第15話 最悪な能力を持つ敵

「これがシデンの新装備か」


 大型ドローンを背負い、30ミリ機関砲と背中に大型ライフル状の武装を装備しているシデン。


 素体であるスプライトは修復前に近い姿に復元されていた。


「近接兵装と特殊兵装が増えているな」


 格納されている兵装を確認する。


 クナイ型手裏剣に展開式の打ち刀と小刀、工作用の爆導線などが用意されている。


「軍隊におけるアサルトパイオニアは工兵作業が可能な歩兵だ。工兵専門のバトルエンジニアのようなスペシャリストとは違う。最新兵器を駆使し最前線で戦い、友軍のための工作作業もするゼネラリストだ。歴史における忍者みたいなものだろうな」


「ドローンはシデンにとってのファミリア――使い魔ですね。高度な自律行動が行えます」


「強AI搭載なんだな」


「はい。使い捨てでも大丈夫ですが、大型機ですし性能は大幅に強化されています」

「意識があると思うと使い捨てにはできないな」


 ジンは苦笑した。それはシデンにも言えることだ。


「意識があってもレンタルだと思うと切ない」


 ジンのマニューバ・コートも当然ながら日本外征部隊の支給品である。


 いくら服という名目でも個人所有は許されるはずもなく、また高額だろう。


「安心しろ。機装は個人所有可能になる。少なくともシデンはお前のものだ」


「そうなのか?」


 ジンにとって嬉しい誤算だ。


「そこらも含め交渉はまとめたさ。条件は俺たちに有利だが、向こうもそう思っているだろう。Win-Winだ」


「頼もしい」


「敵はロウヒだけではありません。そして技術を提供する以上、パイロットのみならず協力する精霊たちの意思も大事です。機装は服なので、個人所有となっていくでしょう」

「そうなることを願う」


 セッポもジンの感想に満足気だ。そして真顔になり、告げる。


「では稼働テストに移る。旋回性能を含めた運動性、重火器の使い方、そして魔法の試射だ。思いっきりやってくれ」


「わかった。――いくぞシデン」


『戦闘システム起動。セーフティ解除。ターゲット確認』


「まずは運動性だ」


 ジンはシデンを疾走させた。


 土埃が巻き上がる。ローラーダッシュでドリフトし、急停止、旋回を繰り返す。

 銃を構え、剣に持ち替え素振りする。


 横薙ぎの斬撃は、ぴたりと停止した。


「運動性が以前とは桁違いだ」


「スピリットの性能も上がっている。アトムチップと連動しヴァーキも高い。マニューバ・コートは本来人間の能力を拡張するために生まれたもの。これでようやく目標値をクリアした程度だな」


「これで目標をクリア? 要求性能の下限か」


「下限だ。これからどう強くするかはお前がどんなフレームでモンスターを狩るかによって変わってくる」


「モンスターを狩りまくるしかないな」


 コックピットに警報音が鳴り響いた。


「なんだ?」


「敵襲? カレヴァで?」


 彼らの目の前で空間が歪曲し、15メートルはある巨大な人型兵器が現れた。


「う、嘘。なんであいつが……」


 狼狽えるサラマ。よほどの敵なのだろう。


「あれならカレヴァにも侵入できるだろう。ハルティアたちを避難させる! ジン、やれるか?」


「やるさ。なんだ、あの化け物の正体は」

「フィンランド伝承の悪鬼――ジュオヤタールです。人喰いトロルのネームドといえばいいのでしょうか。日本で言う神通力を持った山姥やまんばです!」


「なんでここに……」


「狙いは俺の持つ秘宝だろう。あれも俺たちと同様カレヴァラの存在みたいなもの。次元を超えて追跡も可能だっただろう。オウガとは比較にならん強さだ」


「カレヴァラの! ――シデン。いくぞ」


『戦闘システム起動。ターゲット確認。殲滅対象ジュオヤタール』


 シデンの合成音声がコックピット内に響く。


 セッポが駆け出す。受肉したハルティアたちを避難させるのだろう。せっかく肉体を得たのにこんなところで死なせるわけにはいかない。


「みんなを守ろう。サラマ、力を貸してくれ」


「はい!」


 ジンに頼りにされ、場違いにも嬉しそうなサラマだった。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 

 ローラーダッシュを開始し、距離を詰めるシデン。

 無造作に火球を放つジュオヤタール。着弾地点からはすでに移動している。


「人喰い鬼なのか?」


「ぶっちゃけていいますと……女神が生んだ悪の概念です。百人の少年を食べ、千人の青年を喰らったともされます」


「山姥どころじゃないな。凶悪過ぎるだろ」


「体は鉄で出来ていて、岩石を操るという逸話の持ち主。おそらく高性能な鋼鉄とナノセラミックの複合装甲を持ちます」


 30ミリ機関砲を連射するシデン。


 耳障りな金属音が響くが、まったく効いていないようだ。すぐさま魔砲に装備を変更する。


「しかも災厄な概念を持ちます。ジン、体の異変があったらすぐ教えて」


「どういう逸話だ?」


「痛み――梅毒と虫歯の苦痛をもたらすとも言われています!」


「最悪な能力だな! こいつでどうだ!」


 ヴァーキライフルを使い、ビームを放つ。


 携行武器程度の破壊力しか持たない魔砲では、装甲に弾かれた。


「当然効かないか。魔法で――<ライトニング>」


 雷撃魔法を使い、青白い稲妻をぶつける。


 効いてはいないようだった。


「魔法抵抗も高いな。さすが悪の概念」


 こんな相手に30ミリ機関砲は無意味だろう。


 剣を展開し、両手に構える。


「こんな巨体なら!」


 シデンは一歩踏み込み。

 ジンの狙い通り踏み込んで胸部に斬撃を見舞うが、浅い斬り込みが入っただけだった。


「なッ!」


「危ない!」


 ジュオヤタールが無造作に右腕を振り上げ、拳をシデンに叩き込む。


 胸部装甲がへしゃげ、吹き飛ばされるシデン。


「くそッ!」

 

 ペダルを全開にし、転倒だけは防ぐ。


 両股間節部位のアクチュエイターが悲鳴をあげ、衝撃に耐えた。両脚部の足底は大地に食い込むほどの威力。


 大きくノックバックを起こしたが、転倒は避けることができた。


「圧倒的だな……」


「ゴブリンが鉄の機体に搭乗しているわけではなく、彼女はスピリットOSそのものを乗っ取った鋼の魔女。早く倒さないと……」


「倒さないと?」


「ドラゴンやワームも次元を超えてやってくるでしょう。彼女は蛇やトカゲを生み出したともいわれています!」


「えぇ……」


 あまりにも厄介な伝承の数々にジンもいささかうんざりした声を上げる。


 だからといって闘志を失ったわけではない。


「ではそいつらを呼ぶ前に倒さないとな。リミッター解除をもう一回やるか」


「そんな必要はありません。適切にシデンの力を使えば倒せます!」


「何?」


「ところでコンボって好きですか?」


 場違いにも笑顔でゲームの話を振るサラマであった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


後書きです。


【Syöjätär/ジュオヤタール】

女性の人喰いトロル。

最悪な能力。梅毒と猛烈に痛む歯痛です。本当に最低やな、と伝承を調べたときに思いました。

歯の神経というのはもっとも敏感で痛みを感じる部分の一つ。

梅毒は説明不要ですね。男性を食べた逸話も翻訳ミスか何かの比喩かと思ったほど。比喩なのかな……

生身では絶対戦いたくない類いの敵です。

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