではありますが、私達の世界を顕界の法則に無理矢理当てはめると哲学や思考実験に近くなります」
「頭がゆだりそうだが……」
「あとで一緒にサウナに入りましょうね。水に飛び込んですっきりしましょう」
サラマはからかうようにくすくす笑い、続ける。
「私達の世界は顕界では不可能世界に過ぎません。日本人哲学者が提唱した拡張様相実在論と多精神解釈、虚構実在論の三つを複合的に組み合わせてようやく解釈できる存在です。実証は不可能なので哲学になってしまうのですが、宇宙は一つで法則が異なる次元が泡のように漂っています」
「というと?」
「存在することが不可能な世界。観測者によって変わる宇宙――幽霊や私だって見える人と見えない人がいるでしょう? あなたがた風にいうと量子の波長があったから認識できたのです。そして私はあなたを認識して相互観測している状態。最後の虚構実在論はすべての空想的な産物は存在するというもの。その世界は存在しているのです」
「待ってくれ。神話の世界だけではなくゲームやアニメ、漫画の世界も存在する。――そんな次元があるということか」
「その解釈で大丈夫です。そこで最初の集合的無意識になります。世界各地にある妖精や神話の存在は、それぞれ異なる次元を量子意識で人間が観測していた。この世界の事象として。それで人間は我々が存在することを知っていたのです。我々もまたあなたがた人間の存在を知っており、時折干渉することが可能でした。それは人間が我々を世界の一部だと認識していたからです」
「干渉か。今でも俺は神隠しだ」
ジンは苦笑した。摩訶不思議な出来事に巻き込まれている真っ最中だ。
「ひょっとしたらアニメや漫画やゲームにいる世界の住人も顕界に干渉を?」
「それは無理です。我々はこの世界の事象、神話や伝承として認識されています。つまり時間軸も絡んできます。しかし創作物として認識された彼らはせいぜい歴史は百年程度。そこが神話や伝承となっている神霊や精霊と、完全に創作とされたキャラクターとの最大の相違点です」
「そうだよな…… 干渉していたなら面白かったんだけど。では発想やらアイデアの神様は量子意識によってその次元のチャンネルと繋がった、ということで解釈可能か」
「無数の次元があってそのうちの一つに繋がったのでしょう。――顕界での理論によるマルチバースでは次元間を移動することは不可能です。しかし幽世にいる我々の法則なら次元を干渉できました。顕界は人間のために作られた強い人間原理の世界。当然です」
「我々。それは精霊や神霊、悪魔の類いということでいいか?」
「はい」
サラマは伝えたいことをすぐにジンが理解し、嬉しそうだった。
「しかし干渉するにも限度があります。歴史を左右するような事象は不可能ですし、存在が小さいほど顕現しやすい。そして何より人間が認識していないと不可能。そして神は強大な力を持ちますが、影響が強すぎて干渉できません。これは逆に低級な動物霊、精霊、悪魔などは比較的顕現しやすいことを意味します」
「む。何かわかってきたぞ。サラマたちは……」
「私達は伝承によって生き延びました。信仰している人はフィンランド人にもサーミ人でもごくわずか。1%もいないでしょう。だからこそ顕界に顕現できた。完全に忘れられた神話体系はこの世界に接続することは不可能になりますから。すなわち消滅、存在としての死です」
「なんといっていいのか……」
信仰されなくなった神は、辛いだろうと思うジン。
「顕界と幽世は相互観測状態なのですよ。そして我々への接触手段は人間側も着手していました。それが魔術やまじないです。召喚術からこっくりさんまで、東西問わずに古くからあります。実体化しなくて済みますからね。干渉していた事例は多かったと思います」
「そう思うと恐ろしいな」
「今の物理法則も悪魔による伝授かもしれませんよ? 古来数学者や天文学者の多くは魔術師、錬金術師。そして否定こそされましたがラプラスの魔、そして今なおマクスウェルの悪魔が。魔方陣や八卦は幾何学。元素には魔法数と二重魔法数。数多く数字の秘蹟が顕界では生きています」
「むしろそれで成立しているもんな」
ジンは唸った。精霊のサラマとこんな話になるとは夢にも思わなかった。
「量子論と哲学的な説明でしたが、魔術的な解釈はまた変わります。魔術世界では顕界が一層目の次元。幽世が二層目の次元となりますね。名の知れた神はもっと上の階層にいます」
「階層型か。日本神話だと高天原からの天孫降臨があって、葦原の中つ国が俺たちの世界。さらに常世の国と根の国、黄泉があったな」
「仏教だと六道ですね。アブラハムの宗教でも天国地上地獄。次元は多層であるという概念は全世界共通なのかもしれません。輪廻の有無や地球が平らなどの差異はあります」
ふとセッポを見る。
「さっきから無言だなセッポ」
「こんな話は魅力的な女性から解説されたほうが頭に入るからな。俺よりサラマが適任だ」
「違いない」
セッポはニヤリと笑い、ジンは肩をすくめる。ジンから美人であると認められ、サラマは顔を真っ赤にして無言になってしまった。
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後書きです。
この世界はマルチバースが有力なのですが、この作品はユニバースの多層という解釈にしています。
フィンランドの概念にはもう一人の自分(影)がいて、影響を与えるという伝承もあるのでユニバースに近い考えではあるんですよね。守護天使的なものももう一人の自分で、これが見えたらドッペルゲンガーです。
虚構実在論は色々説明できますよね。アイデアが降りてこなくなったら波長が合わない状態とか。何を書いても色々浮かんでくるという人は波長のパイプが強い、ということです。
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